ネコの運ぶ夢

Kalra

文字の大きさ
7 / 15

第7話:七夕に願うネコ

しおりを挟む
~The cat looking up at the stars~

暑い・・・。去年の夏も暑かったが、今年の夏もまた暑い。
熱中症で全国津々浦々老若男女に被害が出ているのも頷ける。

我が家も例外ではなく、暑い。ボロアパートながら、一応クーラーもあるし、扇風機もあるが、やはり外気温が高いので限界があるのだろう。

今日は日曜日だ。外は灼熱だが、涼を求めてどこかに避難するのもいいかもしれない。
そんなふうに考えている背後で、さっきから音子は扇風機に向かって「あー」っと声を出している。扇風機の風で震える声を楽しんでいるようだ。

Tシャツ姿で、扇風機に向かってる音子。風になびく長い髪が、なんだか懐かしい日本の夏を感じさせる。
若干、ドキドキする。やめて欲しい。

「音子・・・暑いから、どっか出かけないか?涼しい所。」
「お出かけ!お散歩!行きます!行きます!!」
はいはいはーいと手を挙げる。こいつのこういう仕草がいちいち可愛らしいのは本当に、色んな意味で毒だ。

音子はいそいそと準備をする。といっても、服装はそのままで帽子を被るぐらいだ。一応、薄い上着を着ようとしていたが、むーっと外の景色をにらみ、やめたようだ。

俺も、このまま外に出られる。50のおっさんなので、特に服装にこだわりはない。こだわったほうがいいのだろうが、正確に言えば金がない。

この天気だと、音子は日傘があったほうがいいかもしれないな・・・。
「どこに行きます?」
「ちょっと買い物に行こう。デパートなら涼しいだろう。」
ついでに、音子にも甘いものでも食べさせてやろう。

先日のハンバーグの一件が頭をよぎる。結局、音子は泣いた理由を説明しようとしなかった。あの涙は、嬉し泣きだよな・・・。でも、なんで、俺のハンバーグごときで?

思い出のなにか、だったとか?

まあ、とにかく、俺が作ったハンバーグであれだけ感動されると、こっちもほだされてしまう。ちょっと、美味しいものを食べさせてやりたい、などと思ってしまっているわけだ。
言うと調子に乗りそうなので、言わないが・・・。

☆☆☆
というわけで、電車で一駅、市街地のデパートにやってきた。

婦人小物売場にたどり着く。あまり来たことがないが、日傘とはここで売っているのだろうか?
見慣れない服屋やバック売り場などを尻目にあちこち視線を彷徨わせる。いかん、こういったところで買い物した経験がないものだから、どこに何があるのかさっぱりわからない。

「市ノ瀬さん?何を探しているんですか?」
ひょこっと横から音子が顔を出す。
「ああ、ええっと、日傘をな」
「男の人も使うんですか?」
「いや、お前のだ」
言うと、音子は目を見開く。いや、そんなにびっくりしなくても。

「いやいやいや・・・音子は・・・お金を持ってません!」
「知ってるよ。俺が買ってやろうと思ってるんだ」
「そんな!だ・・・ダメです!お洋服や帽子、靴まで買ってもらって、日傘もだなんて・・・そんな・・・そんな・・・。」
「いや、今日は買ってやる。そう、決めてきたんだ。たまにはプレゼントしてもいいだろうが!」

まあ、反対はするだろうと予測していた。
音子は極端なまでに俺に金を使わせることを恐れる。物質的なものをねだることはまずない。服や下着も、「ずっと同じじゃあ俺が困る」と言って、説得に説得を重ねてやっと買わせたくらいだ。
なので、今日は反対しても買ってやろうという、強い気持ちで来た。

「そんなの・・・そんなの・・・ダメです・・・よ・・・。」

ん?なんだか、反対の声が尻すぼみになっていくような・・・。いつもなら、もっと強固に反対するだろうに・・・。
そして、とうとう、うつむいてしまう。俺のジャケットの端をギュッと握りしめたまま動かなくなった。

しまった・・・やりすぎたか?!

ところが、そういうわけではなかったようだ。そのまま(服の裾を掴んだまま)音子は大人しくついてくる。

・・・なんだ?なにか、また、踏んだか、俺?

ウロウロしていると、やっといくつか日傘を見つけることができた。
高いものだと2万円近く、安いやつでも数千円はする。
デザイン性の高いもの、折り畳めるもの、UVカットの機能が高いもの、晴雨兼用なんてのもある。どれがいいのだろう?

音子・・・に選ばせるのはちょっと酷な気がする。俺が選んでやったほうがいいよな・・・。

ああ・・・ぴったりのがあった。

明るい空色で、端っこにネコの意匠が施してある。折りたたみで軽いし、持ち運びもしやすい。晴雨兼用ではないようだが、UVカットの機能が高いのもいい。
柄の部分に、肉球がついている。

音子にぴったりだ。値段も6,000円弱と、まあ幅の内。これにしよう。

「おい、音子、これでいいか?」
俺が声をかけるのを聞いて、女性の店員がちょっと笑った気がした。
そうだな。音子に、ネコ柄の傘だもんな。ベタだったか?

音子はちらっと見ると、大きくブンブンと首を縦に振って頷く。
そして、「ちょっと、音子は・・・おトイレに行ってきます・・・」
と言って、ざっと駆け出してしまった。

なんだ、我慢していたのか?早く言えよ。

支払いを済ませると、店員が「すぐお使いになるなら、タグを切りますが?」と言ってきたので、お願いした。

しばらくすると、音子が戻ってきた。
「ほら、これ、すぐ使えるようにしてもらったぞ」
日傘を差し出すと、音子は受け取った。
これまでの傾向と対策からして、ここで「いやったー!!!」などと叫びだしかねないので、若干身構えていたが、音子は日傘をギュッと抱きしめるようにすると、ポツリと、言った。

「市ノ瀬さん・・・ありがとう」

そして、そのままぎゅぎゅぎゅっと抱きしめてしばらく動かなかった。

☆☆☆
買い物のあと、デパートの中のカフェに立ち寄る。昼をだいぶ過ぎていたので、すぐ入ることができた。
俺はパスタランチ、音子はドリアランチを選んだ。
様子が若干おかしかった音子も、やっと元の調子に戻ったようで、食後のデザートまで元気に平らげた。

ゆっくり食べたこともあり、時間は4時を回ろうとしていた。そろそろ外も涼しくなっただろうか。それじゃあ、帰ろうかということになり、デパートの1階に降りると、何やら浴衣姿の女性が多いことに気づいた。

「なんだろう?お祭りでもやってる?」
「市ノ瀬さん!七夕やってるみたいです!近くに神社があるんですか?」

ああ、なるほど、七夕で縁日みたいなのがあるのだろうか?
よく見ると、駅の方から浴衣を着た男女が大勢歩いてくる。
この近くに神社があったな、そういえば。

「行ってみるか?」
「はい!」
音子は元気よく返事をする。日も陰り始めたし、ちょうどいい散歩道だ。

神社はだいぶ賑わっていた。
期待していたようなお祭り的な縁日はなかったが、七夕のご祈祷や祈願、ということで人が来ていたようだ。境内に入ると、木が多いせいか、人は多いものの、少し涼しく感じる。

「市ノ瀬さん!あっちで笹に短冊をつるせるみたいです!行きましょう」
音子が俺の手を引く。
よかった、なんだか、ちょっと様子がおかしかったから心配をしていたが、すっかり元通りだ。神社の計らいだろうか、テーブルとマジック、短冊がたくさんおいてある机があり、ご自由にどうぞ、的な感じだ。

短冊は、音子がピンク色、俺は黄色を選んだ。
さて、何を書こうか・・・。
音子は、身体で短冊を覆うようにしてこっそりと願い事を書いているようだ。まあ、お前の願いは見なくてもだいたい分かるぞ。

「市ノ瀬さんとずっといられますように」的なものだろう?

俺は・・・。短冊に、願いを書く。名前も「市ノ瀬直行」と。
神様が、かなえてくれるってなら、お願いしたいところだ。

音子も書き終わったらしい。笹に結びつけようとする。つい、音子の短冊を見ようとすると、さっと背中に隠されてしまう。

「見ないでくださいね。見ちゃダメですよ。えっち」

いや・・・えっちって・・・。

俺は俺で笹に願いを吊るす。だいぶ高いところにつけたので、音子の身長では見えないだろう。俺の願い事も、そんなに音子に見せられたものではない。
えっち、とは思わないが、まあ、お互い様だな。

「さて、願い事もしたし、帰るか」
「はい!」

音子が、ばっと俺の腕に飛びついてくる。暑い、と言おうと思ったが、日も暮れて、気温も下がっているし、まあいいか。

今日は七夕だしな。

☆☆☆
神社の境内を夏の風がやわらかく吹き抜ける。
ざあっと揺れる笹に連なるいくつもの願い。

「勉強ができるようになりますように 裕太」
「きれいになれますように 陽子」
「いい仕事が見つかりますように 田上裕也」
「東大に合格しますように 花江」

・・・多くの人の願いが吊り下がり、笹が重そうにたわんでいる。
中に、ひときわ重い願いがふたつ。

「音子を幸せにしてくれる人がちゃんと現れますように 市ノ瀬直行」
「市ノ瀬さんが世界一幸せになりますように 美鈴音子」

ピンクと黄色のふたつの短冊。
互いに言えない、優しい願いが、くるくると風に吹かれて踊っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...