天狐あやかし秘譚

Kalra

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第15話:黄泉平坂

第68章:多情多恨(たじょうたこん)

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♡ーーーーー♡
【多情多恨】感じやすい気持ちをもっているために、恨みや悔い、悲しみを感じることも多いこと。
鈍感じゃない分、恨みもハンパねっす!みたいな。
♡ーーーーー♡

あの文化祭の日から、僕の人生が狂ってしまった。あの日から、沙也加とうまくいかなくなった。僕と話をしていても、目を伏せたり、視線を泳がせることが多くなる。

もちろん、あの日のことは何度も謝った。沙也加も口では「大丈夫だよ」と言っていたけれども、その態度の違いは如実であり、僕は彼女の心が離れていくのを繋ぎ止めることができない自分を歯がゆく感じた。

数カ月後、決定的な場面を目撃する。
この日は委員会の仕事があり、遅くなった。それでも急いで雑文同好会の部室を訪れたのだが、そこに沙也加はいなかった。そのうち来るかもしれないと思っていたのだが、一向に現れる気配がなかった。

嫌な、予感がした。

いや、実際は、この前から気づいていたのだけど、心の中の箱に押し込めて、見ないふりをしていたのだ。
しかし、この日、沙也加の不在という事態に直面して、僕はとうとう、その禁断の箱を開いてしまうことになる。

教室に戻ってしまったのだ。

「このまま・・・と、付き合っていていいかわからなくなっちゃって」
「うん・・・そうなんだ・・・」

教室の扉の前に立ったとき、中からボソボソと男女の声が聞こえた。女性の方が沙也加のものだということはすぐ分かった。

「やっぱり頼りないっていうか・・・私のこと、ちゃんと好きなのかなっていうのも・・・」
「・・・うん・・・そう・・・」

足が、凍りついたように動かなくなっていた。

付き合っていていいのか、わからない
私のこと好きなのかな?
そして・・・
頼りない

教室の扉を開けて中に入っていかれれば良かったのかも知れないけれども、僕にはそんな事はできなかった。ここでも、僕は、『逃げた』のだ。

そっと、忍び足で、
教室から離れた後は、全速力で

部室に戻り、机に手をついて、荒くなった息を整えようとする。
どう、考えていいかわからなかった。
叫び出したかった。

誰が悪い?誰が?
一体、誰が悪いんだ!?

目を見開き、口が乾く。
手が震え、背中に汗をじっとりとかいていた。

結局この日、沙也加が部室に現れることはなかった。

☆☆☆
天狐ダリが、曲がりくねる暗い洞窟を滑るように駆け上っていく。その背後から、狐火に囲まれた京本が必死についていっていた。
行きと同じく、容赦なく進むダリに、『おい!待てよ』だの『ちょっと、休ませて』などと弱音を吐きながらも、ダリの脚力についていっているあたり、京本自身もなかなか体力がある方なのかもしれない。

上り坂にも関わらず、行きとほぼ同じくらいの時間で外に出ることができた。外に出た瞬間ダリが、洞窟の方に手をかざすと、見えない衝撃波がそこから放たれる。

「おわっ!」

間一髪、衝撃波を横跳びにして躱した京本の隣で、ちょうど今出てきたばかりの洞窟が、ガラガラと音を立てて崩れていく様子が見て取れた。後少し避けるのが遅ければ、京本はもろともに生き埋めになっていたことだっただろう。

「っぶねえな!!殺す気か!」

京本は立ち上がると、パンツについた砂を手で払う。周囲の狐火が健在なので、なんとかあたりの様子はぼんやりと分かるが、空はまだまだ暗い。時計がないのでよくわからないが、深夜帯であることは間違いないだろう。

「ったく、一言、言えよな・・・。要は、入口塞いでバケモン出てこれねえようにするって寸法だろ?・・・だったらもういいよな?早くよこせよ、そのなんとかっていう玉をよ」

ぐいっと京本がダリの方に手を伸ばす。
「これのことか?」
彼が懐から取り出したのは、先程堂から持ち出した勾玉だった。その表面は緑色に淡く光り、黄色の文様がウネウネと不規則に蠢いている。不思議な色彩の宝玉だった。

「お・・・おう!それだ、それ!」
「主は、なぜ、これを欲しがる?」
「そりゃ、おめえ、それを持ってけば金くれるって言うからよ」

京本の目は欲の光にまみれていた。手を突き出したままジリジリとダリに近寄っていく。もう少しでその玉に手が届くというとき、パシン、とダリが宝玉を拳の中に握り込んだ。
「交換だ」
ダリの言葉に、ちっ!っと京本が舌打ちをする。

「交換って・・・俺は、女の場所なんて知らねんだよ。玉を手に入れたら連絡よこすってカダマシってやつから言われているだけで」
「黙れ」
瞬きするほどの時間でダリの左手には古槍が現れ、その穂先がピタリと京本の喉元に突きつけられる。
「お・・・おい!お、俺を殺したら・・・殺したら・・・!」
「女、となぜ知っている。お前は我と共に『死返玉まかるがえしのたま』を探せと言われた。我を視界に収め続けろと言われた。それしか知らぬと言っていた・・・なのに、なぜ、我らが『女』とこれを交換しようとしていることを、知っているのだ?」
「そ・・・そりゃ、おめえ、聞いてたんだよ、聞いてた。カダマシってやつに、『奴らはこっちが女を人質にしているから手出しはできねえ』って・・・だからだよ」

一瞬ダリの言葉に怯んだ京本だったが、すぐに体勢を立て直す。少しのけぞるように槍の穂先を躱しつつ、弁明をしてみせた。

「へへ・・・いいのかい?俺の目を通して、あちらさんは状況把握してるらしいぜ?こんなことをして、カダマシってのが、お前さんの可愛い女を殺しちゃったりするかもしれないぜ?」
怜悧な瞳、氷のような冷たい視線を京本によこし、ダリは小さく嘆息した。その目は京本をして怖気を走らせるに十分な気迫があった。
「やはり、まだるっこしいことは・・・好かんな」
京本が目を見張るのと、ダリが素早く槍を横薙ぎにするのは同時だった。

「何を・・・!?」

ヒュン!と風切り音が響く。
その音が京本の耳に届くより先に、ダリの持つ古槍の穂先が、京本の喉笛を切り裂いた。

☆☆☆
沙也加とは、あの日以来、話すことができなくなった。沙也加自身が、なにか言問いたげな目で僕を見てくるのに気づくと、僕の方から避けていたのが大きな理由だ。

分かってる。
分かってるんだ。

近寄ってきて、お前はこういうつもりだろ?
『別れてほしい』
『他に付き合いたい人がいる』

そう・・・そうだよ

『その人は、あなたより頼りがいがあるの』
『私、やっぱり守ってくれる強い人がいい』

笑って・・・笑ってお前は、お前はそう言うんだろ・・・

避けて、避けて、避け続けた。
そして、周囲もそれに気づく。

笑っていた。みんな。
『身の程知らずだったんだよな』
『植草さんと雄一だろ?釣り合わねえよ』
『振られたってさ』
『とーぜん☆』

ははははは
 きゃははははは
ははは!

そこらじゅうでみんながこっちを見ている。陰口をたたいている。
笑っている。バカにしている。

『あんな顔でよく、植草さんみたいな美人に告白とかできたよね』
『鏡みたことあんのかな?』
『ちょっと凄まれて、すごすご逃げたんだって』
『やば!情な!』
『弱い男ってねぇ・・・』
『その上、顔も・・・?』
『ええ!でも、金持ちだったらいいかも!』
『ダメだよ、あいつ貧乏だもん』
『じゃあ、いいとこなくない!?』

きゃははははは
 ははははは
ふふふ はははは

やめろ・・・やめろ!
 やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、ヤメロ!!!

頭を抱えこんで、しゃがみ込んで、
耳をふさいで、閉じこもる。

中3になる前に、僕は、完全に学校に行くことができなくなった。
親は心配した。何度も、何度も説得された。怒鳴りつけられることもあった。
理由を聞かれたけれども、とても言えるものではなかった。

閉じこもり、吐き気を催すくらいに、ぐるぐると考え続ける。

なんでだ?なんでだ?なんでだ?なんでだ?なんでだ?なんでだ?
何がいけない?どうして上手くいかない?
俺だけ、俺だけ!!俺が、お・・・俺があ!!

そうだよ・・・そもそも、この顔がいけない。
このひょろひょろの身体がいけない。
なんでだ?なんでこんな身体なんだ!?

顔が良ければ、それだけでもてはやされる。
力が強ければ、体格が良ければ、それだけで怯えずに済む。

最初から不公平じゃないか。
 与えられて生まれてくるもの
 与えられずに生きなくてはいけないもの

スタート地点が違う。
 努力で?馬鹿な!

あいつらが、なんの努力をした?
なんにも努力しないで、生まれながらのいいものを持って、それで、それで上手く行く。
沙也加・・・沙也加・・・沙也加!
お前は、お前が、お前も!

考えに考えた。
吐き気を催し、実際に吐き散らかした。
何度吐いても、胃の腑が空になるまで吐き散らかしても、納得なんてできなかった。

何度考えても、何度吐いても
なんの結論にも達することができなかった俺は、
まるで死人のように横たわり続けた。

少しの飯、
トイレの時だけ、部屋を出た。
風呂にもろくに入らず、ただ、ただ、ベッドの中で過ごし続けた。

「雄一・・・明日から3年生よ・・・A組ですって。クラス替えもしたそうよ・・・学校、行ってみない?」

母親だった。ろくに風呂にも入らず閉じこもり続けた俺がいる部屋は、饐えた匂いが充満していたことだろう。刺激しないようにだろうか、優しげな声で話しかけてくる。

「部屋、少し掃除するわね・・・。それから、空気、入れ替えていいかしら?」
窓が開き、外の風が入ってくる。三月の風には花の香が漂っている気がした。

あら・・・

「去年の文化祭のときの・・・雄一の文章も載っているんでしょ?」

ヤメロ

「この時は、雄一、小説書いたのね・・・すごいわ」

ヤメロ、ヤメロ

「恋愛小説・・・なのね・・・短いけど、すごくよく書けてるって思ったのよ」

ソレイジョウ・・・

「勇気を出して告白した男の子の・・・恋が成就する・・・」

話ね・・・

「やめろおおおおおおおお!!!」
気がつくと、俺は、母親の首を両手で絞めていた。昏い目から涙を流し、ありったけの怨嗟を込めて。

母親の首筋に俺の爪が食い込み、赤黒くうっ血する。目が飛び出し、舌がだらりと垂れ、意味をなさないかすかな呼吸音が漏れ、そして・・・それも消えた。

だらんと身体中の力が抜け、命の気配を感じなくなったとき、俺は、自分がとんでもないことをしでかしてしまったことを悟った。

「ああ・・ああ・・あ・・・・」

手を離し、壁際にへたり込んだ。
変色した顔、見開かれた眼、瞬きを忘れたまぶた。

「ああああ!」
這うように、四つ足で俺はまたしても、そこから『逃げた』。階段を転げ落ちるようにおり、靴を履き、伸び放題の髪の毛と、シミだらけのパジャマを着たまま、玄関からまろびでて、ひたすらに走った。

田舎道だ。通行人なんていない。
走って、走って、走って、あぜ道を抜けて、林道を駆け、山に入り、藪を抜け、どこをどう走ったかわからない。見えない追手から逃げて、逃げて、逃げて、逃げた。

そして、気がつくと、俺は、どこともわからない、森の中
ポッカリと開けた場所に、横たわっていた。

闇雲に走って来て、もう、ピクリとも動けなかった。
疲労、空腹、絶望、怒り、
あらゆる感情が交錯して、とりとめがつかない。泣いていいのか、怒っていいのか、ほうけていいのか、それすらわからなかった。

ポツリ、ポツリ、ポツリ、

頬を、額を、胸を、雨粒が叩いた。
それは瞬く間に増え、身体中が雨に打たれるまでにそれほど時間はかからなかった。

身体が、冷えていく。
何もかも、冷えていく。

力なく、認めもされず、
絶望して、ただ、絶望して、
何者にもなれず、その上、罪まで犯した。

ここにきて、どうすることもできなくて、ただ、冷えていく。

涙が、溢れた。
心から、嗚咽が湧き上がった。

喪失感・・・?違う
罪悪感・・・?違う
怒り・・・?違う

これは、これは・・・・

『悔しさ』

だ。バカにされて、弱く生まれて、与えられずに生まれて、虐げられて、蔑まれて・・・そうだ、そう・・・このまま死んだら、俺は・・・俺は・・・

悔しい、悔しい、悔しい、悔しい!!
許せない・・・
与えられているものが、生まれつき恵まれているものが
そんなやつがいるなかで、俺がこんなところで野垂れ死のうとしていることが!
なぜ、俺がここで死ぬ?
母親を殺したから?
馬鹿な!俺に何も与えなかった、俺を強く産まなかった、その罪を雪いだだけだ。
なんでだ?なんでだよ!

だが、涙を流し、歯噛みしたところで、身体はもう全く動かなかった。
雨に打たれた四肢がその先から痺れはじめ、感覚がなくなってくる。

くそ・・・くそ、くそ、くそ!

明確に死神の吐息が間近まで迫って来ているのを感じる。頭の中は復讐心でいっぱいでも、現実に俺の身体は一歩一歩着実に死へと向かっている。

「ち・・・くしょう・・・」

だけど、唇を這う雨水の苦みを感じたとき・・・そのとき。

「いやあ、やっと、見つけた。なんで、君、こんなところで寝ているの?」

幻聴か?
そう思って、かろうじて目だけを動かして見たその先にいたのは、何の変哲もない姿形をした男が、立っていた。

不思議なことに、その男は、傘も何も持っていないのに、全く濡れている気配がない。

「良かった。死んでないよ・・・よし、じゃあ持って帰るから」

ふわっと身体が浮き上がる。
俺が、覚えているのは、ここまでだった。

だが、ひとつだけ分かったことがある。
俺は、助かったのだ。

☆☆☆
実は、その後の記憶はあまりない。あまりない、というか、あまりにも同じような毎日の繰り返しだったから記憶に残るほどのことがなかったというのが正しいような気がする。

気がつくと俺は知らない屋敷の中にいた。
屋敷は日本式のもので、廊下と正方形の畳敷きのいくつもの部屋で構成されていた。俺には一つの部屋があてがわれ、そこで好きに過ごしていいと言われた。

できないことが三つあった。
ひとつめは、外に出たり、行くなと言われた部屋に行くこと。
ふたつめは、外の情報を知ること。
みっつ目は、自分の姿を見ること。

屋敷の外に出ることは許されなかった。俺を助けた男が言うには『君を失うわけには行かないから』だそうだ。俺は、それを『外に出たら警察に捕まるから』と解釈していた。

母親を殺していた、からだ。

同じように、外のことを知ることも許されなかった。テレビやインターネットなどはもちろん使えなかったし、新聞などもダメだった。他のもの、例えば本を読んだり、ネットワークに繋がっていないゲームなどで遊ぶことは許可されていたし、望めば勉強をすることもできたが、外の情報を得ることは全くできなかった。

ちなみに、生活上のことだが、俺にはひとり、人形のような整った顔の女性がつけられた。彼女はいわゆる神社の巫女のような姿をしていたが、普通の巫女が白地に赤が入った着物を着ている所、その女の服は白地に青だった。こちらから問えば、話はしてくれるし、食事や生活上必要なものなどはそいつが運んできてくれていた。

屋敷には窓がない。一応『巫女』があちこちに明かりをつけたり、消したりしているので昼夜の区別は付くし、夜になると夜具が用意され寝るように促されるので毎日の生活はそれなりに規則正しくしていたと思う。

最初はボーゼンと無為に過ごしていたが、次第にここが安全であると分かると、色々としたくなった。マンガやゲームなどを要求したりもした。『巫女』は俺に何かをするように言うことはなかった。

あと、屋敷にはいくつか『入ってはいけない』とされる場所があった。巫女が言うには、あるところは『お館様の部屋』だから、あるところは『危険だから』などが理由だった。

あるとき「俺はいつまでここにいなきゃいけないんだ?」と問うたことがある。その時の巫女の答えは「貴方様は選ばれた人。時が来たら出ることができます」というなんとも人を煙に巻いたような答えだった。

何年が経っただろう?
一日、一日は分かるが、それが積み重なると一体自分がここにどのくらいいるのかがわからなくなってくる。

そして、ついに『時』が来たようだった。
あるとき、巫女から、これまでは入ってはいけないと言われていた部屋に案内された。そこは他の部屋より広く、左右は壁、続きの間があり、そこは一段高くなっていて、御簾のようなものがかかっていた。

御簾の前、左右に別れ、巫女と同じような格好をした女が二人いた。この屋敷に来てから、巫女以外の人を見たのはこれが初めてだった。

左右の女は顔立ちが似ていた。似ていた、というか瓜二つだった。おそらく双子なのだろう。ただ、見分けはつく。というのも、御簾に向かって右側の女は巫女服が桃色であり、左側のそれは青色だった。また、手にはそれぞれ古代の銅鏡のような鏡を持っているのだが、右の女のそれは裏が黒、左の女のそれは裏が白だった。

それぞれの女は、右側が「キヌギヌ」、左側は「スクセ」と自分らの名を名乗った。

巫女から座って頭を下げるように言われたので、従う。ここに来てから初めて言われた「命令」だった。

「ああ、どうだい?身体は問題ないかい?」
御簾の向こうから男の声がした。この声には聞き覚えがあった。あの雨の日、自分を『助けた』男のものだった。

ただ、身体はどうなのか、と言われてとっさにどう答えていいかわからなかった。頭を下げたまま黙っていると、右手のキヌギヌが『お館様が問うておられる。答えよ』とキツめの口調で言ってきた。

お館様・・・つまり、この屋敷の主、ということ?
別段逆らう気持ちがあったわけではなく、むしろ、感謝をしているくらいだったので、俺は素直に答えることにした。

「特に問題は感じません」

顔は見えないが、ふっと御簾の中で笑ったような感じだけがした。

「やっとお前のシンポウが見つかったよ。これまで、不便をかけたね。これで晴れて君は自由だ。スクセ・・・」

シンポウ、自由、どういうことだ?
左手のスクセが小型の水筒のような金属製の円筒を持って俺のところに来た。手を出すように言われたので両手を出すと、その水筒からコロンと勾玉がひとつ出てくる。

勾玉は5センチほどの大きさで、形こそ昔教科書で見たような、古代の装飾具である勾玉であったが、色が不思議であった。赤くぼんやりと輝いており、その中で紫色の文様のようなものが蠢いていた。一体何でできているのかわからないものだった。

「それは生玉いくたまと呼ばれるシンポウ。神の宝と書いて神宝だ。手にとって、異常はないね」

異常・・・異常と言えば、この玉が一番異常だ。
手に取っている自分自身には異常を感じない。

「特に、俺に異常はないです」

応えると、お館様は「うん、いいね」と言った。

「おいおい説明するけどね。それはとりあえず君に預けるよ。使い方はスクセとキヌギヌに聞くといい。きっと気に入るよ。使い方がわかったら、外に出て好きに過ごすといい。ただし、僕が来いといったらここに戻ってきてほしい。そして、僕の仕事を手伝うんだ。交換条件はそれだけだ。いいね?」

いいねもなにも、意味がわからない。
口ぶりと、この玉の不思議な様子から言って、なにかとてつもない力が宿っているのは分かるが、どうして俺がそれを?というのもあるし、彼の言う「仕事」というのも気にはなる。

「戸惑っているね・・・。まあいいや。スクセ、キヌギヌ、彼に・・・うん、そうか、名前が必要か」

少しお館様は考えている様子を見せ、そして言った。

「そうだね。カダマシ、にしよう。君は、今日からカダマシだよ。これまでの名、確か・・・京本雄一、だっけ?それは捨ててしまいなさい。僕らの仲間、カダマシ。それが君の新しい名だ」

☆☆☆
これを避けるのか・・・

十分気を練って、隙を突いたはずの刺突だった。
そう、彼の槍の穂先は、狙い通りなら、京本の喉元を切り裂くはずであり、通常の人間の反射神経では、もはや逃れることができないほどの速度で薙ぎ払われていた・・・はずだった。

しかし現実に起こったことは違った。あり得ない反射速度で反応した京本は、重力を利用して、ふわりと真後ろに倒れ込んだ。結果、本来首があるはずのところが空となり、穂先は虚空を切り裂くことになった。そして、そのまま京本は後ろ手に地面を捉え、ぐいっと身体を伸展させる。いわゆるバク転というやつである。

「なんでぇ・・・バレてたのかい」

暗闇の中、京本のシルエットが大きく膨らみ始める。肩が盛り上がり、脚が伸び、太ももが大きく発達する。胸筋が膨れ上がり、首が野太くなっていった。あまりの急激な身体質量の増加にワイシャツが裂け、上半身が顕になる。

貧相だった顔は精悍な男のそれとなり、髪の毛も増える。体格から顔貌から、何から何まで先程までの京本とは全くの別人へと変貌した。

その姿は、石川でダリたちと邂逅したカダマシのそれだった。

これが、カダマシの使う神宝『生玉』の力だ。生玉は端的に言えば、肉体の形状やステイタスを自在に操ることを可能とする神宝だった。今のこの姿は、彼が『童子』と呼んでいる、カダマシが最も頻繁に用いている攻守のバランスが取れた標準的なフォルムだった。筋力、スピード、耐久性が通常の人間のそれの何倍にも調整されている上、五感の感度も鋭敏化している。『童子』状態のカダマシと肉弾戦をして通常の人間が勝つことはまず不可能である。

「完璧な変装だったはず・・・だぜ?声や指紋まで変えたってのによ」
「お前の反吐が出るような匂い。忘れるわけがなかろう」

かは!と妙な笑いをカダマシが挙げる。

「そうかいそうかい。今度は匂いにも気をつけるとするよ・・・。」
「綾音を返してもらおう。死にたくなければ答えよ・・・主の神宝は姿を変えることはできても、不死身ではない。微塵に切れば死ぬのだろう?今、綾音の居場所を教えれば、殺さずにおいといてやろう」

はっはっ!

「脅してるつもりかい?俺を!やれるものなら・・・」
カダマシがぐぐっと体勢を低くする。その姿が一瞬ブワッとブレたかのように景色に滲む。

っ!?

刹那、ダリの右側を疾風が通り過ぎた。その動きの早さはダリの超知覚を持ってしても、影が揺らいだようにしか感じられなかった。

「くっ!」

右肩に灼熱の痛みが走る。体を捻って後ろを向くと、そこには体高が2メートル近い巨大な『狼』がその口元にダリの右腕を咥えて立っていた。『狼』は、ダリの右手をそこに握られていた死返玉もろとも、その大口の中に飲み込み、にやりと笑ってみせた。

ブシュッとダリの右肩から血が吹き出す。遅れてやってきた鋭い痛みにダリが右肩を押さえて膝落ちに崩れる。

「じゃあな、マヌケ」

狼が発した声は、カダマシのものだった。この獣のフォルムもまた、生玉によって作り出されたものであった。それは、スピードと顎の力に特化した形態であり、カダマシは、その名を『大口真神おおぐちまがみ』と呼んでいた。狼を神格化した神の名を冠するだけのことはあり、そのスピードはダリの動体視力をも凌駕し、その顎は、ダリの腕を一瞬で食いちぎるほどの膂力を持っていた。

「約束破ったからな・・・お前の女・・・ぶち犯すの決定だぜ?」

『大口真神』となったカダマシがくるりと闇夜の中、振り返り、一足飛びに森の中に駆け込んでいく。スピードに乗りさえすれば、その速度に追いつけるものはいないと、カダマシは自負をしていた。

森を漆黒の風の如きスピードで走り抜けつつ、カダマシはほくそ笑む。

ああ・・・楽な、仕事だよ・・・
やっぱ、力があるってのはいいもんだよな・・・

思い出す・・・思い出すぜ
最初にこの力を手に入れたときのことを

涙ぐんで、目を見張る無能な教師
俺の姿を見て震え上がる男ども
ぶっといちんぽで犯されて、頭を振り乱して悶える女の顔

そこにあるのは、支配者の愉悦
何ものにも代えがたいあの絶頂感

そして、絶大な万能感だった。

暗闇の森を疾走しながら、カダマシは思い出していた。
愉悦の時を、凌辱の瞬間を・・・。
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