天狐あやかし秘譚

Kalra

文字の大きさ
22 / 98
第7話:ホシガリ様

第22章:異聞奇譚(いぶんきたん)

しおりを挟む
♡ーーーーー♡
【異聞奇譚】非常に珍しい不思議な話。
変わった伝承、変わったお話には何か裏があるかもよ、みたいな。
♡ーーーーー♡

はあ・・・はあ・・・はあ・・・

男は目を見開き、興奮のあまり荒く浅い呼吸を続けた。
細く開けた襖の向こうで繰り広げられる男女の痴態は、まだ幼い彼に異常なまでの興奮を与える。心臓がうるさいほど脈打ち、頸動脈が破れてしまうのではないかと不安になるほどだった。

上気した頬、震える手、口内はカラカラに乾ききって舌が張り付きそうだった。

「ああ!・・・挿れて・・・私の・・・中に!あなたのたくましいのを・・・」

覆いかぶさっている男が腰をぐいと突き入れると、悲鳴に似た声を上げ女はのけぞった。その異常に白い肌、喉の淫靡な美しさが彼の目に焼き付く。

「いい・・・奥まで・・・奥まで来てるの・・・お願い・・・突いて!もっと、突いて!」

まだ小学生であった彼はその行為の正確な意味を知ることはなかったが、女の漏らす切迫した声、男と女が肌を叩きつけ合う結合部からほとばしる水音が、彼に対して、これが何か見てはいけない、知ってはいけない淫らなものであるということを知らせた。
それに、時折男の体の影から覗く女の豊かな乳房、妖しく動く腰、嬌声に合わせてビクビクと痙攣するふとともの様子が幼い心に劣情を芽生えさせる。
実際、彼の股間のモノはかつてないほど怒張しており、ズボンの中ではち切れんばかりになっていた。そこに力を入れると、ぐいっとズボンの中で跳ね上がり、先端から淫汁が絞り出されるのが感じられる。

「気持ちいい・・・オマンコ・・・ぐちゃぐちゃ・・・ぐちゃぐちゃなの・・・あなたのおちんぽぉ・・・イッて!イッて!・・・出して・・・中にたくさん、たくさん出して!!」

男が自らの股間のモノをズブズブと女の腰に打ち付ける。その速度が一層早くなり、女を余裕のない境地に高めていく。
いつしか彼はズボンを下げ、自分の股間のモノを必死にしごいていた。それは、幼い彼が本能的に知った劣情の解放手段だった。

はあ・・はあ・・・はあ・・・

「イク!イク!・・・あああ!!あん・・あううぐうう!」
女が男の背に腕を回しぎゅっと抱きしめる。男が最後とばかりに深くに腰を打ち付けた。

「あああ!!!」

髪を振り乱し、まるで息ができないで苦しんでいるかのように、パクパクと口を開閉する。ぎゅっと男の背中に爪を立てる、白く艶めかしい脚がビンと突っ張る。
その最後の嬌声が響いた瞬間、彼の幼い怒張の先から白濁した精液が飛び出した。かつてないほどの快感が脳まで突き刺さるように立ち上がり、脚がガクガク震える。何度も、何度も精を吐き出し、まるで身体中の臓物が一気に外に引っ張り出されたような虚脱感に襲われた。

「うぐあああ・・・ああ」

これまで体験したことのない感覚におののき、震え、彼はそのままうずくまる。襖の向こうでは女がまだ恍惚とした表情で男の首筋にしがみついていた。

☆☆☆
「もう少しで、今回の調査地、浮内島うきないじまにつきますよ!」
船の舳先にすっくと立って前方を見ている男性が言う。

この漁船に不釣り合いなスーツ姿のやや痩せぎすの男の名は宝生前ほうしょうまえ桐人きりひと、宮内庁陰陽寮陰陽部門に属する陰陽博士だ。彼が属するのは、主として祭祀や結界術等を担当する祭部衆まつりべしゅうと呼ばれる部門であり、そこで『属の二位』という位階を頂いていると言っていた。

「・・・ぐええ・・・」

乙女らしからぬうめき声をあげているのは何を隠そう浦原綾音、私自身である。彼の言葉に返事をする気力すら残っていない。なぜって、先ほど来、めちゃくちゃ揺れるこの漁船での移動による船酔いと激闘中だからである。なんとか船の縁につかまって耐えているが、何度も海の魚に胃の内容物を餌としてくれてやってしまっていた。

うう・・・嫁入り前なのにぃ・・・。
ぎぼぢわるい・・・。オエッぶ・・・。

ダリはというと、漁船の操舵室の上部、普通は人が乗らないようなところであぐらをかいて座っている。一応何度か私の様子を心配するように声をかけてくるが、別に助けてくれるわけでもない。

・・・薄情者・・・。

うっすら目を開けて宝生前が指し示す方を見ると確かにうっすらと影が見える。

浮内島・・・。
あれが私達が、というか、私が、陰陽寮に就職して初仕事として請け負った仕事の現場、というわけだ。

「もうすぐですよ!綾音さん、気を確かに持ってください」

宝生前さん。意外に男前だし、親切なんだけど、土御門や御九里とは違った意味で、マイペースな人である。見た目は渋めの男性なのだが、なんというか、興味を惹かれるものを目の前にすると、子どものように好奇心を丸出しにし、嬉々として熱中してしまう・・・、要は学者肌の人なのである。

今回の任務は、宝生前と私達とで、あの浮内島で数十年に一度不定期で行われる『輿入祭こしいれまつり』という奇祭について調査することである。

なんで調査する必要があるかというと、大きく2つある。陰陽寮がそういった日本で執り行われている祭祀についてのデータを集めているというのがひとつ。そして、もうひとつは、土御門曰く『その祭、なんや怪しんよね』ということだった。どう怪しいのかと言うと、祀っている神が邪神であり、輿入祭では生贄の儀式が行われている、という噂があるというのだ。

『前回の輿入れ祭は約30年前に行われたのですが、その時調査に派遣された宮内庁の陰陽師はふたりとも島から戻ってこなかったんです』

瀬良が土御門の横で事務的になかなか恐ろしいことを言う。
それって絶対なにかあるじゃん!・・・というわけで、現時点で陰陽寮最大火力であるダリと、そのお供である私が調査補助に選ばれた、というわけだ。

あ、間違えた。本当は私が主でダリがお供でした。公式には・・・。

現代日本で、生贄だの邪神だのというのが本当にありうるのかわからないが、その点も含めて調査するのが今回の旅の目的だ。戦闘はないに越したことはない。
実際、宝生前は戦闘能力はほとんどなく、むしろ、こういった珍しい祭祀についての研究を主として行っているのだという。陰陽師というとみんながみんな術を駆使して悪霊と派手に立ち回る・・・みたいに思っていたので、こういう学者肌の人がいるのは意外だったが、宝生前によれば、『戦う陰陽師の方が少ないです』ということだった。

土御門率いる祓衆こそが陰陽師の中では特異部隊ということだそうだ。

『まあ、私も術は使えますがね・・・』

学者肌とは言え、陰陽師は陰陽師。多少は術は使えるらしい。ちなみに彼は祭部なので、得意とするのは結界術だそうだ。ただし、小規模なものに限られるという。

『大鹿島様や敷島くんのような大掛かりな結界は無理です』
と頭を掻いていた。人によって向き不向きがあるようだった。

「綾音・・・もうすぐ着くようだぞ」

考え事をしているうちに島が大分近くなったようだ。ダリが上方から呑気に声をかけてくる。陸地が迫ってきたせいか、余計に揺れがひどくなってきたような気がする。涙で煙る眼をこすりこすり前方を見ると緑の小高い山や漁村を擁する島が見えてきた。

あれが浮内島・・・。瀬戸内海に浮かぶ人口1500人ほどの小島だ。

もう少しって、後何分くらい!?
込み上げてくるモノを必死に我慢しながら、私は一刻も早く陸につくことを祈っていた。

☆☆☆
「さあ!つきましたよ!調査!調査です!」

漁船から荷物をおろし、料金の支払いを終えると、宝生前が生き生きと歩き出そうとする。私の方は丘に立っているにもかかわらず、まだ身体がふらふらと揺れているのではないか思うほど船酔いしていた。

「ちょ・・・っとまって・・・宝生前さん・・・きゅ・・・休憩させてくらはい・・・」

足を引っ張ってる自覚はあります。でも、すぐ動けない・・・。ごめんなさい・・・。
あまりの気持ち悪さに、私は港に併設している待合でしゃがみ込んでしまう。
ああ・・・窓から男の人が『こいつなんなんだ』って目で見ているよ・・・。恥ずかしい。
よく見ると、どうやらこの辺の人は、外の人が珍しいようで、あちこちから視線を感じる。あっちからは双子かな?おんなじ顔した若い女性がじっとダリを見ていた。

あー・・・ダリはイケメンだからなあ・・・。

私のあまりのヘタレっぷりに、宝生前が『仕方ないですねえ』と、しばらく港近くの小さな旅館の食堂での休憩を許してくれた。先を急ぎたいだろうに、本当にごめんなさい。
昼時を大分過ぎていたので、店内は空いており、私の真っ青な顔を見て不憫だと思った女将は快く店内の座敷で横になることを許してくれた。

「あ・・・綾音さん?」

宝生前さんが横になっている私を見て眼を丸くしている。
え?何?どうしたの・・・、何か・・・変?

「・・・それいつもしているんですか?・・・膝枕?」

げ!しまった。ついいつものクセで自然とダリの膝に横たわってしまった。ダリもさも当たり前のように膝を貸し、私の頭を撫でていた。ただ改めて問われると、これって確かにまずいかも。プライベートならともかく、一応仕事中だし・・・。

「ま・・・あの、私は良いんですが・・・仲、よろしいんですね。羨ましい・・・。」

はい・・・すいません。お恥ずかしい限り・・・。
意識しだすと途端に顔が赤くなる。だが、さりとてここで『ダリ、大丈夫だよ』と膝枕を解除するのもなんか・・・。結局、そのまま横にならせてもらうこととした。
ダリと宝生前は女将さんが出してくれたお茶とお茶請けの甘い煮豆のようなものをいただいていた。一応なにか注文しないと悪いと思ったのか、宝生前は更に干しタコの炙りと、牡蠣フライを注文していた。

うう・・・美味しそうだよ・・・
食べたいよ・・・
でも、まだ、気持ちわるいよお・・・。

ついでに、ダリが日本酒を所望する。こら!私がこんななのに!鬼か!お前は!

「こんな辺鄙なところによーきなすったねえ。外からの人はほんと、珍しいんですよ。一体何しにいらしたんです?」
女将さんが料理を運んでくる。非常に気立てのいい人だ。私がダリの膝枕で寝ていても顔色ひとつ変えない。
「ええ、実は民俗学の調査に。私は東京の大学で教鞭をとっておりまして、民俗学を専門としてるんです。なんでもこの島には珍しいお祭りがあるということで調査に来たんですよ」
「まあ!それはそれは・・・そいじゃあ、あんたがた、明日の輿入祭を見に来たんかい?そちらのお嬢さんも大学のセンセイ?」
「いやあ、この・・・綾音くんとダリくんは僕の助手なんです・・・はい」
宝生前が適当に誤魔化してくれる。私は寝ながら「よろしく」苦笑いをする。ダリは日本酒を呑みながら無表情だ。
今、宝生前が言ったことは半分は実は正しい。宝生前は陰陽寮の陰陽師であると同時に、都内の大学で民俗学の教授をしている。実は、陰陽寮の職員でこういったダブルワーカーは結構いるらしいのだ。
「ところで、女将さん。その輿入祭って、女将さん自身は見たことあるんですか?」
「いやあ・・・そんなしょっちゅうあるもんじゃないんでね・・・。それに祭って言っても、実際は浮内の家の氏神様のお祭で、いわゆる普通の地域の祭とは違うからねえ・・・。ただ、祭の当日含めて3日間は浮内の家から大層なお振る舞いが出るからみんなそれは楽しみにしてるかんね。まあ、今夜と明日の昼、あさっての夜はどこの家でもどんちゃん騒ぎだな」
「浮内の家?」
この島の名前が浮内島、その家?
「ああ・・・そうそう。この島とおんなじ名前だよ。浮内家はこの島の名主なんよ。でもタダの島名主じゃねえよ?広島や岡山、福岡なんかに会社いっぺー持ってる、すんげー金持ちなんだよ」
そんな、金持ちなのに、こんな・・・とか行っちゃ失礼かもしれないけど・・・島にいるの?なんだか不自然な気がする。
「浮内本家の氏神様をお祭りするのが輿入祭ってことですか?」
宝生前が尋ねる。話の聞き出し方がスムーズだ。やっぱり日頃からこういった取材というか調査に慣れているせいだろうか。
「そっだね・・・。私もバッチャに聞いた話で又聞きだから間違ってかもしれないけどな・・・」
前置きをして、女将が話してくれたのを総合すると、どうやら輿入祭とは次のような祭らしい。
浮内家には『ホシガリ様』という神様がいて、そのホシガリ様を丁重にお祀りすることで繁栄してきたという。代々、本家の当主は自分の娘を『ホシガリ様』に見立て、そこに分家の男子を婿入させることでホシガリ様を慰めてきた、というのだ。
その婿入りの儀式が輿入祭であり、婿入した男子が次期当主になる、というのだ。

「え?でも、当主に女の子が生まれなかったらどうするんですか?養子でも取る?逆に男の子がいたらどうするんですか?跡取りをわざわざ分家から迎えるんですか?」
宝生前が疑問を呈する。確かにそうだ。毎回毎回女の子が生まれるとは限らないよね?
「うーん・・・よーわからんけど、ずっと昔からそうやってきたっちゅうことだよ?もしかしたら、息子がいるときは祭をしないとかもあるんかもしれんけどね」
ふーん・・・そんなもん?
「で?今年の輿入祭は誰が婿なんですか?」
「ああ・・・分家の草介だな。ほら、その先の家に長男の圭介、次男の怜介と暮らしとるよ。」
長男、次男・・・っていうことは・・・?
「え?てことは草介くんは三男なんですか?てっきり本家の跡取りっていうから長子かと・・・。」
「んにゃ、誰を婿に出すかは分家が決めんじゃなくて、婿をとる本家の娘が決めるっちゅう話やよ。まあ、圭介や怜介もくやしがっとろうがね」
なんと・・・そこは嫁の好みなのか・・・。
「随分興味深いお祭ですね。楽しみになってきました」
宝生前はにっこりと笑い、干蛸をかじる。ダリもいい音を立てながらカキフライをひとかじり、一瞬目を見開いたところを見ると、相当美味しかったらしい。

いいなあ・・・。

私はまだ、船酔いで目の前がくるくるしていた。

☆☆☆
彼らがひとしきり瀬戸内海の海の幸を堪能したところで、やっと私は動けるようになった。女将にお礼を言って店を後にすると、宝生前の提案で、浮内本家に行くことにした。まあ確かに祭の主催者に会うのが一番いいんだろうと思う。
歩いていると、やっぱり私達のことが物珍しいのか、あちこちの家の窓から視線を感じたり、畑で作業している人も立ち上がって宝生前をじっと見たりしている。
スーツ姿の人も珍しいのかもしれないな・・・。そう言えば、この島に来てからスーツ姿の人なんて見たことがない。って、いうか、なんで宝生前はスーツなんだ?
ちなみに私は割とラフなデニムのパンツにボーダーのワイシャツ、海上が少し冷えたのでブラウンのVネックのセーターという出で立ちだ。ダリは人間モードで割とゆったりとした薄茶のチノパンに白の長袖Tシャツ、ブルゾンという感じの格好だった。ちなみに髪型は私の好みでウルフカットにしてもらっている。
宝生前だけが、ビシッと薄茶のスーツに白ワイシャツ、濃紺のネクタイである。まあ、似合うから良いんだけど・・・。
さて、そんなこんなで歩いているうちに、港にほど近いところにある駐在所についた。ここで、浮内本家の場所を聞こうと思ったのだが、ひとつ問題が持ち上がった。

「浮内本家?ああ・・・あそこはよそもんは入れんよ」
あっさりとお巡りさんに言われてしまったのだ。なんでも、本家の当主は多忙を極めるので、分家の当主たちと話すことはあっても、島外の者に会うことはないのだそうだ。
「うーん・・・仕方ありませんね・・・。では、浮内圭介さんの家に行きますか」
宝生前は先ほど女将から聞いた、今回の婿を出す浮内家の分家である、圭介のところに行くことにしたようだった。そちらの家の所在はすぐに駐在さんが教えてくれた。

案内されたところに行くと、大層立派な家が立っていた。入口からしてしっかりした門があり、そこから家の入口までは相当の距離があるようだった。田舎の家らしく、しっかりとした作りだった。

「ほえー、時代劇みたいな家だああ」

感嘆の声が漏れてしまう。綿貫亭もそこそこ大きい一戸建てだが、これはレベルが違う。まさにそこにあるのは、昔の日本映画で見たような旧家そのものだった。玄関は両開きの引き戸。その向こうには三和土があり、その向こうは一段高くなっている。こんなのは高級旅館や時代劇ぐらいでしか見たことがない。

「ごめんください」

ビビりまくっている私を尻目に、宝生前はまるで友達の家に来たかのような感じで呼びかける。奥から返事があり、女中さんと思われる方が出てきた。
宝生前が大学教授という自分の身分と『村で行われる珍しいお祭の調査協力を依頼に来た』と要件を述べた。少し待たされたが、この家の主の許可が出たようで、私達は奥の間に通されることになった。
全室和室かと思いきや、内部がリノベーションされているようで、大きなテーブルのある洋室に通される。一番奥のお誕生日席に男性がひとり座っていた。勧められるままに男性向かって左に宝生前、右に私とダリが座る。

「はじめまして、当家の当主を務めております、浮内圭介です。」

高級そうなスーツに身を包んだ20代後半くらいの若者だった。この若さで当主?ふーん・・・。髪の毛は短髪でしっかりと整髪料で整えられていた。金持ちのボンボンらしく、色白の肌だったが、怠惰な印象はない。どちらかというと、カミソリのように触れたら切れそうな隙のない感じがした。

「はじめまして、わたくしは大学で民俗学を専門としている宝生前と申します。こちらは助手の浦原さんとダリさん。本日はアポイントもなく押しかけて大変失礼をいたしました」

圭介は、宝生前が名刺を出すと、それを一瞥し、少し表情を和らげた。どうやら権威に弱いタイプのようだ。

「いやいや、東京の学者様がこんな辺鄙なところに・・・調査、といいますと、一体どんなことを?」
「私の専門が日本に伝わる珍しいお祭、というものでして、そのルーツとか、作法とかを調査しているんです。祭というのには非常に深くその土地の文化が染み付いておりますので、それにいたく興味があるんです。まあ、ゆくゆくは、論文にまとめられたらと思ってはいるんですがね。」
宝生前がにこやかに話す。圭介もまんざらでもない様子だ。こうしてスルリと相手の懐に入り込んで見せるのは、先程も見せている宝生前の得意技である。宝生前の交渉テクニックにより、浮内圭介から多くの情報を得ることが出来た。
一番大きかったのは、タイムスケジュールを把握できたことである。
輿入祭は、『輿』と呼ばれる村の若者が担ぐ神輿のようなものに、今回婿入りをする草介を乗せて、この浮内分家を出発するところから始まるという。その時間が大体16時頃とのことである。その後、輿は村の中を練り歩くのだそうだ。

「輿が練り歩くのは一番神聖な部分です。何卒、作法を乱すことがないようお願いします。」
そして、日も暮れかかった18時30分に本家に入り、その後は、本家内で『婿入りの儀』が行われるという。
「婿入りの儀を見せてもらうわけにはいきませんか」
宝生前が確認すると、圭介は首を横に振る。
「婿入りの儀については、本家に入った婿と、本家の娘のみで行われるのが習わしです。我々も見ることが出来ません。」
そうですか・・・とやや残念そうにする宝生前だったが、もう少し食い下がっていた。
「では、どのような儀式が行われるのか・・・、その内容については分家の方もご存じない?」
「詳しくは・・・。ただ、ホシガリ様をその身に宿した本家の娘と・・・その・・・」
ちらっと私の方を見て言いにくそうにする。
?なんだろう・・・。
「ああ・・・大丈夫です。浦原くんも民俗学の研究者の端くれですから、アシイレや妻問いなどの婚姻関連儀礼についても精通してますので・・・」

アシイレ?妻問い?何じゃそりゃ。
頭の中は疑問符でいっぱいだったが、宝生前の邪魔をするわけにはいかないので、とりあえず曖昧に笑って頷いておいた。

「・・・まあ、そういった儀式に近いですね。男女逆ですが・・・。要は本家の娘と婿がホシガリ様の間でまぐわうのです」

まぐわう・・・。つまりはセックス・・・。たしかにそりゃ他の人は見れませんな・・・。

「ふむ・・・ホシガリ様をその身に宿す、というのが非常に興味深いですね・・・。ところで、そのホシガリ様というのは、どういった謂れのある神なのでしょう。非常に珍しい名前ですが・・・」
そうだ。そもそも、ここに来たのもそのホシガリ様が『邪神』疑惑があったからだ。まあ、祀っている当の本人たちが『ホシガリ様は邪神でして・・・』というとは思えないが、探りをいれるとすればここからだろう。
「ホシガリ様については、次のような伝承が残されています。ここらでは有名な話で、多分誰に聞いても同じような話を聞けると想いますよ」
そう言って、圭介が話したのは次のようなちょっと悲しい話だった。

☆☆☆
昔、長者の家に二人の娘がいた。

長女は非常に美しく、あらゆる男性の心を奪うような女だったが、非常に高慢で、自分の自由にならないものは決して容赦しない、というような娘だった。
対して、次女は容姿があまり良くなく、ずんぐりとした女だったが、気立てが良く、愛らしい娘だった。

当時、島にはここら一帯で一番の美男子と言われるほどの若者がいた。
若者は身体が強く、習い覚えた武芸もメキメキと上達し、武士にも取り立てられようかという男だった。なので、島中の娘はこの若者に夢中であった。

当然、くだんの長女もこの若者をこそ婿に、と所望した。長者の家の生まれである自分が最もこの若者の愛を受けるにふさわしいと考えたのだ。
若者自身も当初はこの長女の美しさに惚れ、家に通い詰めたが、そのときに出会った次女の気立ての良さ、優しさに次第に心を惹かれ、最後には完全に心変わりし、次女を妻にと長者に申し出ることになる。

困ったのは長者だった。

若者を跡取りに据えれば家が繁栄するのは間違いがない。しかし、長女は自分が家を継ぐことを決して譲らない。かといって、若者の気持ちを今更長女に向けることなどできるはずもない。
悩みに悩んでいたある日、父親の心根を見抜いた次女は、最悪の結末を選んでしまう。
自ら、崖から身を投げて死ぬことを選んだのだ。

悲劇はこれに留まらなかった。このことを知った若者は、次女の後を追い、同じ崖から身を投げてしまった。
長女はその崖の上であらん限りの力で叫んだ。

「なぜ妾のものにならない!」

以来、長女は心を荒ませ、狂ったように暴れ、自らの母を、そして長者である父を、その使用人をもすべて殺してしまった。何もかも失った娘は、若者が自分を選ばなかったのは、自分に富が、美しさが、権力が足りないからだと叫び狂い、山にこもり、最後は鬼と化してしまった。

こうして鬼となった娘は、夜ごと周囲の村々に現れ、金品があれば金品を奪い、美しい男がいればそれを犯し、若い女がいればその血肉を貪った。

そんなある日、この地を治める大名が島にやってきた。鬼と化した娘はその大名の権力をも奪い取ろうと襲いかかる。しかし、さすがは大名。そのお付のものの強さは凄まじかった。戦いの末、お付きの侍に返り討ちにあった鬼は、その数奇な人生を終えることになった。
この後、この娘を不憫と思った村で二番目の名代だった浮内の祖先は、鬼と化した娘の霊を「ホシガリ様」として家に祀ることとした。そして、丁重に祀られた娘はいつしか浮内家に福をもたらす氏神となった。

このホシガリ様を慰めるために、当時娘が愛した村の若者の代わりとして浮内の分家の中から『ホシガリ様が選んだ』とされる若者を本家に輿入れさせ、ホシガリ様との婚姻を行う儀式が始まった、ということである。

☆☆☆
なんだか随分救いがない話だ。その鬼になった娘が『ホシガリ様』ということか。なるほど、あらゆるものを『欲しがる』から『ホシガリ様』・・・。
ちなみに、ダリは圭介が話している間、私の横であくびを噛み殺していた。貴族っぽいので、当然大あくびというわけではないし、多分私にしかわからない程度だと思うが、相当飽きている様子だった。

ただ、宝生前は目を輝かせている。圭介が話している間中、ノートにメモを取りまくっていた。

「素晴らしいです!輿入祭は本家筋を絶やさないようにする、という目的の他に、ホシガリ様という神の力を維持するという意味もあるのですね。こういう話はよく『巫女と神』との間の神婚などで見られますが、こちらでは神が女性で、結婚するのが男性なのですね・・・」
「ははは、家ではこのように言い伝えられています。ご満足いただけましたか?」
「ええ!大変興味深い・・・。ところで、婿なのですが、特に長男をとか決まりはない・・・?」
そう言えば食堂の女将も言っていた。長男ではなく、三男が婿になる、と。
「ええ、そればかりは本家の娘の好みを尊重するわけです。そもそもが、本家の娘の好み通りに婚姻が行われなかったことから起こった悲劇ですからね」
はあ、なるほど、筋は通って・・・いるのかな?
「では、選ばれなかった方はさぞかし悔しい思いをされるでしょうな・・・。莫大な遺産の継承権がかかってる、わけですからね・・・」
はは・・・と圭介は軽く笑って受け流す。この手の質問はよく来るのかもしれない。
「習わしなので、仕方がないと割り切っていますよ」
「いやあ、実に興味深い!!!」

宝生前は、『異類婚姻譚とも言えるのか、いや・・・』『嫁側の要望が強いというのは・・・』などとブツブツ言っている。確かに、相当興味深いのだろう。ただ、私の観察が間違っていなければ、圭介もまた、大分じれているように見えた。そもそも大きなお祭の主催をする家の当主だ。なにか次の予定があるのかもしれない。
「あ・・・あの・・・宝生前さん。そろそろ私達も宿を探さないと・・・」
助け舟を出してみる。圭介があからさまにホッとした顔をした。
「おや!宿の手配がまだでしたか・・・。もしよければ、うちで宿をご紹介しましょうか?」
「それは助かります!」
「もちろん、当家に逗留してもらうというのも良いのですが、今日は浮内の家ではないところに宿泊されたほうがより楽しめると思いますので」
そう言って、圭介は笑った。

ん?楽しめる?

この時、私が引っかかった言葉の意味は、数時間後に嫌というほど知ることになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...