ネコの運ぶ夢

Kalra

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第14話:ネコの秘密

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~The cat’s secret letter~

市ノ瀬さんへ

最初に謝らせてください。突然いなくなってごめんなさい。
あの時は、ああするのが一番だと思ったのです。本当に、本当にごめんなさい。

私は、市ノ瀬さんに真実を伝えなければならないと思いました。
でも、今、こうして筆をとっていますが、ここに書こうとしていることをお伝えしていいのかどうか、まだ迷っています。もしかしたら、うちの家庭の事情に巻き込むことになってしまうのではないかと危惧しているのです。この先に書いてあることを知れば、市ノ瀬さんに危害が及ばないとも限りません。

もし、少しでも迷惑だと思ったら、この先は読まずに、この手紙は破棄してほしいです。

ーーーーーーーー☆ーーーーーーーーー☆ーーーーーーーー

ここを読んでくれているということは、私のことを知ろうとしてくださっているのだと思います。私にとって、市ノ瀬さんがそう思ってくれることはとても嬉しいことです。

もう、市ノ瀬さんは私が「音子」ではないことを知っていますよね。私の本当の名前は「中条静香」です。中条家の次女ということになっています。

『ということになっています』と変な表現をしましたが、これは嘘ではありません。私はあの家の子であって、そうではないのです。あの家に私の息ができるところはないのです。

これには、大きく3つの理由があります。

ひとつ目は、私が母である玲子が不倫の末に身ごもった、望まれない子だった、という事実です。

母は若い頃から社交的で男性にチヤホヤされるのが好きな人でした。その美貌と人を惹きつける独特の才能のお陰で社交界で成功していました。

そして京介を射止め、中条家に嫁ぐことになったのです。結婚後もその才能は活かされ、母の人脈は京介の仕事に大いに役立つことになったのです。

京介は母を、母は京介を互いに利用し合うような関係でした。

しかし、母が一人の男で満足できるわけがなかったのです。長女である京子を産んだあと、社交界で知り合った若い男性と恋に落ち、その男の子を身ごもりました。最初は駆け落ちするつもりだったようですが、相手の男性が犯罪に手を染めていたことが分かり、それも叶わなくなりました。結果、母は京介に泣きついたのです。

京介は家のメンツを何よりも重んじる人だったので、母が不倫をした事実そのものをもみ消してしまいました。実際、今となっては、母の不倫相手の犯罪を暴いたのも京介だったのではないかとさえ思います。

そして、そのときに母が身ごもっていたのが私でした。私はこうして望まれない子としてこの世に生を受けたのです。

その後、母は京介との間の二人目の子である康介を産みました。男の子が生まれたことで京介はこの上なく喜び、母の不倫の件はそれ以降、不問になりました。

ただ、私だけは中条の家で認められないままでした。

それでも私は中条の家で養われていたのですが、唯一の肉親である母は私に構うことは殆どありませんでした。

生来、母は子育てに向かない人間だったのです。子どもを可愛がるより、自分がいかに人から愛でられるかばかりを考えているような人でした。ひっきょう、私の世話は主に使用人に任されることになりました。

京介は京介で、実の子である京子や康介と、私を露骨に差別しました。京子や康介の誕生日には、友人知人を呼んで盛大にお祝いしていた傍らで、私は家族からすらろくに祝ってもらえませんでした。

ハンバーグをつくってくれた時、泣いちゃいましたよね?あの日、正確には、あの次の日が私の誕生日だったんです。誰かと誕生日を祝いたいって、ずっと思っていたから、とても嬉しかった。プレゼントもありがとう。あの時、ちゃんと言えなくて、ごめんなさい。

話を戻しますね。血筋のせいでしょうか、京子も、康介も出来が良く、学校での成績も常にトップクラスで将来を嘱望され続けたのです。でも、私はそれほど出来が良くありませんでした。

これが、ふたつ目の理由です。

中条の家には「家の人間たるためには、家のためになることをしろ」という教えがあります。裏を返すと、役に立たないものは家から出ていけということです。実際、昭和の時代までは、才のない者を勘当同然に放り出すことは珍しくなかったそうです。

京子は学生時代からカリスマ性があり、人を率いる能力は人一倍でした。京介もそれを認めています。慶応大学を卒業後、京介の助力を得ながらとはいえ、起業をし、あっという間に上場させるだけの才能を発揮しました。

康介も親の期待通りに育ち、一流高校から東大に進学しました。姉に倣って小さいながらもスタートアップ企業を立ち上げ軌道に乗せるなど、京介を満足させる結果を出しています。

私は幼い頃から、人前に立ったりするのが苦手でしたし、他の二人ほど目を見張るような成績を上げることはありませんでした。なので、小学校の頃は、テストの点が悪くて、逆上した京介から「出ていけ!」と怒鳴られることが何度もありました。
母は決して私を助けることはありませんでした。私に組みすれば自分が不利になることが分かっていたからです。

京子や康介はそんな私を笑って見ていました。

ーーーーーーーー☆ーーーーーーーーー☆ーーーーーーーー

高校、大学と出してもらい、中条の家にはそれなりにお世話になりましたが、私は京介や母、京子、康介といるよりは、使用人といる方が圧倒的に多かったのです。私は家族(と呼べるのかわかりませんが)の顔をほとんど見ることがなく育ちました。

向かい合って食事をした記憶もほぼありません。

私という人間は、中条家の使用人の方々に育ててもらったようなものなのです。特に先代の執事長の鈴木さんや、メイド長の宇佐美さんにはお世話になりました。私の料理が少しは美味しかったとしたら、それは宇佐美さんのおかげです。

市ノ瀬さんに名前を聞かれたとき、私は、小学校の頃に仲良くしていたみーちゃんというネコを思い出しました。私はよくみーちゃんを抱っこして「自分もネコのように自由になりたい」「ネコのように何もしなくても『役立たず』と言われないようになりたい」と願っていました。

だから、「音子」と名乗りました。

美鈴の名は「宇佐美」の「美」と鈴木の「鈴」から借りました。ネコの鈴、から連想したのもあります。

嘘をついてごめんなさい。本当の名前を名乗ると、私がなぜここにいるのか説明しなきゃいけないし、そうすると、中条の家の秘密を話すことになります。家のメンツを第一に考える京介が何をするかわからないと思ったのです。

同じ理由で警察に行くのもダメでした。警察沙汰になったなどと知ったら、京介は怒り狂い、私に何をするか分からなかったのです。本当に殺すぐらいはしたかもしれません。

こんな私でしたが、中条の家の者は「家のために」私を利用しようとしました。出自はともかく、中条の家の人間だということには変わらないので、政略結婚に使おうとしたのです。

大学を卒業するのと同時に、厄介払いも兼ねて、とある若い代議士と結婚することがほぼ決まっていました。ところが、去年の12月、相手方の要求で行った婚前の健康診断で、私が完全な不妊症であることがわかったのです。

これがみっつ目の理由です。

さしもの京介も、これを隠したまま結婚させるわけにはいかないと判断したようで、くだんの代議士との話は破談になりました。念のため言っておくと、相手や私のためを考えたわけではなく、黙って婚約を進めて、後々自らに不利益に働くことを恐れたのです。

そのとき、京介は私を見下ろして吐き捨てるように言いました。

「本当に、なんの役にも立たない」と。

程なくして、些細なきっかけで私は中条の家を追い出されました。京介としては家訓に則った、ということだったのでしょう。

こうして家を追い出された私は宛もなく歩き、市ノ瀬さんの住んでいるアパートの前で動けなくなってしまったのです。本当に途方に暮れて、もう、このまま死ぬんだと、そう思っていました。

ーーーーーーーー☆ーーーーーーーーー☆ーーーーーーーー

でも、そこに貴方が現れました。
そして、私は貴方に拾われたのです。

それからの3ヶ月間は、私にとって夢のようでした。市ノ瀬さんは、たとえそこにいないときでも私の事を気にかけてくれていると、心の底から感じることが出来ました。

一緒にご飯を食べてくれました、
一緒に眠ってくれました、
寂しいときは、抱きしめてくれました、
誕生日を一緒に過ごして、
一緒にお星さまにお願いをしました。

一緒に海に行ったのは本当に楽しかった。

ああ、でも、その楽しかった鎌倉への旅行の時です。覚えていますよね?地元紙の記者さんに写真を撮ってもらいました。それがいけなかったのです。どうやらあの写真が載った冊子を京子に見つけられてしまったようでした。あとは出版元から住所を辿って、あっという間に私がいるところが割り出されてしまったようでした。

私が撮ってほしいと言ったのだから、自業自得ですね。

そうやってアパートの場所が分かってしまいました。ある日、市ノ瀬さんがいない時、アパートに四宮が来ました。「お父様がお呼びです」と。

新しい縁談がある、戻ってこい、と。

私に断る選択肢はありませんでした。私がごねたとしても、中条の家なら、市ノ瀬さんに仇なすことなど、平気でやってのけるでしょう。私が市ノ瀬さんに何かを言えば、やっぱり迷惑になってしまう。だから、黙って出ていくしかないと、その時は、そう思ったのです。

でも、中条の家に市ノ瀬さんが来てくれたのを見た時、その判断が間違いであることを思い知らされました。

迷惑ばかりかけたのに、私ばかりしてもらって、市ノ瀬さんに何も返せていないのに、すごく大変だっただろうに、貴方はこんなところまで来てくれた。

家族だ、と言ってくれた。
ただ居るだけでいい、と言ってくれた。
愛してる、と言ってくれた。

本当に、本当に嬉しかった。

私にとって、市ノ瀬さんと過ごした3ヶ月あまりの時間は、今までの人生の中で一番キラキラしている、何ものにもかえがたい宝物です。

できれば、もっと長く一緒にいたかった。
もっと色んなところに行きたかった。
もっと、深く繋がりたかった。

しかし、京子が言った通り、私は来月、結婚をしなければなりません。
色々考えたけれど、これを避けることはできません。

貴方が来てくれるまでは、私はもう、何もかも諦めていたんです。私は一生、死んだように生きていくしかないんだって。

でも、市ノ瀬さんが家に来てくれて、私に会いに来てくれて、私は勇気をもらいました。
だから、最後まであがいてみようと思います。

私も、世界で一番、貴方を愛しています。

かしこ

美鈴 音子

☆☆☆
涙が止まらない。

手紙は万年筆で書かれていた。整った字だったが、あちこちに滲んだような跡が残っていた。音子も、書きながら泣いていたに違いない。

俺は両手で目を覆う。

情けねえ・・・。好きな女ひとつ守る財力もなければ権力もねえ。意気揚々と乗り込んでいっても、結局、後足で砂をかけるのが精一杯だ。

中条の家に行った数日後、四宮が俺の家に300万円が入った封筒を持ってきた。

つっかえしてやろうと思ったが、四宮が「お嬢様の手紙も入ってるはずです」と言うので、受け取った。音子は京介が俺のところに金を寄越すことを見越して、予め手紙を四宮に預けていたらしい。

手紙の中を読んで納得した。音子はあの家の使用人連中と仲が良いのだ。主人である京介を差しおいても手紙を運んでやろうと思うくらいには、音子のことを思ってくれているようだ。

この手紙で音子がどんな思いで俺の側にいたのかがわかった。所々で感じた不自然な振る舞いも、全部全部、音子なりの理由があったのだ。

手紙には「ごめんなさい」とたくさん書いてある。
馬鹿やろう、こっちこそ、ごめんなさい、だ。

ちゃんと向き合えなくて、年齢を言い訳にして、お前の思いを無視するようなことばかりして・・・本当に済まなかった。

まだまだ、言い足りない。もっと、たくさんたくさんお前に言わなきゃいけないことがあるのに・・・。

でも、全てが遅すぎる。

音子の手紙を抱きしめて、俺は声を上げて泣いた。
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