ネコの運ぶ夢

Kalra

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第3話:身を寄せるネコ

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~The hagging cat~

ピピピピピ

目覚ましが鳴る。
うっすら目を開けると、目の前に音子の頭部があった。
俺の胸に、音子の胸がギュッと押し付けられている。一瞬、状況が把握できなかったが、どうやら音子が俺に抱きつくようにして眠っていたようだ。

男の朝の生理現象は健在である。ちょうど、俺の「ソレ」は音子の下腹あたりに当たっていた。慌てて引き離そうとするが、かなりきつく腕を回されているので、それもすぐにはできない。一旦意識すると、さっきまでは気にならなかった、音子の呼吸が妙に生々しく感じる。吐息が首筋にかかる。
最初は単なる生理現象だったと思うが、音子の身体を意識してしまうと、それは別の反応となってしまっていた。まあ、これも生理現象なのだろうけど・・・。

これ以上は・・・。

ぐいっと力を入れて音子を引き離す。そっと起き上がり、音子の体を横にする。

なんだってこいつはいつもいつも俺に抱きついてくるんだ?暑くないのか?

そんなふうに茶化してはみるが、自分の心根くらい分かっている。音子に性的に惹かれていないといえば嘘になる。こうして無防備な寝顔を見ているだけで、昂ぶってくるものを感じる。心のなかで冗談にでもしていないと、本当に襲ってしまいかねない。

こんなことを毎日続けられたら身がもたない・・・。それが本音だ。

俺は自分の煩悩を振り払うように頭を軽く振ると、身体をぐっと伸ばす。早く気を紛らわさなければ・・・。とりあえず、朝食の準備に取り掛かる。今日の朝食は俺が作ると言ってある。
メニューは和食だ。ご飯はタイマーで炊けている。

鯵の干物
納豆
小松菜の味噌汁
卵焼き
副菜としてカブの浅漬けとレンチンしたキャベツのおひたし

まあ、こんなもんか。30分ほどで盛り付けると、音子を起こした。いつものごとく、テーブルを見て目を輝かせる。「卵焼き!!」と子どものようにはしゃぐ姿。ふと、自分の顔がほころぶのを感じる。
音子自身は家事は苦にならないようで、全部の食事を作っていいと言ってくれてはいるのだが、こうして喜んでくれる姿を見たいがゆえに、週に何回かは作らせてもらっている。

食卓につき、「頂きます」と。箸を進めながら、俺はかねがね気になっていたことを言う。
「美鈴さん・・・夜、暑くないですか?その・・・俺にぴったりくっついてくるようですけど」
遠回しに離れてほしいと伝えているつもりだった。
「ふあって、いりのせふぁんが・・・」
口にものを詰めながら喋るな、と言うと、音子は慌ててもぐもぐごっくんと飲み込み、お茶を飲む。
「だって、市ノ瀬さんが・・・」
途中で音子は言いよどむ。俺がなんて?
「その・・・夜に、悪い夢を見ているようなので」

はい?

音子によると、俺は毎晩のようにうなされているらしい。全く気が付かなかった。
最初は戸惑っていたが、なんとかしようと背中を擦ったり、頭を撫でたり、手を握ったりしてみたそうだ。そして、ついに発見したという。

「私が身体をぎゅってくっつけると、市ノ瀬さんの身体もフワってなって、それで静かになるんです。だから・・・」

お箸を口に咥えるな、行儀悪い。
音子は俺に怒られていると思ったのか、ちょっと申し訳無さそうにした。

そうか・・・俺は・・・。

「あ、あの・・・変なことしないので、最初っから、ぎゅってしちゃだめですか?
 い・・・市ノ瀬さんだけじゃなくて、私もそっちのほうが、身体がふわってして・・・よく眠れるんです」

なぜそこだけ顔を赤らめるのか。逆に恥ずかしくなる。
身を引き離そうとしたのに、かえって接近する方に流れだす会話に俺は戸惑う。

「いや・・・だったら・・・あの・・・しま・・・せんから」
上目遣いで恐る恐るこっちの表情を伺う音子。

うっ・・・やめてくれ、毒だ。
いけない・・・絶対ダメだ・・・。

「い・・・あ・・・いやじゃ・・・ない?」

だあ!!俺は何を言っているんだ!!
今からでもいい、「嫌じゃないけど、困る。少し離れて寝て欲しい」そう言え!俺!

ところが、「嫌じゃない」という言葉を聞いて、音子はぱっと表情を明るくし

「じゃあ、じゃあ!今夜から!!今夜から!!!」

と、残った朝ごはんをガツガツとかきこみ始めた。

「ごちそうさま!!あー早く、早く夜になって欲しい!!」
ものすごくワクワクした表情を見せた。

これは、とてもじゃないけど、言えない・・・。
俺は目を閉じて嘆息する。

そして、もうどうにでもなれ、と捨て鉢な気持ちで味噌汁をすすった。

☆☆☆
「さあ!早く!!早く!!!」

夕食、入浴(シャワーのみだが)を済ませると、音子はそそくさと布団を敷き、座ってぽんぽんと敷布団をたたく。

いや・・・

「まだ、9時だぞ?」
「良いじゃあないですか、音子は市ノ瀬さんと一緒に寝るのが楽しみすぎて、午後中ワクワクしていたんですから!」

一緒に寝るって、お前・・・。
俺は軽く頭を押さえる。

「ちょっと、仕事するから・・・。美鈴さんはその辺でコロコロしててください」
えー!とか、ぶーぶー!などとうるさく言っているが、こんな早くから床について50男が眠れるかってんだ。
仕事がある、というのは別に嘘じゃない。まあ、急ぐほどの仕事ではないのだが・・・。
俺はラップトップを開くと、資料の検索をし始めた。仕事で使う統計資料の当たりをつけねばならない。ダイニングテーブルでパチパチとパソコンを打っていると、画面の向こう側にリビングが見える。そこでは、律儀に布団の上で正座をし、俺の方をじっと見る音子の姿があった。

き・・・気になる・・・。
というか、集中できない・・・。

それでも、30分は作業を行ったのだが、その間、微動だにしないで無言の圧をかけてくる音子に最後は、負けた。
本物のネコのようだ・・・。
俺が、ぱたん、とラップトップの蓋を閉じると、音子はぴくんと少し肩を震わせ、ぱあっと表情を明るくする。そんなに期待してるのか・・・。

ただ、まだ寝るには早すぎる。
「ええっと、終わったんですが、まだ寝るには早すぎますし・・・、ゲームでもしませんか?」
「ゲーム?」
俺はずっと使っていなかったトランプを引き出しの奥から引っ張り出すと、シャッフルしながらルールを説明する。「スコパ」という場にあるカードを互いに取り合う簡単なゲームだ。
とにかく、10時30分くらいまでは引っ張りたい。

手札を互いに4枚。場に4枚まく。
このゲームは手札と同じ数の札、もしくは手札1枚の数字と合計が一緒になる2枚以上の札を場から取れるゲームだ。最終的に札を多く取った人の勝ちだ。たしか、ダイヤを取ったら加点とかもあった気がしたが、細かいルールは忘れてしまった。

ゲームは意外と盛り上がった。最初こそゲームをある程度知っている俺が勝てていたが、すぐに要領を掴んだ音子が勝つようになっていった。勝つと子どもみたいにはしゃぐので、結局勝っても負けても、俺は満足だった。
そろそろ、最後のゲームにしよう、と言った時、音子が「私が勝ったら市ノ瀬さんにほっぺにちゅ~してほしいです」と言い出した。

な・・・なに!?
なんだ、その王様ゲームみたいな報酬は・・・。

俺は俄然断ろうと声を上げようとしたが、まてよ、と考え直した。
「なら、俺が勝ったら、離れて寝てくれるか?」
一応「暑いから」と理由を言い添えた。そう言わないと、泣き出しかねない。
音子は、「むー」っと唸って数秒考えたが、カッと目を見開くと「わかりました!」と言った。今日、一番、というか、出会ってから一番気合の入った顔をしている気がした。

ゲームは白熱した。そして、最後の最後で、俺は・・・負けた。

「このゲーム、これまでに取った札をちゃんと覚えていると、どのカードを捨てればいいかとか、考えやすいんですよね」
音子がしれっと言う。嘘だろ、自分や俺の取ったカードを全部覚えていて、山札に残ったカードを計算していた、というのか?

へへへ~と得意顔の音子。これは、相手が悪かったとしか言いようがない。
意外と、こいつは頭がいいのを忘れていた。

では!と音子はマットに横になると、布団をポンポン叩いて「早く!」と催促する。
まあ、約束は約束だし・・・。仕方なく、横になると、ぎゅううっと音子が抱きついてきた。

こ・・・これは・・・!
想像以上の破壊力!

「あ、そうだ!」
そのまま顔を傾けて頬を差し出す。
「ほっぺにちゅー」

ぐわん!と頭を鈍器で殴られたような錯覚を覚える。
もう、これ以上は勘弁して欲しい。

「はやくう!」

南無三・・・!
俺は目を閉じて、とにかく頭を空にして、音子の頬にちゅっとキスをした。
「へっへっへー」
妙な笑い声を立てる音子。そのままおでこをグリグリと俺の胸に擦り付けてくる。

これはなんという名の拷問だろう?
俺は棒のように身体を硬直させつつ、早く意識が遠のけと祈ることしかできなかった。

☆☆☆
「課長?どうしたんですか?目の下すっごいクマですよ」
部下の朝霧くんが驚いたように言う。
そうだろう・・・昨晩はほとんど眠れなかった。

音子は寝息を立てた後も、結局一晩中俺に抱きついたまま離れなかった。何度か抜け出そうとしたのだが、その度に音子はパチっと目を覚ますと、

「市ノ瀬さん・・・だめれす」

と言い、またギュッとする。これを一晩中繰り返されたのだ。

朝、目が覚めると、音子はいつにも増して機嫌がよく、肌艶が良かった。よく眠れたらしい。それはようございました。
引き換え、俺はこの有り様である。

「ああ・・・ちょっと、飼ってるネコが夜中暴れてね・・・」
「え?課長、猫飼ってるんですか?」

ああ、特大の・・・、とはもちろん言わなかった。
このままあいつと生活していて、俺の身体は果たして保つのだろうか・・・。

はあ・・・っとため息をついてしまい、また朝霧くんに心配されることになってしまった・・・。
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