白花の君

キイ子

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介入

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 ああ、何を、何をいまさら。
私はなにを言っている。
私は……私は?

 「先生、どうか」

 この手を取れとでもいうかのように少年は手を差し伸べている。
取ることが出来る。 今なら。
何度もそうしたいと思い、その度に留まったその手を。 今なら。

 「すまない、すまなかったライル……わたしは――」


 『止まれ!!』

 ガッと、一切の身動きが取れなくなる。
指一本、どころか、瞼一つピクリともさせられぬほどに、私の体は静止した。
動けない、動こうという意思すら持てない。

 『そのまま振り返って、先へ進みなさい』

 またしても、勝手に体がその声に従おうとする。
前まで私に語り掛けていた女とも違う、誰かの声。

 ライルの顔が、せつなげに歪んでゆくのを見て、私の心がまた、鈍い痛みを訴え始めていた。
どうか、どうかもう少しだけ待って欲しい。
私は、私はまだ――。

 「先生」

 不思議な、ことが起こった。
低い、私の知りえない低い声が私を呼ぶ。
その声は明らかに目の前のライルから発せられていて、突然のことに目を見張る……こともまあ、不自由な身体では出来なかったが。

 ライルの姿が歪む。
私の胸元くらいまでしかなかったその全長が、私の身長を超えた。
細身の子供だったその姿が、がっしりとした大人の男の物へと変わる。

 幼かった少年の面影がある青年は、その漆黒の瞳で私を貫かんばかりに見つめ笑っていた。
美しかった光景はたちどころに消え去り、深い深い闇ばかりがそこにある。
その闇と同じ色をした髪と瞳を持つ青年は、まるで闇そのものが擬人化したかのような、そんな怪しさと鋭さがあった。

 「先生、先生、逃がしません……逃がすものか……」

 そう言って彼はその筋張った腕で私の手を捕らえると自らの胸へ引き寄せ私をきつく抱きしめた。
その腕の力はとても強く、まるで閉じ込めるようにまさしく逃がしなどしないと、言外にも告げているようで。
ただただ理解の追い付かない現状に、その腕の中で私は固まることしか出来なかった。

 「先生……ああ、やっとだ、先生、先生……俺はもう、間違えたり……」

 体は成長はしたのだろう、逞しいこの腕を見ればわかる。
背も伸びた。 声も、ずいぶん低くなった。
けれど、間違いない、間違いようも無いほどに変わらない。
その声に、私を呼ぶその音には、変わらずどこかいじらしさのようなものを感じる。

 ……ああ、でも躊躇いは、しなくなったのだな。

 『信じられない、神の回廊に入り込んだの?』

 幾度目かの声の後、突如私の体が数歩分後ろにワープし、あの腕の中から強制的に解放された。
ライルであろう青年は、その手に押さえていた存在がいきなり消えたことにあからさまな動揺を見せる。

「先生!! 先生! そんな……どこですか先生!……また、また逃げるのか、俺から……許すものか」

 その狼狽ぶりは、見ているこっちが不安になるほどに。

 「……ライル」

 「っ先生!! ああ、まだそこにいるのですね……先生、先生、待っていてください、逃がしは、しません、俺は……必ず……」

 『いやにしつこいなぁ……君ももう黙ってくれるかい? 介入を止めなきゃなのに君が変に刺激するから繋がりが切れない』

 言われた直後まるで縫い付けられたように開かなくなる唇に、声は満足げに笑ってこちらを見た。

 その時になって初めて、目の前に人がいることに気付く。
正確には人影があった。 容姿などは一切わからない。 ただ、私とライルを隔てるように誰かいることはわかった。

 「ああ、邪魔が入っているのか……また、またですね……先生、安心してください」

 ライルは笑っていた。楽しそうに、嬉しくてしかたがないとでも言いたげに。
まっすぐ、こちらに手を伸ばして、私を呼び続けている。

 『こいつ強いな……こんだけ執着と愛憎垣間見せてんのに心根は完全たる善、英雄の星、偉大なる魔術師の星、救世の……歪だなぁ』

 そうして影が手を振ると、なんの問題も無くライルの姿が揺れる。
蜃気楼だったかのように、消えていく。
その顔は、またしても寂し気な、切なげな、何度も見た顔で。
その顔に、私が弱いことを、あの子はきっと知っている。

 「先生」

 そのいじらしさを含ませた声に弱いことも、きっと。

 「必ず、俺は必ず取り戻します、先生……待っていてくださいね」
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