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第15話:黄泉平坂
第72章:侵掠如火(しんりゃくじょか)
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【侵掠如火】炎のように激しく攻め入ること。
『侵略すること火の如し』みたいな。
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身体が大きく揺れた。
身体が大きく揺れた。それが、夢と現の境で感じた、最初の現実的な刺激だった。意識が焦点を結び、ゆっくりと闇の中から浮き上がってくる。
次いで、思ったことは、温かい・・・ということ。
なにかに、支えられている・・・。
そして、声が聞こえた。
『貴様ら・・・よくも汚い手で、綾音に触れてくれたな・・・ただで、済むと思うなよ』
この声・・・声・・・懐かしい、声・・・。
ゆっくりと目が開く。薄ぼんやりとした視界の中、間近に見えたのは・・・
「だ・・・ダリ・・・」
肌理細やかな肌、サラサラの髪、狐神モードの直衣姿に焚き染められた香の薫り。
懐かしい・・・体温。
いつのまにか私は、ダリの左腕にしっかりと抱きかかえられていた。ダリは怒っているようだった。狂骨から私を救い出したときみたいに、いいや、それ以上の妖気が全身から雷となってほとばしっていた。
来てくれたんだ・・・
「良かった・・・」
呟くと、ちらりと私の方を見る。その目がほんの一瞬だけ、優しそうに笑う。しかし、すぐにキッと前方に目を向けた。私もつられてそちらを見ると、そこには白い領巾を肩にかけた痩せた男が、どういうわけか下半身を剥き出しにしてへたり込んでいる姿があった。
その事に気づき、私はさらに二つの事実に思い至った。
ひとつは、自分もまた下半身が丸出しだということ。そして、もうひとつは・・・
「だ・・ダリ!右手が!?」
そう、一瞬、痩せ男の出現に慄き、しがみついたときにわかったのだ。ダリの右腕が肩から先で失われていることを。彼は右腕を失い、左手一本で私のことを抱きかかえていたのだ。
「子細ない」
私が右腕の欠損を心配していることに気づき、彼が言った。問題ないって・・・腕、一本ないんだよ!?
「すぐにこの建物ごと・・・屠ってやる」
ダリが痩せ男を睨みつけると、バチンと、身体中の妖気が爆ぜた。
唇が小さく動き、呪言を刻んでいく。
『久方の天より落つる 雷よあれ・・・』
大気が震え、周囲に雷気が充満する。
これ・・・この呪言って・・・!
これは、そう。ホシガリ様のとき、あの広大な浮内本家の屋敷を木っ端微塵に吹き飛ばした、雷バンバン落とすやつ・・・。
その時、私の脳裏に閃くものがあった。
「ダリ!ダメ!!」
ぎゅっと衣を掴む。突然の上がった私の声に、ダリが呪言の奏上を中断した。
「何事だ?!」
「ダメなの!ダリ!!多分、ここにはまだ・・・まだ・・・」
そう、もしかしたらこの建物の中に麻衣ちゃんがいる可能性が高いのだ。麻衣ちゃんは私達のことを敵、この男たちを味方と思っている可能性がある。つまり、この建物に、私とは別の意味で囚われていると思っていい。
それなのに、もし、あんな広範囲攻撃をしたら、彼女もまたただでは済まないだろう。彼女はきっと、カダマシ達になにか言われて、騙されているのだ。
麻衣ちゃんを巻き込むわけにはいかない。
「ふむ・・・幼子か・・・」
ダリも納得してくれたようだった。しかし、さすがに戦闘中にこの会話は悠長に過ぎたようだった。
「テメ!ふざけんな!」
痩せ男がその両の手をかざすと、たちまち2匹のイタチのようなものが飛び出してくる。ただし、イタチはイタチでも、腕が鋭い刃物のようになっていた。
「切り裂け!鎌鼬!!」
男の号令で、鎌鼬はそれぞれ上下から鎌を振り上げ襲いかかってきた。ダリは私を抱えたまま、大きく左に跳んだ。
「クソ!逃げんのか!?」
左側は大きく割れた窓だった。ダリは、私を抱えたまま、躊躇なく、その桟を蹴り身を中空に踊らせる。
「ちょ!ダリ!ここ・・・!?」
中空に浮いた私は慌てて下を見る。どうやら私がいたのは、廃墟のようになっているホテルの5階だったみたいだ。夜の闇の中に躍り出ると、支えのない私たちは当然、重力に従って落ちるわけで・・・
「ぎゃああああ!!」
叫ぶ私にダリは「何ぞ叫ぶ・・・あやなきこと」と涼しい顔だ。そりゃ、あんたはそうでしょうけども!!
私は咄嗟にダリにしがみつく。大丈夫だとはわかってるけど、怖いものは怖い!!
地上に落ちる寸前に風が舞い上がり、私とダリをふわりと減速する。トン、とダリの足が地面につくと、彼はすぐにそれを強く蹴り、さらに森に向かって跳躍した。
トトトトトン!
「げ!」
なんで跳躍を?と思って後ろを見た私は、乙女にあるまじき声を発してしまう。私達がつい数秒前に立っていたところに、ぶっとい針が何本も突き刺さっていた。
「山颪か・・・いろいろなものを見せてくれる・・・」
ダリは余裕をかましているが、上空を見ると、先程飛び出してきた窓から無数の小型の動物が飛び出してくるのが見えた。
あれが痩せ男の使う神宝、蛇肩巾の能力!?
会議でもらった資料には、蛇肩巾の力は『小動物を召喚して操るものと考えられる』と説明されていた。でも、先程の『鎌鼬』と言い、針を飛ばしてくるこの『山颪』と言い、通常の動物ではない。そう言えば、私がさらわれる直前に御九里たちが戦っていたのは「爆発するネズミ」だった。
蛇だけではなく、動物型だったら現実にいない動物、妖怪すら操ることができるってわけ!?
小動物たちは身軽に地面に降り立つと、一斉にこちらに向かって飛びかかってくる。今夜は月がなく、星明かりしか光源がないが、どうやら、その半数は先程の『鎌鼬』、もう半数は背中に棘のあるサルとネズミの合の子のような動物だった。これが『山颪』なのだろう。
シャーー!!
奇妙な声を上げ、疾風の速度で鎌鼬たちが襲いかかってくる。ダリも速いが、鎌鼬たちも速い。さすが、風を起源とする妖怪だ・・・。
少し遅れて走ってきた山颪たちが飛び上がり、空中で背中を丸めるような仕草をする。なんだ?と思っていると、丸めた背中から飛び出たトゲがまるで機関銃のような勢いで発射される。
さっきのトゲもこういう仕組みで!?
近接で襲いかかってくるイタチと、飛び道具を駆使するサルネズミの攻撃を、ダリはひょいひょいと躱していくが、私としてはとてもじゃないけど生きた心地がしない。ダリは私の安全を最優先にということで逃げ出してきたのだけど、これって、これって・・・本当に逃げ切れるの!?
とにかく今、この状況で私にできることは、ダリにぎゅっとしがみついて振り落とされないようにすること、だけ、だった。
☆☆☆
おいおいおい・・・マジかよ。
カダマシは何してやがんだよ!
なんで、あの狐男がここにいる?
あいつはお前が引き付けておくって約束だろうがよ!
何が『俺に任せとけ、ぶち殺すからよ』だ!
お館様から捕まえて連れてこいと厳命されている女が逃げちまった。まずいぞまずいぞ・・・このままじゃ俺がお館様にぶっ殺されちまう。
さりとて、ここから離れたらあの狐男は大技ぶっ放してくるよな?
さっきの女と狐男との会話から察するに、ここにあの麻衣とかいう娘がいるから、大技を食らわさなかったのだろう。シラクモやカダマシから聞いた話では、あの狐が放つ技は、陰陽寮の陰陽助もしくは陰陽頭にも匹敵するといううのだから、俺が今、こっから離れるのは悪手だ。
俺が持っている蛇肩巾の能力じゃあ、あいつの本気の攻撃を防ぐことはできない・・・。
窓から下を向き、目を凝らすと、クチナワの目には、己が放った『鎌鼬』と『山颪』の群れが森の中を木々をなぎ倒しながら進んでいる様子が見て取れた。
見ては取れたのだが、戦況は全くわからない。
あれだけの数の鎌鼬と山颪に襲われて無事に済むことはないとは思うのだが、未だに追いかけっこが続いているところをみると、決定打になっていないのは明白だった。
「クソ!カダマシはどこだよ・・・!」
あまりホテルから引き離されれば、蛇肩巾で増援を送るのも難しくなる・・・。
そこまで思った時、ドン!と森に大きな雷が落ちた。
ーやられた!
咄嗟にクチナワは思う。やはりホテルから離れたところなら、被弾の心配がない分、大技を使ってくる・・・その予想通りだった。
さすがの妖怪たちでも、あれだけの火力の雷を浴びればほぼ全滅だろう。
まずい、逃げられる!
追いかけるべきか、と逡巡する。追いかけたところで、あの狐の火力に自分が敵うとは到底思えない。さりとて、女を取り戻せなければ身の破滅は免れない。そもそも、こんなふうに躊躇している間にも、お館様の取り巻き女の一人の『遠見』の力でこの状況がすでに把握されている可能性すらある。
1秒後には、胴体と首が泣き別れ、という可能性すらあるのだ。
仕方ねえ・・・。
クチナワが意を決して、宙空を舞うことができる妖怪『野衾』を召喚しようとした時、
ドゴン!ドゴン!ドゴン!
立て続けに森で大きな爆音が響いた。
それはまるで、紛争地帯でミサイルが連続着弾する光景のようだった。凄まじい火力の何かが、地面に突き刺さり爆ぜているのだ。
「な・・・なんだ!?」
白いフラッシュのような光が炸裂し、続いて爆音が響く。
そのうち、森のあちこちから火の手が上がりだし、獣や鳥たちが一斉に騒ぎはじめた。
一体何だ!?何が起こっている?
誰か、別の何かとあの狐が交戦しているのか?
燃える森を眼下に見て、クチナワはただただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
☆☆☆
四方八方から襲いかかる獣たちをダリは避け続ける。しかし、それもだんだん限界を迎えてきた。
というのも、彼は片手であり、私を抱きしめている以上、例の槍を振るうこともできない。それに、私がいるせいか、あまり高速に移動することもできないようだった。次第、次第に妖怪たちに追いつかれ、ついにはほぼ囲まれた状態になってしまった。
「綾音、少し・・・騒がしくなるぞ、耳をふさげ」
何?と思ったけれども、ダリのことだ、とんでもないことをするに違いない。
とにかく大人しく耳をふさぐ。
耳をふさいで、ダリの口元を見ると、小さく唇が動いた。
私がわかったのはそれだけだった。
瞬間
爆発・・・というのが最も適切な表現だった。
目の前が一瞬大量のフラッシュを焚かれたように白くなり、周囲の大気が大きく震えた。
「きゃあああっ!!」
耳を塞ぐだけでは足りず、目をぎゅっとつむり、ダリに顔を押し当てる。多分、ダリがやったことだろうとは思うが、一体何が起こったのか見当もつかない。
遅れて身体に熱気を感じ、更に遅れて鼻につくオゾンの匂いが漂ってくる。そこで初めて私は何が起きたのかを理解した。
ダリが、大きな雷を落としたのだ。
恐る恐る後ろを振り返ると、あれだけの数、追ってきていた妖魅たちは一掃されており、ついでに森の木々も半径30mばかりなぎ倒されて、かなり見通しが良くなってしまっていた。ダリの出力コントロールのおかげか、山火事になるような火の手は上がっていないようだ。
「すご・・・」
耳を塞いでいたとしてもなお、まだ爆音のせいか、耳の奥がキーンとしている。感想はたった一言しか出ない。呆気にとられるとはこの事だ。
「いったん、退くぞ。綾音」
ちょっと意外だった。先程、痩せ男相手に凄んでいたのを聞いている分だけ、なおさらだった。私の知っているダリは、こういう状況では徹底的に相手を叩こうとする・・・と思うのだが・・・。
いや、例外がある。
ちらっと右腕を見る。
ダリは基本的には怪我をしてもすぐに再生する。それは彼の身体が特別製だからというのもあるが、その妖力量が莫大であるということにも起因している。その超妖力で、即座に再生を果たしているのだ。
しかし、今、彼は右腕を再生しようとしていない。
それは、彼の現在の妖力量が、底を尽きかけていることを意味している。
私を助けるために、きっと、ものすごい無理をしたんだ。
そう思うと、込み上げてくるものがある。
絶対に、絶対に来てくれる。
私を守ろうとしてくれる。
それが、私にとって、どれほど嬉しいことなのか・・・
どうやったら伝えられるのだろう?
「ダリ・・・ありがとう・・・」
麻衣ちゃんのことは気になるけれども、一旦退くのは賛成だ。敵方には、まだあの妙な筋肉ダルマと、それに、あの神出鬼没かつ底しれない能力を持つ『緋紅』がいる。
ひとりで戦うには分が悪すぎる。
今のうちに逃げよう、そう言いかけた時、ダリが短く舌打ちをした。
「追いついて来たか・・・」
ぎゅっと私を抱く腕に力がこもったかと思うと、がくんと突然のGが身体にかかる。まるで遊園地のジェットコースターが急発進したような、そんな感じだ。そして続く、急な方向転換。
1回、2回、3回
その後を追うようにドゴン、ドゴンと激しい爆音が響いてくる。その爆音の源をダリが必死に避けているということがここに来てようやくわかった。
今度は一体何!?
「貴様!よくも騙したな!!」
この・・・声は!?
ちらっと声がしてきた上空を見ると、筋肉ダルマ、カダマシが星明かりをバックに、その巨体を宙に踊らせていた。
そのまま何度も何度も拳を振り下ろしながら、こちらに猛スピードで突っ込んでくる。
ドゴン!!!
先程からの爆発は、あの男の拳が地面に叩きつけられる音だったのだ。
「ひぃい!!」
人間じゃないと思っていたが、パンチひとつで地面をあれだけえぐるとか、どんな力よ!
加えて、彼の形態は今はまだかろうじて人間サイズだ。あの時の巨大化を考えると、まだ奥の手を残している、そういう状態のはず。
こ・・・これはまずいのでは?
もしかしたらあの妖怪をバンバン呼び出す痩せ男もこちらに参戦してきてしまうかもしれない。そうしたら、2対1、しかもダリは手負いで私を抱えて思うように戦えない・・・。
もしや、まだ・・・私の、私達のピンチは終わっていないのではないだろうか!?
神様!!!
フッ・・・と笑う声がした。
見ると、ダリが笑っている。
なんで!?なんでこの状況でその表情!?
「カダマシとか言ったな?何ぞそち・・・
狐に誑かされたのは、初めてか?」
攻撃を躱しながらダリが言い放つ。その言葉はえらくカダマシという男のプライドを傷つけたようだった。
「貴様ぁっ!!!」
天を仰ぎ、両手を広げ、咆哮する。
ただでさえ膨れ上がった筋肉が更に一回り巨大になる。
獣とも人ともつかない雄叫びは大気を揺らし、周囲の森を大きくざわめかせた。
ちょ・・・ちょっと!
ただでさえめっちゃ怒っているのに、これ以上刺激しないでぇ!!
カダマシが腰を落とし、何やら体中に力を込め始める。左腕を引き、右足を踏み込んだ。
「それは文字通り、悪手よの・・・」
ダリが呟くのと、大地が揺れるのと、大気が引き裂かれるような音がするの、そして、カダマシの右腕が閃光を放つのが同時に起こる。
「ひ・・・」
光が眼前いっぱいに広がり、同時に、私の意識もそれに溶けて消えてしまった。
☆☆☆
今度こそ、殺った!
カダマシはそう、確信していた。
あの距離、あのタイミング、あの状況。しかも、女を背負っている身で、俺の全力の『揺光』を避けられるわけがない。
そう思っていた。
それが証拠に、ダリと女が『揺光』の生み出した超高密度の熱波の光に溶けていくところを、しかと見届けたのだ。
ただ・・・
「ヤベぇ」
そうひとりごちした。女は攫って連れてこいと言われていたんだった。もしかしたら後で叱責のひとつも食らうかも知れない。ただ、まあ、どうせ敵方だ。殺しちまえば問題はないだろう。そうとも思っていた。
それにしても、さっきはマジでムカついた。
思い出すだけで腸が煮える。
そう、先の交戦にあたってダリは、自らの分身を作り、その中に実体がいると思わせて、カダマシの足止めをしたのだ。幻だけを残し、ダリ自身はさっさと綾音を救出に向かっていたのである。
カダマシが騙されたのを知ったのは、ダリが雷を落とした音を聞いた時だった。その振動によって、そこで生じていることがただ事ではないとわかり、ようやく自分が一杯食わされたことを悟ったのである。
騙されたと知ったカダマシは、すぐさま音源のもとにすっ飛んでいった。綾音を抱えたダリを発見すると、猛烈な勢いで何発も拳をお見舞いした、というわけだったのである。
しかし、その連撃は結局、その悉くをダリの異常なまでの素早さにより回避される結果になる。
これだけでも小癪だというのに、更にダメ押しがあった。
ダリが鼻で笑って言ったのだ。
『狐に誑かされたのは初めてか』と。
この瞬間、カダマシの怒りは頂点に達した。
そして、その怒りのまま、最高出力で『揺光』を放つ。
先程のよりも速く、範囲の広い攻撃だ。逃げられるわけがない、そう考えていた。
やっとのことで、フラッシュのような光の余韻が闇夜に溶け、周囲の煙が風に流れた。そこには地面に空いた巨大な穴があるのみで、彼らの姿は、消し炭すら残っていない。
「やりすぎちまったか?」
冷静になるとちょっと惜しい気もした。もう少しいたぶってからにすれば良かったと後悔する。
あっけねえなあ。
神に近いというからどんくらいかと思えば・・・
そう思いかけた時、周囲からダリ『達』が湧き出すように現れ、襲いかかってくる。その姿を見て、カダマシはにやりと笑った。
「そう来なくちゃな」
奴は生きている。そして、おそらくあの女も。
変な話、良かった、とすら思ってしまった。これで女を捕らえるというミッションも果たせるというものだ。
周囲から十数体のダリが『右手』に槍を持って襲いかかってくる。
へ!随分余裕がねえじゃねえか。
失ったはずの右手を幻から消し忘れるとはよ!
もうこれは幻であるとしれている。防御の姿勢を取るまでもない。
十中八九、奴はすでにこの場から逃げだしている。
あれだけの攻撃を受けて、かつ、女を守りながら戦おうとするとは思えない。
けっ!同じ手を・・・!
カダマシの意識がより遠くに向く。逃げるダリたちの気配を追おうとしているのだ。カサリ、と100メートルほど先で葉擦れの音がするのを、その聴力が捉えた。
そこか!?
ダリの幻が絶え間なくその槍で切りかかってくる中、カダマシはその音がした方に向かって一足飛びに進むべく足に力を込めた。
「逃さねえぜ・・・」
足を踏み出そうとした瞬間、カダマシの背筋にピリッと感じるものがあった。
まて?おかしい・・・。刹那によぎった考え。それとほぼ同時に、両の腕が動き、目の前の『幻』の両腕をがしっと『掴んだ』。
「危ねえ・・・な」
カダマシが『ダリ』を掴むと、その他の『幻』達は夜の闇の中に霧消していった。
「今度は、逃げたと見せかけて襲う作戦だった・・・か?」
そう、カダマシがその超人的な知覚力で捉えたのは、本物のダリ、だったのである。両腕をがっしりと彼の強力な膂力で圧され、さすがの天狐も身動きが取れない。その瞳に焦りの色が浮かんでいた。
「わざと右手を消し忘れたと見せかけて、幻に紛れて攻撃・・・ってか?惜しかったなあ・・・どうせ、この右手もよくできたマボロシかなんかなんだろ?茶番もこれで終わりだぜぇ!なあ、天狐様よ!」
カダマシが頭を後ろに引く。頭突きで一気に、このいけ好かない色男の顔を潰してやる・・・そう考えたのだ。
「徒花咲かせろや!」
カダマシが渾身の力で頭突きを繰り出していく。
だが、その時、今度は天狐がニヤリと笑った。
「主がな・・・」
カダマシが見たのは、天狐の体の中央から、腕が生えてくるところだった。その手が、スピードが乗り切らないカダマシの頭に向かって伸びてくる。
「殄滅・・・」
手のひらがカダマシの頭に触れ、その頭がパンと軽い音を立てて弾けた。そのまま、ぐらりと身体が揺れ、巨体がゆっくりと倒れ込んでいった。
「ダリ!」
木の陰から飛び出してきた綾音が駆け寄ってくる。ダリにぎゅっとしがみつくと、頭が吹き飛んで倒れているカダマシをちらと見た。
「げげ・・・グロい・・・」
そこには、首から上が吹き飛び細かな肉片となって散っているカダマシの遺体が横たわっていた。ダリの腕を掴んでいたはずの彼の手は何も握ってはいなかった。綾音がしがみついている間に、みるみるうちにダリの両の腕は宙空に消えていき、カダマシの頭を吹き飛ばした手のみが残った。
カダマシに掴ませていた手は、その両方が、『幻』だったのである。
「さあ、行こう・・・綾音」
ダリは振り返って、歩き出した。
「う・・ん・・・」
綾音は、慌ててダリについていく。そして、歩きながら、ちらっと一度だけ、振り返った。
ピク・・・
あれ?今・・・手、動かなかった?
綾音の胸が騒ぐ。
まさか・・・まさかね・・・
そうは思ったものの、これまでホシガリ様にしても、イタツキにしても、疱瘡神にしても、切っても何をしても死なない化け物をたくさん目にしてきた経験上、首から上を吹き飛ばされても生きているのではないか、という可能性がどうしても頭をよぎってしまう。
もう一度、目を凝らす。
ビクン、と、今度は見間違えのないほど、身体が痙攣していた。
ひい、と小さく悲鳴あげて、綾音がダリの着物の裾を掴む。
「だ・・・ダリ・・・まだ・・・みたい・・・」
ゆっくりと首のないままのカダマシが立ち上がる。そして、驚いたことに、その剥き出しの上半身の腹のあたりに、何筋かの切れ目が入ったかと思うと、あっという間にそれはふたつの目と口、そして鼻になった。
要するに、カダマシの腹に、新しい顔が浮かび上がったのである。
「よくもやってくれたな・・・ちょっと舐めてたぜ・・・
脳のバックアップをとっておいて正解だった」
ダリは綾音をかばうようにその背後に隠すと、呆れたような目でその異形の姿を見る。
「随分、人間離れした姿になったな・・・」
その声や表情は余裕があるようにも見えるものだったが、綾音にはわかっていた。
服もあちこちボロボロ・・・衣服の修繕に回す妖力すらもなくなりかけているんだ・・・。
さっき、ダリが光球の炸裂のどさくさで逃げなかったのは、逃げなかったのではなく、逃げられなかったのだ。そして、一か八かに近い賭けに出た。それが外れた今、追い詰められているのは私達の方・・・。
背筋に一筋、冷たいものが流れていった。
☆☆☆
やった!カダマシだ!!
森からあがった獣のような咆哮は、クチナワのいるホテルにも伝わってきた。さっきの爆音はカダマシと狐男の交戦の音だったのだ。
よし、カダマシがいるなら、俺がやることはひとつだ。カダマシに合流して、狐男を殺し、女を奪還する。それに、カダマシと狐男がいるということは、どちらかが死返玉を持っているということだ。それを回収すれば、俺達の勝ち確定だ。
「野衾!」
クチナワの背中に黒い影のようなものが湧き上がる。それは巨大なムササビのような被膜を持った動物の形をしていた。ただし、その姿は通常のムササビの何倍もあり、また、目がランランと輝き、口元には鋭い牙があった。
妖怪、野衾。空を飛び、人を食らう獣の姿をした妖魅である。
呼び出された野衾はクチナワを器用に腕で抱えると、ふわりと宙空に浮かび上がっていった。その視線の先には、丁度、森の中から盛り上がるようにして現れた巨大なカダマシの姿があった。
「お!カダマシの『だいだらぼっち』だな?一気に勝負を決めようってことかい」
ニヤニヤと笑っているクチナワを抱え、夜の闇を滑るように野衾が飛んでいった。
☆☆☆
「ダリ!」
一瞬の出来事だった。カダマシが何事か呟くと、その姿が一瞬のうちに膨れ上がった。あのとき、私と麻衣ちゃんを攫った大きな手は、こいつが巨大化したときのものだったのかとわかった。
ダリがドン、と私のことを突き飛ばしたかと思うと、あっという間に、巨大になったカダマシの手に掴まれる。
「紳士だねぇ・・・女を守るってか?
じゃあ、そのままこの手の中で骨がバキバキになって死ぬ姿を見せてやるだな
お前の死体の前で、この女をたっぷり犯してやるぜ」
30メートルほどの大きさになったカダマシは、地の底に響くような恐ろしい声を放った。確かに言うように、ダリは彼の手の中にすっぽりと掴まれて、身動きが取れない状況に見える。
大分妖力も消耗している・・・あんなの倒せるの!?
そもそも、神宝は反則的なのだ。
土御門に聞いたところでは、神宝は全て、何らかの意味で『無限』を秘めている。だからこそ、他の呪具と区別され、神宝とされる。
カダマシが持っている神宝『生玉』は、身体の改造を行うことができるものだ。身体の力を増したり、回復能力を高めたりもできる。エネルギーだって無限に作り放題だ。一方、ダリは妖力が強いと言っても「有限」なのだ。使えば減るし、消耗すれば回復に時間も手間(!?)もかかる。戦いが長引けば、不利になっていくのは必然である。
長野の山中でカダマシたちと交戦したときを1日目とすると、今日はおそらく短く見積もって2日目もしくは私がもっと眠っていたとしたら3日目か4日目という可能性もある。その間、ダリはおそらく戦いっぱなしだったのだろう。『私』がいない以上、ダリの妖力の回復はそれほどできていない・・・と思う。
「はーっはっは!オラよ!」
ぐうっとカダマシがだりを握った拳に力を込める。ダリの目に苦悶の表情が浮かぶ。
「ぐう・・・あっ!」
「ダリ!!」
「っは!死ね!」
バキン・・・と不吉な音が鳴り響く。ダリの口元から赤い血がだらりと垂れ、首が不自然な方向に曲がってぐったりとした。
う・・・嘘・・・
涙すら出ない。目の前のことがあまりにも非現実的で、脳がそれを受け入れることを拒否しているかのようだ。考えがまとまらない。頭の中にノイズがいっぱい走って、まるで身体と心が切り離されてしまったような・・・そんな感じだ。
ふわふわとした意識の中、カダマシの声が遠くに聞こえる。
やっぱり俺が一番だ
誰も俺に敵いやしねえ
この女もぶち犯し決定だ
嘘・・・だよね?
夢の果てにやっと会えたのに。あなたが現実にいたと、わかったのに。
会いたかったのに。また、抱かれたかったのに・・・!
「ダリぃぃぃぃ!!」
私の声が空に響いた。それは、虚しく、虚しく・・・答えるものも・・・なく。
・・・なく?
「吾れ 此に天帝より使わされし者
その所、金刀を持ちて命を執り使わせ」
なにか、声が聞こえる・・・。どこから?
「令滅不詳 此刀非凡 常之刀
百錬之鋼 此刀一下
何をか鬼と走らずや 何をか病を癒さずとや」
私は周囲を見渡す。誰も、いない。何も、ない・・・。
それでも、声は次第、次第に大きくなってくる。
「千殃万邪 皆伏死亡
今、吾れこの刀を下し」
上!?
私は天を仰いだ。この声・・・空から聞こえる!?
「急急如天帝 太上老君より遣わされし
その律令に従わん!」
悪鬼滅殺 刀禁術
キィィン
澄んだ金属音が響き渡り、目の前のカダマシの巨体に幾筋もの光の斬撃が降り注ぐ。
空を踊るように黒い人影が、斬撃を繰り出していく。
その斬撃で切り裂かれたカダマシが、ぐらりと身体を傾けるが、倒れる寸前のところで、ドン、と右足を踏みしめ、堪えた。
「な・・・何だ!貴様!!」
人影が剣を肩に担いでその巨体を見上げた。
その姿・・・この人って・・・!?
「いったい・・・なんで・・・」
空から?と言おうとした時、私の耳に、別の声が響いてきた。
「きゃあああああああ!」
「こ・・・これは無理があるのですぅ!!」
上を向くと、パラシュートが更に三つ、空から降りてきていた。声から察するにひとつは瀬良、ひとつは土門のようだった。
あと、ひとつは無言で降りてきているし、まだかなりの距離があるのでよくわからない。
「くそお!」
ぐらりと、カダマシの巨体が動いた。大きい図体なので、一挙手一投足で地面が揺れる。将軍剣の斬撃のダメージが早速に回復してきたのか、ギロリと土御門を睨みつけてきた。
「なんだあ!テメエ!」
地に響くような咆哮を上げると、こちらを踏み潰そうと、足を上げてくる。
「名乗ったやろ?なあ?・・・大鹿島はん?」
大鹿島さんって・・・あの、祭部の?
「五方主呪咀君 我請い願う
執法・収法・門法・推法・除法・散法・滅法・八部将軍・威光照見
その力もてここに降りたちて 千の災い万の邪を退けよ・・・」
呪言がカダマシの後ろから響く。その声に気づいて、彼が後ろを振り返るより速く、呪言の結句が発声された。
『水公・歳刑神連鎖縛』
大地から青く光る水色の綱のようなものが湧き上がり、それがたちまちのうちにカダマシの巨体を縛り上げていく。
「きゃああ!綾音さん!そこ・・・そこどいてください!!」
見ると、すぐ私の上まで瀬良がパラシュートで降りてきていた。どうやらうまく操縦できていないようで、こちらに向かって突っ込んでくる。
きゃあ!
慌てて逃げると、なんとか、瀬良はたたらを踏みつつも、地上に降り立つことに成功していた。ただ、その後ろに同じように降り立っていた土門は、足を絡ませて、盛大に顔からコケていた。
「ヘブっ!」
「死返玉は、あの大妖の腹の中・・・のようだ」
男性の声に振り返ると、いつの間に降り立ったのか白髪、白ひげのダンディ陰陽師、祓衆筆頭である左前がいた。
「むちゃをしすぎです!土御門様!」
「私は高所恐怖症なのです!それなのに、ヘリコプターを六合の風で後ろから煽るなんて・・・死ぬかと思いました!!」
そして、森の木々の影から、ゆっくりと姿を表したのは、白い着物に赤い袴を身に着け、背には大弓を担いだ美人さん・・・。
「水公の結界です・・・。歳刑神の力を使った邪なるものを縛り付ける捕縛術です・・・そうそう容易に破壊されることはないでしょう・・・」
それは、祭衆の長、大鹿島だった。
いつの間にか、カダマシと私との間には、
助の一位 土御門加苅
丞の一位 土門杏里
丞の二位 左前甚助
丞の三位 大鹿島雪影
陰陽師 瀬良夕香
という、陰陽寮でも屈指の実力を持つ人たちが、立っていた。
「んじゃ、いっちょ、さっさと片付けて、腹の中から死返玉回収して・・・みなはんで出雲そばでも食いに行きましょか?」
将軍剣を肩に担いだ、土御門加苅が、不敵な笑みを浮かべてそう言った。
【侵掠如火】炎のように激しく攻め入ること。
『侵略すること火の如し』みたいな。
♡ーーーーー♡
身体が大きく揺れた。
身体が大きく揺れた。それが、夢と現の境で感じた、最初の現実的な刺激だった。意識が焦点を結び、ゆっくりと闇の中から浮き上がってくる。
次いで、思ったことは、温かい・・・ということ。
なにかに、支えられている・・・。
そして、声が聞こえた。
『貴様ら・・・よくも汚い手で、綾音に触れてくれたな・・・ただで、済むと思うなよ』
この声・・・声・・・懐かしい、声・・・。
ゆっくりと目が開く。薄ぼんやりとした視界の中、間近に見えたのは・・・
「だ・・・ダリ・・・」
肌理細やかな肌、サラサラの髪、狐神モードの直衣姿に焚き染められた香の薫り。
懐かしい・・・体温。
いつのまにか私は、ダリの左腕にしっかりと抱きかかえられていた。ダリは怒っているようだった。狂骨から私を救い出したときみたいに、いいや、それ以上の妖気が全身から雷となってほとばしっていた。
来てくれたんだ・・・
「良かった・・・」
呟くと、ちらりと私の方を見る。その目がほんの一瞬だけ、優しそうに笑う。しかし、すぐにキッと前方に目を向けた。私もつられてそちらを見ると、そこには白い領巾を肩にかけた痩せた男が、どういうわけか下半身を剥き出しにしてへたり込んでいる姿があった。
その事に気づき、私はさらに二つの事実に思い至った。
ひとつは、自分もまた下半身が丸出しだということ。そして、もうひとつは・・・
「だ・・ダリ!右手が!?」
そう、一瞬、痩せ男の出現に慄き、しがみついたときにわかったのだ。ダリの右腕が肩から先で失われていることを。彼は右腕を失い、左手一本で私のことを抱きかかえていたのだ。
「子細ない」
私が右腕の欠損を心配していることに気づき、彼が言った。問題ないって・・・腕、一本ないんだよ!?
「すぐにこの建物ごと・・・屠ってやる」
ダリが痩せ男を睨みつけると、バチンと、身体中の妖気が爆ぜた。
唇が小さく動き、呪言を刻んでいく。
『久方の天より落つる 雷よあれ・・・』
大気が震え、周囲に雷気が充満する。
これ・・・この呪言って・・・!
これは、そう。ホシガリ様のとき、あの広大な浮内本家の屋敷を木っ端微塵に吹き飛ばした、雷バンバン落とすやつ・・・。
その時、私の脳裏に閃くものがあった。
「ダリ!ダメ!!」
ぎゅっと衣を掴む。突然の上がった私の声に、ダリが呪言の奏上を中断した。
「何事だ?!」
「ダメなの!ダリ!!多分、ここにはまだ・・・まだ・・・」
そう、もしかしたらこの建物の中に麻衣ちゃんがいる可能性が高いのだ。麻衣ちゃんは私達のことを敵、この男たちを味方と思っている可能性がある。つまり、この建物に、私とは別の意味で囚われていると思っていい。
それなのに、もし、あんな広範囲攻撃をしたら、彼女もまたただでは済まないだろう。彼女はきっと、カダマシ達になにか言われて、騙されているのだ。
麻衣ちゃんを巻き込むわけにはいかない。
「ふむ・・・幼子か・・・」
ダリも納得してくれたようだった。しかし、さすがに戦闘中にこの会話は悠長に過ぎたようだった。
「テメ!ふざけんな!」
痩せ男がその両の手をかざすと、たちまち2匹のイタチのようなものが飛び出してくる。ただし、イタチはイタチでも、腕が鋭い刃物のようになっていた。
「切り裂け!鎌鼬!!」
男の号令で、鎌鼬はそれぞれ上下から鎌を振り上げ襲いかかってきた。ダリは私を抱えたまま、大きく左に跳んだ。
「クソ!逃げんのか!?」
左側は大きく割れた窓だった。ダリは、私を抱えたまま、躊躇なく、その桟を蹴り身を中空に踊らせる。
「ちょ!ダリ!ここ・・・!?」
中空に浮いた私は慌てて下を見る。どうやら私がいたのは、廃墟のようになっているホテルの5階だったみたいだ。夜の闇の中に躍り出ると、支えのない私たちは当然、重力に従って落ちるわけで・・・
「ぎゃああああ!!」
叫ぶ私にダリは「何ぞ叫ぶ・・・あやなきこと」と涼しい顔だ。そりゃ、あんたはそうでしょうけども!!
私は咄嗟にダリにしがみつく。大丈夫だとはわかってるけど、怖いものは怖い!!
地上に落ちる寸前に風が舞い上がり、私とダリをふわりと減速する。トン、とダリの足が地面につくと、彼はすぐにそれを強く蹴り、さらに森に向かって跳躍した。
トトトトトン!
「げ!」
なんで跳躍を?と思って後ろを見た私は、乙女にあるまじき声を発してしまう。私達がつい数秒前に立っていたところに、ぶっとい針が何本も突き刺さっていた。
「山颪か・・・いろいろなものを見せてくれる・・・」
ダリは余裕をかましているが、上空を見ると、先程飛び出してきた窓から無数の小型の動物が飛び出してくるのが見えた。
あれが痩せ男の使う神宝、蛇肩巾の能力!?
会議でもらった資料には、蛇肩巾の力は『小動物を召喚して操るものと考えられる』と説明されていた。でも、先程の『鎌鼬』と言い、針を飛ばしてくるこの『山颪』と言い、通常の動物ではない。そう言えば、私がさらわれる直前に御九里たちが戦っていたのは「爆発するネズミ」だった。
蛇だけではなく、動物型だったら現実にいない動物、妖怪すら操ることができるってわけ!?
小動物たちは身軽に地面に降り立つと、一斉にこちらに向かって飛びかかってくる。今夜は月がなく、星明かりしか光源がないが、どうやら、その半数は先程の『鎌鼬』、もう半数は背中に棘のあるサルとネズミの合の子のような動物だった。これが『山颪』なのだろう。
シャーー!!
奇妙な声を上げ、疾風の速度で鎌鼬たちが襲いかかってくる。ダリも速いが、鎌鼬たちも速い。さすが、風を起源とする妖怪だ・・・。
少し遅れて走ってきた山颪たちが飛び上がり、空中で背中を丸めるような仕草をする。なんだ?と思っていると、丸めた背中から飛び出たトゲがまるで機関銃のような勢いで発射される。
さっきのトゲもこういう仕組みで!?
近接で襲いかかってくるイタチと、飛び道具を駆使するサルネズミの攻撃を、ダリはひょいひょいと躱していくが、私としてはとてもじゃないけど生きた心地がしない。ダリは私の安全を最優先にということで逃げ出してきたのだけど、これって、これって・・・本当に逃げ切れるの!?
とにかく今、この状況で私にできることは、ダリにぎゅっとしがみついて振り落とされないようにすること、だけ、だった。
☆☆☆
おいおいおい・・・マジかよ。
カダマシは何してやがんだよ!
なんで、あの狐男がここにいる?
あいつはお前が引き付けておくって約束だろうがよ!
何が『俺に任せとけ、ぶち殺すからよ』だ!
お館様から捕まえて連れてこいと厳命されている女が逃げちまった。まずいぞまずいぞ・・・このままじゃ俺がお館様にぶっ殺されちまう。
さりとて、ここから離れたらあの狐男は大技ぶっ放してくるよな?
さっきの女と狐男との会話から察するに、ここにあの麻衣とかいう娘がいるから、大技を食らわさなかったのだろう。シラクモやカダマシから聞いた話では、あの狐が放つ技は、陰陽寮の陰陽助もしくは陰陽頭にも匹敵するといううのだから、俺が今、こっから離れるのは悪手だ。
俺が持っている蛇肩巾の能力じゃあ、あいつの本気の攻撃を防ぐことはできない・・・。
窓から下を向き、目を凝らすと、クチナワの目には、己が放った『鎌鼬』と『山颪』の群れが森の中を木々をなぎ倒しながら進んでいる様子が見て取れた。
見ては取れたのだが、戦況は全くわからない。
あれだけの数の鎌鼬と山颪に襲われて無事に済むことはないとは思うのだが、未だに追いかけっこが続いているところをみると、決定打になっていないのは明白だった。
「クソ!カダマシはどこだよ・・・!」
あまりホテルから引き離されれば、蛇肩巾で増援を送るのも難しくなる・・・。
そこまで思った時、ドン!と森に大きな雷が落ちた。
ーやられた!
咄嗟にクチナワは思う。やはりホテルから離れたところなら、被弾の心配がない分、大技を使ってくる・・・その予想通りだった。
さすがの妖怪たちでも、あれだけの火力の雷を浴びればほぼ全滅だろう。
まずい、逃げられる!
追いかけるべきか、と逡巡する。追いかけたところで、あの狐の火力に自分が敵うとは到底思えない。さりとて、女を取り戻せなければ身の破滅は免れない。そもそも、こんなふうに躊躇している間にも、お館様の取り巻き女の一人の『遠見』の力でこの状況がすでに把握されている可能性すらある。
1秒後には、胴体と首が泣き別れ、という可能性すらあるのだ。
仕方ねえ・・・。
クチナワが意を決して、宙空を舞うことができる妖怪『野衾』を召喚しようとした時、
ドゴン!ドゴン!ドゴン!
立て続けに森で大きな爆音が響いた。
それはまるで、紛争地帯でミサイルが連続着弾する光景のようだった。凄まじい火力の何かが、地面に突き刺さり爆ぜているのだ。
「な・・・なんだ!?」
白いフラッシュのような光が炸裂し、続いて爆音が響く。
そのうち、森のあちこちから火の手が上がりだし、獣や鳥たちが一斉に騒ぎはじめた。
一体何だ!?何が起こっている?
誰か、別の何かとあの狐が交戦しているのか?
燃える森を眼下に見て、クチナワはただただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
☆☆☆
四方八方から襲いかかる獣たちをダリは避け続ける。しかし、それもだんだん限界を迎えてきた。
というのも、彼は片手であり、私を抱きしめている以上、例の槍を振るうこともできない。それに、私がいるせいか、あまり高速に移動することもできないようだった。次第、次第に妖怪たちに追いつかれ、ついにはほぼ囲まれた状態になってしまった。
「綾音、少し・・・騒がしくなるぞ、耳をふさげ」
何?と思ったけれども、ダリのことだ、とんでもないことをするに違いない。
とにかく大人しく耳をふさぐ。
耳をふさいで、ダリの口元を見ると、小さく唇が動いた。
私がわかったのはそれだけだった。
瞬間
爆発・・・というのが最も適切な表現だった。
目の前が一瞬大量のフラッシュを焚かれたように白くなり、周囲の大気が大きく震えた。
「きゃあああっ!!」
耳を塞ぐだけでは足りず、目をぎゅっとつむり、ダリに顔を押し当てる。多分、ダリがやったことだろうとは思うが、一体何が起こったのか見当もつかない。
遅れて身体に熱気を感じ、更に遅れて鼻につくオゾンの匂いが漂ってくる。そこで初めて私は何が起きたのかを理解した。
ダリが、大きな雷を落としたのだ。
恐る恐る後ろを振り返ると、あれだけの数、追ってきていた妖魅たちは一掃されており、ついでに森の木々も半径30mばかりなぎ倒されて、かなり見通しが良くなってしまっていた。ダリの出力コントロールのおかげか、山火事になるような火の手は上がっていないようだ。
「すご・・・」
耳を塞いでいたとしてもなお、まだ爆音のせいか、耳の奥がキーンとしている。感想はたった一言しか出ない。呆気にとられるとはこの事だ。
「いったん、退くぞ。綾音」
ちょっと意外だった。先程、痩せ男相手に凄んでいたのを聞いている分だけ、なおさらだった。私の知っているダリは、こういう状況では徹底的に相手を叩こうとする・・・と思うのだが・・・。
いや、例外がある。
ちらっと右腕を見る。
ダリは基本的には怪我をしてもすぐに再生する。それは彼の身体が特別製だからというのもあるが、その妖力量が莫大であるということにも起因している。その超妖力で、即座に再生を果たしているのだ。
しかし、今、彼は右腕を再生しようとしていない。
それは、彼の現在の妖力量が、底を尽きかけていることを意味している。
私を助けるために、きっと、ものすごい無理をしたんだ。
そう思うと、込み上げてくるものがある。
絶対に、絶対に来てくれる。
私を守ろうとしてくれる。
それが、私にとって、どれほど嬉しいことなのか・・・
どうやったら伝えられるのだろう?
「ダリ・・・ありがとう・・・」
麻衣ちゃんのことは気になるけれども、一旦退くのは賛成だ。敵方には、まだあの妙な筋肉ダルマと、それに、あの神出鬼没かつ底しれない能力を持つ『緋紅』がいる。
ひとりで戦うには分が悪すぎる。
今のうちに逃げよう、そう言いかけた時、ダリが短く舌打ちをした。
「追いついて来たか・・・」
ぎゅっと私を抱く腕に力がこもったかと思うと、がくんと突然のGが身体にかかる。まるで遊園地のジェットコースターが急発進したような、そんな感じだ。そして続く、急な方向転換。
1回、2回、3回
その後を追うようにドゴン、ドゴンと激しい爆音が響いてくる。その爆音の源をダリが必死に避けているということがここに来てようやくわかった。
今度は一体何!?
「貴様!よくも騙したな!!」
この・・・声は!?
ちらっと声がしてきた上空を見ると、筋肉ダルマ、カダマシが星明かりをバックに、その巨体を宙に踊らせていた。
そのまま何度も何度も拳を振り下ろしながら、こちらに猛スピードで突っ込んでくる。
ドゴン!!!
先程からの爆発は、あの男の拳が地面に叩きつけられる音だったのだ。
「ひぃい!!」
人間じゃないと思っていたが、パンチひとつで地面をあれだけえぐるとか、どんな力よ!
加えて、彼の形態は今はまだかろうじて人間サイズだ。あの時の巨大化を考えると、まだ奥の手を残している、そういう状態のはず。
こ・・・これはまずいのでは?
もしかしたらあの妖怪をバンバン呼び出す痩せ男もこちらに参戦してきてしまうかもしれない。そうしたら、2対1、しかもダリは手負いで私を抱えて思うように戦えない・・・。
もしや、まだ・・・私の、私達のピンチは終わっていないのではないだろうか!?
神様!!!
フッ・・・と笑う声がした。
見ると、ダリが笑っている。
なんで!?なんでこの状況でその表情!?
「カダマシとか言ったな?何ぞそち・・・
狐に誑かされたのは、初めてか?」
攻撃を躱しながらダリが言い放つ。その言葉はえらくカダマシという男のプライドを傷つけたようだった。
「貴様ぁっ!!!」
天を仰ぎ、両手を広げ、咆哮する。
ただでさえ膨れ上がった筋肉が更に一回り巨大になる。
獣とも人ともつかない雄叫びは大気を揺らし、周囲の森を大きくざわめかせた。
ちょ・・・ちょっと!
ただでさえめっちゃ怒っているのに、これ以上刺激しないでぇ!!
カダマシが腰を落とし、何やら体中に力を込め始める。左腕を引き、右足を踏み込んだ。
「それは文字通り、悪手よの・・・」
ダリが呟くのと、大地が揺れるのと、大気が引き裂かれるような音がするの、そして、カダマシの右腕が閃光を放つのが同時に起こる。
「ひ・・・」
光が眼前いっぱいに広がり、同時に、私の意識もそれに溶けて消えてしまった。
☆☆☆
今度こそ、殺った!
カダマシはそう、確信していた。
あの距離、あのタイミング、あの状況。しかも、女を背負っている身で、俺の全力の『揺光』を避けられるわけがない。
そう思っていた。
それが証拠に、ダリと女が『揺光』の生み出した超高密度の熱波の光に溶けていくところを、しかと見届けたのだ。
ただ・・・
「ヤベぇ」
そうひとりごちした。女は攫って連れてこいと言われていたんだった。もしかしたら後で叱責のひとつも食らうかも知れない。ただ、まあ、どうせ敵方だ。殺しちまえば問題はないだろう。そうとも思っていた。
それにしても、さっきはマジでムカついた。
思い出すだけで腸が煮える。
そう、先の交戦にあたってダリは、自らの分身を作り、その中に実体がいると思わせて、カダマシの足止めをしたのだ。幻だけを残し、ダリ自身はさっさと綾音を救出に向かっていたのである。
カダマシが騙されたのを知ったのは、ダリが雷を落とした音を聞いた時だった。その振動によって、そこで生じていることがただ事ではないとわかり、ようやく自分が一杯食わされたことを悟ったのである。
騙されたと知ったカダマシは、すぐさま音源のもとにすっ飛んでいった。綾音を抱えたダリを発見すると、猛烈な勢いで何発も拳をお見舞いした、というわけだったのである。
しかし、その連撃は結局、その悉くをダリの異常なまでの素早さにより回避される結果になる。
これだけでも小癪だというのに、更にダメ押しがあった。
ダリが鼻で笑って言ったのだ。
『狐に誑かされたのは初めてか』と。
この瞬間、カダマシの怒りは頂点に達した。
そして、その怒りのまま、最高出力で『揺光』を放つ。
先程のよりも速く、範囲の広い攻撃だ。逃げられるわけがない、そう考えていた。
やっとのことで、フラッシュのような光の余韻が闇夜に溶け、周囲の煙が風に流れた。そこには地面に空いた巨大な穴があるのみで、彼らの姿は、消し炭すら残っていない。
「やりすぎちまったか?」
冷静になるとちょっと惜しい気もした。もう少しいたぶってからにすれば良かったと後悔する。
あっけねえなあ。
神に近いというからどんくらいかと思えば・・・
そう思いかけた時、周囲からダリ『達』が湧き出すように現れ、襲いかかってくる。その姿を見て、カダマシはにやりと笑った。
「そう来なくちゃな」
奴は生きている。そして、おそらくあの女も。
変な話、良かった、とすら思ってしまった。これで女を捕らえるというミッションも果たせるというものだ。
周囲から十数体のダリが『右手』に槍を持って襲いかかってくる。
へ!随分余裕がねえじゃねえか。
失ったはずの右手を幻から消し忘れるとはよ!
もうこれは幻であるとしれている。防御の姿勢を取るまでもない。
十中八九、奴はすでにこの場から逃げだしている。
あれだけの攻撃を受けて、かつ、女を守りながら戦おうとするとは思えない。
けっ!同じ手を・・・!
カダマシの意識がより遠くに向く。逃げるダリたちの気配を追おうとしているのだ。カサリ、と100メートルほど先で葉擦れの音がするのを、その聴力が捉えた。
そこか!?
ダリの幻が絶え間なくその槍で切りかかってくる中、カダマシはその音がした方に向かって一足飛びに進むべく足に力を込めた。
「逃さねえぜ・・・」
足を踏み出そうとした瞬間、カダマシの背筋にピリッと感じるものがあった。
まて?おかしい・・・。刹那によぎった考え。それとほぼ同時に、両の腕が動き、目の前の『幻』の両腕をがしっと『掴んだ』。
「危ねえ・・・な」
カダマシが『ダリ』を掴むと、その他の『幻』達は夜の闇の中に霧消していった。
「今度は、逃げたと見せかけて襲う作戦だった・・・か?」
そう、カダマシがその超人的な知覚力で捉えたのは、本物のダリ、だったのである。両腕をがっしりと彼の強力な膂力で圧され、さすがの天狐も身動きが取れない。その瞳に焦りの色が浮かんでいた。
「わざと右手を消し忘れたと見せかけて、幻に紛れて攻撃・・・ってか?惜しかったなあ・・・どうせ、この右手もよくできたマボロシかなんかなんだろ?茶番もこれで終わりだぜぇ!なあ、天狐様よ!」
カダマシが頭を後ろに引く。頭突きで一気に、このいけ好かない色男の顔を潰してやる・・・そう考えたのだ。
「徒花咲かせろや!」
カダマシが渾身の力で頭突きを繰り出していく。
だが、その時、今度は天狐がニヤリと笑った。
「主がな・・・」
カダマシが見たのは、天狐の体の中央から、腕が生えてくるところだった。その手が、スピードが乗り切らないカダマシの頭に向かって伸びてくる。
「殄滅・・・」
手のひらがカダマシの頭に触れ、その頭がパンと軽い音を立てて弾けた。そのまま、ぐらりと身体が揺れ、巨体がゆっくりと倒れ込んでいった。
「ダリ!」
木の陰から飛び出してきた綾音が駆け寄ってくる。ダリにぎゅっとしがみつくと、頭が吹き飛んで倒れているカダマシをちらと見た。
「げげ・・・グロい・・・」
そこには、首から上が吹き飛び細かな肉片となって散っているカダマシの遺体が横たわっていた。ダリの腕を掴んでいたはずの彼の手は何も握ってはいなかった。綾音がしがみついている間に、みるみるうちにダリの両の腕は宙空に消えていき、カダマシの頭を吹き飛ばした手のみが残った。
カダマシに掴ませていた手は、その両方が、『幻』だったのである。
「さあ、行こう・・・綾音」
ダリは振り返って、歩き出した。
「う・・ん・・・」
綾音は、慌ててダリについていく。そして、歩きながら、ちらっと一度だけ、振り返った。
ピク・・・
あれ?今・・・手、動かなかった?
綾音の胸が騒ぐ。
まさか・・・まさかね・・・
そうは思ったものの、これまでホシガリ様にしても、イタツキにしても、疱瘡神にしても、切っても何をしても死なない化け物をたくさん目にしてきた経験上、首から上を吹き飛ばされても生きているのではないか、という可能性がどうしても頭をよぎってしまう。
もう一度、目を凝らす。
ビクン、と、今度は見間違えのないほど、身体が痙攣していた。
ひい、と小さく悲鳴あげて、綾音がダリの着物の裾を掴む。
「だ・・・ダリ・・・まだ・・・みたい・・・」
ゆっくりと首のないままのカダマシが立ち上がる。そして、驚いたことに、その剥き出しの上半身の腹のあたりに、何筋かの切れ目が入ったかと思うと、あっという間にそれはふたつの目と口、そして鼻になった。
要するに、カダマシの腹に、新しい顔が浮かび上がったのである。
「よくもやってくれたな・・・ちょっと舐めてたぜ・・・
脳のバックアップをとっておいて正解だった」
ダリは綾音をかばうようにその背後に隠すと、呆れたような目でその異形の姿を見る。
「随分、人間離れした姿になったな・・・」
その声や表情は余裕があるようにも見えるものだったが、綾音にはわかっていた。
服もあちこちボロボロ・・・衣服の修繕に回す妖力すらもなくなりかけているんだ・・・。
さっき、ダリが光球の炸裂のどさくさで逃げなかったのは、逃げなかったのではなく、逃げられなかったのだ。そして、一か八かに近い賭けに出た。それが外れた今、追い詰められているのは私達の方・・・。
背筋に一筋、冷たいものが流れていった。
☆☆☆
やった!カダマシだ!!
森からあがった獣のような咆哮は、クチナワのいるホテルにも伝わってきた。さっきの爆音はカダマシと狐男の交戦の音だったのだ。
よし、カダマシがいるなら、俺がやることはひとつだ。カダマシに合流して、狐男を殺し、女を奪還する。それに、カダマシと狐男がいるということは、どちらかが死返玉を持っているということだ。それを回収すれば、俺達の勝ち確定だ。
「野衾!」
クチナワの背中に黒い影のようなものが湧き上がる。それは巨大なムササビのような被膜を持った動物の形をしていた。ただし、その姿は通常のムササビの何倍もあり、また、目がランランと輝き、口元には鋭い牙があった。
妖怪、野衾。空を飛び、人を食らう獣の姿をした妖魅である。
呼び出された野衾はクチナワを器用に腕で抱えると、ふわりと宙空に浮かび上がっていった。その視線の先には、丁度、森の中から盛り上がるようにして現れた巨大なカダマシの姿があった。
「お!カダマシの『だいだらぼっち』だな?一気に勝負を決めようってことかい」
ニヤニヤと笑っているクチナワを抱え、夜の闇を滑るように野衾が飛んでいった。
☆☆☆
「ダリ!」
一瞬の出来事だった。カダマシが何事か呟くと、その姿が一瞬のうちに膨れ上がった。あのとき、私と麻衣ちゃんを攫った大きな手は、こいつが巨大化したときのものだったのかとわかった。
ダリがドン、と私のことを突き飛ばしたかと思うと、あっという間に、巨大になったカダマシの手に掴まれる。
「紳士だねぇ・・・女を守るってか?
じゃあ、そのままこの手の中で骨がバキバキになって死ぬ姿を見せてやるだな
お前の死体の前で、この女をたっぷり犯してやるぜ」
30メートルほどの大きさになったカダマシは、地の底に響くような恐ろしい声を放った。確かに言うように、ダリは彼の手の中にすっぽりと掴まれて、身動きが取れない状況に見える。
大分妖力も消耗している・・・あんなの倒せるの!?
そもそも、神宝は反則的なのだ。
土御門に聞いたところでは、神宝は全て、何らかの意味で『無限』を秘めている。だからこそ、他の呪具と区別され、神宝とされる。
カダマシが持っている神宝『生玉』は、身体の改造を行うことができるものだ。身体の力を増したり、回復能力を高めたりもできる。エネルギーだって無限に作り放題だ。一方、ダリは妖力が強いと言っても「有限」なのだ。使えば減るし、消耗すれば回復に時間も手間(!?)もかかる。戦いが長引けば、不利になっていくのは必然である。
長野の山中でカダマシたちと交戦したときを1日目とすると、今日はおそらく短く見積もって2日目もしくは私がもっと眠っていたとしたら3日目か4日目という可能性もある。その間、ダリはおそらく戦いっぱなしだったのだろう。『私』がいない以上、ダリの妖力の回復はそれほどできていない・・・と思う。
「はーっはっは!オラよ!」
ぐうっとカダマシがだりを握った拳に力を込める。ダリの目に苦悶の表情が浮かぶ。
「ぐう・・・あっ!」
「ダリ!!」
「っは!死ね!」
バキン・・・と不吉な音が鳴り響く。ダリの口元から赤い血がだらりと垂れ、首が不自然な方向に曲がってぐったりとした。
う・・・嘘・・・
涙すら出ない。目の前のことがあまりにも非現実的で、脳がそれを受け入れることを拒否しているかのようだ。考えがまとまらない。頭の中にノイズがいっぱい走って、まるで身体と心が切り離されてしまったような・・・そんな感じだ。
ふわふわとした意識の中、カダマシの声が遠くに聞こえる。
やっぱり俺が一番だ
誰も俺に敵いやしねえ
この女もぶち犯し決定だ
嘘・・・だよね?
夢の果てにやっと会えたのに。あなたが現実にいたと、わかったのに。
会いたかったのに。また、抱かれたかったのに・・・!
「ダリぃぃぃぃ!!」
私の声が空に響いた。それは、虚しく、虚しく・・・答えるものも・・・なく。
・・・なく?
「吾れ 此に天帝より使わされし者
その所、金刀を持ちて命を執り使わせ」
なにか、声が聞こえる・・・。どこから?
「令滅不詳 此刀非凡 常之刀
百錬之鋼 此刀一下
何をか鬼と走らずや 何をか病を癒さずとや」
私は周囲を見渡す。誰も、いない。何も、ない・・・。
それでも、声は次第、次第に大きくなってくる。
「千殃万邪 皆伏死亡
今、吾れこの刀を下し」
上!?
私は天を仰いだ。この声・・・空から聞こえる!?
「急急如天帝 太上老君より遣わされし
その律令に従わん!」
悪鬼滅殺 刀禁術
キィィン
澄んだ金属音が響き渡り、目の前のカダマシの巨体に幾筋もの光の斬撃が降り注ぐ。
空を踊るように黒い人影が、斬撃を繰り出していく。
その斬撃で切り裂かれたカダマシが、ぐらりと身体を傾けるが、倒れる寸前のところで、ドン、と右足を踏みしめ、堪えた。
「な・・・何だ!貴様!!」
人影が剣を肩に担いでその巨体を見上げた。
その姿・・・この人って・・・!?
「いったい・・・なんで・・・」
空から?と言おうとした時、私の耳に、別の声が響いてきた。
「きゃあああああああ!」
「こ・・・これは無理があるのですぅ!!」
上を向くと、パラシュートが更に三つ、空から降りてきていた。声から察するにひとつは瀬良、ひとつは土門のようだった。
あと、ひとつは無言で降りてきているし、まだかなりの距離があるのでよくわからない。
「くそお!」
ぐらりと、カダマシの巨体が動いた。大きい図体なので、一挙手一投足で地面が揺れる。将軍剣の斬撃のダメージが早速に回復してきたのか、ギロリと土御門を睨みつけてきた。
「なんだあ!テメエ!」
地に響くような咆哮を上げると、こちらを踏み潰そうと、足を上げてくる。
「名乗ったやろ?なあ?・・・大鹿島はん?」
大鹿島さんって・・・あの、祭部の?
「五方主呪咀君 我請い願う
執法・収法・門法・推法・除法・散法・滅法・八部将軍・威光照見
その力もてここに降りたちて 千の災い万の邪を退けよ・・・」
呪言がカダマシの後ろから響く。その声に気づいて、彼が後ろを振り返るより速く、呪言の結句が発声された。
『水公・歳刑神連鎖縛』
大地から青く光る水色の綱のようなものが湧き上がり、それがたちまちのうちにカダマシの巨体を縛り上げていく。
「きゃああ!綾音さん!そこ・・・そこどいてください!!」
見ると、すぐ私の上まで瀬良がパラシュートで降りてきていた。どうやらうまく操縦できていないようで、こちらに向かって突っ込んでくる。
きゃあ!
慌てて逃げると、なんとか、瀬良はたたらを踏みつつも、地上に降り立つことに成功していた。ただ、その後ろに同じように降り立っていた土門は、足を絡ませて、盛大に顔からコケていた。
「ヘブっ!」
「死返玉は、あの大妖の腹の中・・・のようだ」
男性の声に振り返ると、いつの間に降り立ったのか白髪、白ひげのダンディ陰陽師、祓衆筆頭である左前がいた。
「むちゃをしすぎです!土御門様!」
「私は高所恐怖症なのです!それなのに、ヘリコプターを六合の風で後ろから煽るなんて・・・死ぬかと思いました!!」
そして、森の木々の影から、ゆっくりと姿を表したのは、白い着物に赤い袴を身に着け、背には大弓を担いだ美人さん・・・。
「水公の結界です・・・。歳刑神の力を使った邪なるものを縛り付ける捕縛術です・・・そうそう容易に破壊されることはないでしょう・・・」
それは、祭衆の長、大鹿島だった。
いつの間にか、カダマシと私との間には、
助の一位 土御門加苅
丞の一位 土門杏里
丞の二位 左前甚助
丞の三位 大鹿島雪影
陰陽師 瀬良夕香
という、陰陽寮でも屈指の実力を持つ人たちが、立っていた。
「んじゃ、いっちょ、さっさと片付けて、腹の中から死返玉回収して・・・みなはんで出雲そばでも食いに行きましょか?」
将軍剣を肩に担いだ、土御門加苅が、不敵な笑みを浮かべてそう言った。
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