皇太子殿下に捨てられた私の幸せな契約結婚

佐原香奈

文字の大きさ
42 / 52
第一部

女のプライド

しおりを挟む
「お二人は仲が良いと伺っていましたが、そうでもありませんのね」

「そうですね。折角の晩餐会ですから放っておくのが一番ですわ。耳を塞ぎたい時はおっしゃってください。遮音魔法で壁でも作っておくことも可能です」


 イザベルは筆頭候補としてこの国で王妃に最も相応しいと言わしめた女性だ。知識、マナーから始まって、性格まで審査されるだけあって、彼女に悪い印象を持ったことはない。


「こうしてゆっくり話す場は初めてですね。私の嫁ぎ先にもよりますが、これからも仲良くしていただけると嬉しく思います」

「イザベル様、もちろん私に光栄なことですが、無理をなさらなくても結構ですよ?私はその…」


 私はフロージアのパートナーの座を彼女から奪い続けてきた女だ。彼女にとっては目の上のたんこぶだっただろう。


「仰りたいことは分かりますわ。でも、私は筆頭婚約者でいることにしか興味がないので、あまり気にしないでくださいませ。それに、婚約者候補が王宮からこぼれ落ちてくるのを毒虫のように待つ国内の貴族にも興味はありませんの。リュカ殿下のような客人のパートナーに推薦していただける権利のために王宮に上がったのですから」


 そう言ったイザベルの目に悪意があるようには思えなかった。ただ、気を付ける必要はある。通常、必要のない蹴落としあいはない王宮に上がった婚約者候補達だが、何事にも例外はある。順位に意味を見出した者がいた場合だ。表立って何かが起きれば自分がその地位を奪われるが、そのリスクを冒してでも筆頭候補でいることに利益を見出した者がいれば、暗い蹴落としあいは起こる。


 足を引っかけたりなんていう印象の悪いことをする必要はない。相手に相応の結婚相手を見つけるだけ。王族との結婚に固執する家は少ないので脅すよりも簡単だ。特に、イシュトハンの娘がいる今代の婚約者候補達を退けることに手間はかからなかっただっただろう。


「イザベル嬢はイシュトハンの令嬢とは仲が良いのか?」

「今日からは友人となれそうな気がしています」


 リュカ殿下の問いに、イザベルはステラを見ながら答えた。ステラは呆れながら出されたティーカップに指をかけた。パートナーの二人の間に割って入ろうなんて誤解されたくはなかった。しかし、同席者を無視して話を続けることはマナー違反であり、お互いに会話には配慮しなければならない。


「リュカシエル殿下はご遊学にいらしたのでしたよね?アカデミーに入られるのですか?それとも魔法省とか騎士団ですか?」

「魔法省の古代魔法の研究を共同で行えないかと話があって、研究室にしばらくお世話になる予定だ」

「ステラ、こんな奴に話しかける必要はない」


 私が敢えてリュカ殿下に話を振ったのに、デイヴィッドはお気に召さないようだったが、あしらい方に自信があった。例えば、相手はデイヴィッドのような正攻法なやり方では手が出しにくい相手だが、私は力で捩じ伏せるのが得意だ。


 デイヴィッドを宥めながら、それでも二人が仲の良いエピソードを聞けば、それほど心配するようなことはないと考えていた。
 それに、万が一にでもリュカ殿下が粉をかけて来たとしても、ステラには奥の手があった。ステラだけが使えると言っても過言ではない奥の手が…


「デイヴィッド、メディルの牛はとてもこだわった餌を使っていると聞いたわ。これまでの晩餐会には出てきた?」

「毎年メインで出てくる。今夜もメインで出てくるだろう。メディルの牛は王家に献上されている他は領土に出さないから、とても貴重なんだ」

「ではイザベル様も召し上がられたことはありますよね?どうでした?」

「そうですね。王国一に最も近いと言えます。この晩餐会に呼ばれることは多くの貴族の夢でもあります。リュカシエル殿下はメディルの牛はどう思いますか?」

「メディルの牛の中でもメディルの子牛が一番柔らかく美味だ。年に一頭だけは、教会にも献上されている。一度だけ祭事の際に食したことがあるが、あれを超える肉に出会えたことはない」

「ミーリン島の国王が来訪した際に出されものか。あれは確かに美味しかった。そういえばあの時出された白ワイン、リュカはうちの領地のものだと知ってそのままうちに来て朝まで飲みに付き合わされたな。覚えてるか?」


 ミーリン島は全ての魔力の創出地であり、二百年前に大陸全てを破壊した四人の魔王が眠る地。その昔神が降り立った大陸中が信仰する唯一の宗教国だ。国王が訪れて二人がお酒を飲める歳ということは、デイヴィッドが当主となった15歳の時だろう。
王都のベッケルン教会本部が解体され、次に大きなメディル伯爵領の教会に教会本部の機能が一時的に移っていた。

「あの年のワインは赤も白も特段に美味かった」


 そうやって、自然と話は盛り上がって、少しだけデイヴィッドの席に椅子を寄せていれば、美味しい料理と美味しいお酒、楽しい食事の席だったのだが、帰り際、リュカ殿下の放った一言から、私は本当に面倒な目にあった。


「ステラ嬢、次に会う時はリュカと気軽に呼んでくれ。私の国では其方はまだ私の婚約者候補の一人だ。親しくなるのも私の目的の一つだからな」


 リュカ殿下がそう言った途端、イザベルの顔が一瞬だったが強張ったのが分かった。恐らくそれが原因で、私の元に来ていたお茶会の招待状にキャンセルの連絡が相次いだ。どれもマクラーレン侯爵家と仲の良い家のご令嬢のお茶会で、私は若者世代から爪弾きにされる状況になった。


 クラーク公爵家との婚姻間近で、彼女達の親世代、つまりは権力者には直接影響はなかったが、彼女らの夫が爵位を持った頃、私は首が絞まるように不自由になるだろう。とてもいい迷惑だった。


 今更親交がこれまでなかったイザベル嬢を畑違いのメンバーのお茶会の紹介状を出すことは火に油を注ぐようなものだ。他の貴族の夜会で騒動を起こすことは避けなければならない。新しくパーティを企画するには結婚式が近過ぎる。


 私は迷うことなく王宮へ向かった。


 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【完結】姫将軍の政略結婚

ユリーカ
恋愛
 姫将軍ことハイランド王国第四王女エレノアの嫁ぎ先が決まった。そこは和平が成立したアドラール帝国、相手は黒太子フリードリヒ。  姫将軍として帝国と戦ったエレノアが和平の条件で嫁ぐ政略結婚であった。  人質同然で嫁いだつもりのエレノアだったが、帝国側にはある事情があって‥‥。  自国で不遇だった姫将軍が帝国で幸せになるお話です。  不遇な姫が優しい王子に溺愛されるシンデレラストーリーのはずが、なぜか姫が武装し皇太子がオレ様になりました。ごめんなさい。  スピンオフ「盲目な魔法使いのお気に入り」も宜しくお願いします。 ※ 全話完結済み。7時20時更新します。 ※ ファンタジー要素多め。魔法なし物理のみです。 ※ 第四章で魔物との戦闘があります。 ※ 短編と長編の違いがよくわかっておりません!すみません!十万字以上が長編と解釈してます。文字数で判断ください。

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

婚約者が最凶すぎて困っています

白雲八鈴
恋愛
今日は婚約者のところに連行されていました。そう、二か月は不在だと言っていましたのに、一ヶ月しか無かった私の平穏。 そして現在進行系で私は誘拐されています。嫌な予感しかしませんわ。 最凶すぎる第一皇子の婚約者と、その婚約者に振り回される子爵令嬢の私の話。 *幼少期の主人公の言葉はキツイところがあります。 *不快におもわれましたら、そのまま閉じてください。 *作者の目は節穴ですので、誤字脱字があります。 *カクヨム。小説家になろうにも投稿。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~

吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。 ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。 幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。 仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。 精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。 ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。 侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。 当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!? 本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。 +番外編があります。 11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。 11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。

処理中です...