1 / 25
回廊
しおりを挟む
「進んで」
突如聞こえた声。
いや、聞こえたというよりは響いた声に私の意識が明白になる。
真っ暗な空間の中、出口も入り口も見えない長く永く続く回路のようなここに呆然と立ちすくんでいた。
ここはどこだろう。
どうしてここにいるのか、どうやってここに来たのか。
何も思い出せない。
私は誰だ?
私の姿は? 私の声は……?
何も分からない。
そっと自分の手のひらを見る。
大きな手。
成人した、男の筋張った腕。
違う、これは私じゃない。
「進んで」
足が勝手に一歩を踏み出す。
途端にまた、姿が変わった。
細い腕。
柔らかい手、綺麗に整えられた爪。
そっと顔を触ってみる。
スッと通った鼻筋、大きな目。
違う、私はこれじゃない。
「ダメですね、私では抵抗されてしまう」
意味のある言葉、今までと違う、明確に自分以外にかけられたであろう言葉。
放たれている音は耳に入っているのに、言葉の意味が理解できない。
ずっと、頭の中に靄がかかっているような……
「変わりましょう……進みなさい」
また、女の声。
先ほどとは違う女のもの。
何か、細い糸でも絡まっているかのような違和感を感じながら、導かれるように進む。
振り払おうと思えば、出来てしまうほど弱い違和感。
ふと、背後から聞こえてきた囁き声に気を取られ歩みを止める。
ひそひそと囁き合う小さな声、無数の。
気になり振り返った先にあったものに思わず息を飲んだ。
息も止まるほどに、美しい光景がそこにはあった。
あふれんばかりの光に照らされ揺れ踊る小さな白い花が見渡す限りに広がる花畑。
その中央には一軒の家がある。けして小さくは無い、けれど質素さを感じる木の家。
その家に寄り添うようにしてそびえる大樹。 その枝には光り輝く果実が実る。 魔術を行使するものすべてが喉から手が出るほどに望む世界樹の果実が。
どこか懐かしさを覚える光景。
魔術師の箱庭。 私の箱庭……御師様の、願望、だった。
ああ、頭が痛い、割れるようだ。
思い出せない、思い出さなきゃいけないのに、忘れてはいけないのに。
私の頭を撫ぜる優しい手があった。
私が撫でた、柔らかく跳ねる髪を持った小さな頭があった。
……いや、違う、私はあの頭を撫ぜることは出来なかった、私は、私は、あの子を突き放さねばならなかったから。
激しい郷愁の念に駆られる。
静かに流れる小川で魚をとった、水しぶきを上げながら、同門の徒と笑い合った。
優しい兄弟子たちが、姉弟子たちが、私たちを見守っていた。
帰りたかった、私は。
何時だって帰りたがっていた。
気が付いたときには走り出していた。
戻りたかった、戻りたいんだ、今も。
何一つ残らなかった。 誰一人。
手を伸ばす先に幻影が見える。 私に手を差し伸べる男の姿が。
見覚えのあるはずの人、どうしても、思い出せない人。
その姿は、手が届くまさにその瞬間霧のように揺れ、そして全く別の、いや、正確にはその人によく似た少年へと変わった。
その少年の相貌を確認した途端、胸に鋭い凶器を突き立てられたかのような激しい痛みをおぼえる。
「ライル」
触れてはいけない。
咄嗟に思ったその感情に従うように手を引っ込める。
下げられる手のひらに合わせて悲し気に歪む少年の顔。
ああ、こんなところまで……。
これは、この光景は実際にあるものではないはずなのに、言ってしまえば私の記憶から映し出されているものに過ぎない筈なのに。
……いや、だからこそか。
私は――。
ああ、私は何を言っている?
わからない。
思い出せない。 この子のことを知らない、思い出せない、はずなのに。
この子のことを、よく知っているはずなのに。
「先生」
うっすらと開かれた少年の唇から紡がれた言葉。
強い意志を感じさせるまだ高い声。
その声が、音が私を呼ぶ。
君は、私を呼ぶときいつだって、どこかいじらしさのようなものをそこに含ませていた。
……私は、その声に、言葉に応えたことは一度だってなかったが。
「せんせい」
私にじゃれつくほかの弟子とは違い、一歩引いたところから私を呼んだ。
私に振り払われるのをいつも恐れていた子供。
あの頃はまだ、運命など捻じ曲げられると信じていた。
だからこそあの子に、あの子から向けられる信頼と尊敬に応えなかったのに。
結局こうなるのなら、運命に逆らうことなど出来ないとわかっていたら、諦めることになると、分かっていたならあの子のその手を取っていたのに。
突如聞こえた声。
いや、聞こえたというよりは響いた声に私の意識が明白になる。
真っ暗な空間の中、出口も入り口も見えない長く永く続く回路のようなここに呆然と立ちすくんでいた。
ここはどこだろう。
どうしてここにいるのか、どうやってここに来たのか。
何も思い出せない。
私は誰だ?
私の姿は? 私の声は……?
何も分からない。
そっと自分の手のひらを見る。
大きな手。
成人した、男の筋張った腕。
違う、これは私じゃない。
「進んで」
足が勝手に一歩を踏み出す。
途端にまた、姿が変わった。
細い腕。
柔らかい手、綺麗に整えられた爪。
そっと顔を触ってみる。
スッと通った鼻筋、大きな目。
違う、私はこれじゃない。
「ダメですね、私では抵抗されてしまう」
意味のある言葉、今までと違う、明確に自分以外にかけられたであろう言葉。
放たれている音は耳に入っているのに、言葉の意味が理解できない。
ずっと、頭の中に靄がかかっているような……
「変わりましょう……進みなさい」
また、女の声。
先ほどとは違う女のもの。
何か、細い糸でも絡まっているかのような違和感を感じながら、導かれるように進む。
振り払おうと思えば、出来てしまうほど弱い違和感。
ふと、背後から聞こえてきた囁き声に気を取られ歩みを止める。
ひそひそと囁き合う小さな声、無数の。
気になり振り返った先にあったものに思わず息を飲んだ。
息も止まるほどに、美しい光景がそこにはあった。
あふれんばかりの光に照らされ揺れ踊る小さな白い花が見渡す限りに広がる花畑。
その中央には一軒の家がある。けして小さくは無い、けれど質素さを感じる木の家。
その家に寄り添うようにしてそびえる大樹。 その枝には光り輝く果実が実る。 魔術を行使するものすべてが喉から手が出るほどに望む世界樹の果実が。
どこか懐かしさを覚える光景。
魔術師の箱庭。 私の箱庭……御師様の、願望、だった。
ああ、頭が痛い、割れるようだ。
思い出せない、思い出さなきゃいけないのに、忘れてはいけないのに。
私の頭を撫ぜる優しい手があった。
私が撫でた、柔らかく跳ねる髪を持った小さな頭があった。
……いや、違う、私はあの頭を撫ぜることは出来なかった、私は、私は、あの子を突き放さねばならなかったから。
激しい郷愁の念に駆られる。
静かに流れる小川で魚をとった、水しぶきを上げながら、同門の徒と笑い合った。
優しい兄弟子たちが、姉弟子たちが、私たちを見守っていた。
帰りたかった、私は。
何時だって帰りたがっていた。
気が付いたときには走り出していた。
戻りたかった、戻りたいんだ、今も。
何一つ残らなかった。 誰一人。
手を伸ばす先に幻影が見える。 私に手を差し伸べる男の姿が。
見覚えのあるはずの人、どうしても、思い出せない人。
その姿は、手が届くまさにその瞬間霧のように揺れ、そして全く別の、いや、正確にはその人によく似た少年へと変わった。
その少年の相貌を確認した途端、胸に鋭い凶器を突き立てられたかのような激しい痛みをおぼえる。
「ライル」
触れてはいけない。
咄嗟に思ったその感情に従うように手を引っ込める。
下げられる手のひらに合わせて悲し気に歪む少年の顔。
ああ、こんなところまで……。
これは、この光景は実際にあるものではないはずなのに、言ってしまえば私の記憶から映し出されているものに過ぎない筈なのに。
……いや、だからこそか。
私は――。
ああ、私は何を言っている?
わからない。
思い出せない。 この子のことを知らない、思い出せない、はずなのに。
この子のことを、よく知っているはずなのに。
「先生」
うっすらと開かれた少年の唇から紡がれた言葉。
強い意志を感じさせるまだ高い声。
その声が、音が私を呼ぶ。
君は、私を呼ぶときいつだって、どこかいじらしさのようなものをそこに含ませていた。
……私は、その声に、言葉に応えたことは一度だってなかったが。
「せんせい」
私にじゃれつくほかの弟子とは違い、一歩引いたところから私を呼んだ。
私に振り払われるのをいつも恐れていた子供。
あの頃はまだ、運命など捻じ曲げられると信じていた。
だからこそあの子に、あの子から向けられる信頼と尊敬に応えなかったのに。
結局こうなるのなら、運命に逆らうことなど出来ないとわかっていたら、諦めることになると、分かっていたならあの子のその手を取っていたのに。
0
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~
槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。
公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。
そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。
アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。
その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。
そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。
義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。
そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。
完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる