チルの縁談

千賀 万彩記

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6:チルと裏方にて

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 台所は戦場のようだった。しかし家人たちもこういう事態には慣れているらしい。慌ただしくしながらも、各々が己の役割に勤しんでいた。

「チルさん。こっちの湯を持って行ってくれ!」
「わかりました。あ、あと、道具の煮沸消毒用に、かまどをお借りしたいそうなんですが、どこか使えますか?」
「そうだな。それなら隣の部屋にも小さいのが一基あるから、そっちを自由に使ってくれ。煮沸消毒なら道具を広げる場所もあった方がいいだろう」
「ありがとうございます。助かります」


 ヤン・リクとフォンを見送ったチルは、屋敷をあちこち走り回っていた。

 訪問時に着ていた盛装は『見合い用』のものだ。動きにくいからと旅装に着替え、髪飾りやらの装飾も外して髪を紐で纏めてしまった。するとそこには一人の下仕え、もとい侍女が出来上がっていた。

 ルンはため息をついて呆れたが、盛装のままでは動きづらいのは確かだ。侍女として不本意ではあるが、慌ただしい屋敷の中で手伝いに専念するなら、目立たない方がいいだろう。それで納得する辺り、彼女もまた『武家の人間』だった。戦場では、重くて動きにくいだけの美しい装いなど、役に立たない。

 ヤン・リクは出立前に、執務頭と医務官頭には軽く事情を説明していた。
 それは「手伝いを申し出てくれたが、良家の姫だから無理はさせないように」という注意でもあったのだが、その配慮は、良い意味で裏切られていた。

 チルは医務方として、ルンは雑務方として動きまわっていたのだが、言われたことだけでなく段取りの先を読んで準備をする。しかし他家の者として、出過ぎたことはしない。実に見事な「手伝いぶり」だったのだ。
 感心した執務頭が、「うちに勧誘しようか」と本気で考えたほどだ。

「あれ? 今の、誰ですか?」
「チルさんだろう? なんでもたまたま居合わせたお客人だそうだ。この騒動を見て、手伝いを申し出てくれたらしい」
「へえ。ありがたいことですね。あんな熱い鍋まで運ばされて……」
「茶化すなよ。医術の知識があるってんで、カシグ先生と一緒に怪我した先遣部隊を診てくれているんだからな。チルさんと、あと連れの二人、ルンさんとフォンさんと言ったか。とにかく他領のことなのに、進んで骨を折ってくれているんだ。感謝しないとバチが当たるぞ」
「はーい」

 家人たちもそれぞれ忙しくしていたので、はじめは「部外者が何故?」と戸惑ったものの、彼女たちの働きぶりと人柄に、興味と好印象を抱いたようだ。結果チルたちは、比較的すんなりと、ヤン家の裏方に溶け込むことができた。

 ただ、当の先遣部隊の兵たちの容態は、あまり芳しくない。

 ヤン・リクから事情を聞いている医務官頭は、難しい顔をチルへ向けた。
 彼は代々ヤン家に仕える医務官で、名をカシグといった。白髪の混じった初老の男だ。こういう地位と立場にある者は、自分の領域に他人が口を出すことを厭うことも多い。しかしカシグはそういうことにはあまり興味がないようで、素直にチルを受け入れてくれていた。

「チル殿。いかがです?」
「ええ。やはり件の妖魔の毒で間違いないようです。ですが……」
「解毒薬、ですか」
「はい」

 二人は肩を落とした。
 通常の傷であれば、縫うなり縛るなり消毒するなり、治療方法は多少違ってもやり様はある。しかし『毒』が相手では、その毒に対応した『解毒薬』が無ければ話にならない。

「何か、代わりになるものはないのでしょうか」
「無いこともないのですが、あれは北の地方の植物なので。ヤン領でまとまった量を確保するのは難しいかと。……今は対処療法に努めて、討伐部隊が妖魔を持ち帰るのを待った方が早いように思います。それに、もしかしたら……」
「何か?」

 答えようとチルが口を開きかけた時、息を切らせたルンが走り込んできた。

「チル様!」
「ルン。どうしたの?」
「チル様! フォンから、妖魔の蔓が届きました!」
「でかした! フォン!」

 チルは手を打った。そして勢いよく立ち上がる。
 良家の姫らしからぬ言葉づかいを耳にしてしまい、カシグは目を白黒させたが、すでに彼女は部屋を出ていこうとしている。

「チル殿! どちらへ?」
「台所を使わせてもらえないか、交渉してきます。カシグ先生。お願いがあるのですが、解毒薬を作るために人を集めていただけませんか? 調薬の知識が無くても構いません。できれば、手先が器用で、慎重な方を」
「あ、ああ。構いませんが……だがそれなら、台所の料理人たちは適任ではないでしょうか?」
「確かに! 一緒に交渉してみます。ルン。蔓を受けとって、下処理を始めておいてくれる?」
「わかりました。あ、蔓は三本です。葉が付いているので、そちらは今いる負傷者の応急処置にあてますね!」
「わかった。任せる」

 そう言い残すや否や、チルは部屋を飛び出して行ったのだった。
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