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第一部

女のプライド

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「お二人は仲が良いと伺っていましたが、そうでもありませんのね」

「そうですね。折角の晩餐会ですから放っておくのが一番ですわ。耳を塞ぎたい時はおっしゃってください。遮音魔法で壁でも作っておくことも可能です」


 イザベルは筆頭候補としてこの国で王妃に最も相応しいと言わしめた女性だ。知識、マナーから始まって、性格まで審査されるだけあって、彼女に悪い印象を持ったことはない。


「こうしてゆっくり話す場は初めてですね。私の嫁ぎ先にもよりますが、これからも仲良くしていただけると嬉しく思います」

「イザベル様、もちろん私に光栄なことですが、無理をなさらなくても結構ですよ?私はその…」


 私はフロージアのパートナーの座を彼女から奪い続けてきた女だ。彼女にとっては目の上のたんこぶだっただろう。


「仰りたいことは分かりますわ。でも、私は筆頭婚約者でいることにしか興味がないので、あまり気にしないでくださいませ。それに、婚約者候補が王宮からこぼれ落ちてくるのを毒虫のように待つ国内の貴族にも興味はありませんの。リュカ殿下のような客人のパートナーに推薦していただける権利のために王宮に上がったのですから」


 そう言ったイザベルの目に悪意があるようには思えなかった。ただ、気を付ける必要はある。通常、必要のない蹴落としあいはない王宮に上がった婚約者候補達だが、何事にも例外はある。順位に意味を見出した者がいた場合だ。表立って何かが起きれば自分がその地位を奪われるが、そのリスクを冒してでも筆頭候補でいることに利益を見出した者がいれば、暗い蹴落としあいは起こる。


 足を引っかけたりなんていう印象の悪いことをする必要はない。相手に相応の結婚相手を見つけるだけ。王族との結婚に固執する家は少ないので脅すよりも簡単だ。特に、イシュトハンの娘がいる今代の婚約者候補達を退けることに手間はかからなかっただっただろう。


「イザベル嬢はイシュトハンの令嬢とは仲が良いのか?」

「今日からは友人となれそうな気がしています」


 リュカ殿下の問いに、イザベルはステラを見ながら答えた。ステラは呆れながら出されたティーカップに指をかけた。パートナーの二人の間に割って入ろうなんて誤解されたくはなかった。しかし、同席者を無視して話を続けることはマナー違反であり、お互いに会話には配慮しなければならない。


「リュカシエル殿下はご遊学にいらしたのでしたよね?アカデミーに入られるのですか?それとも魔法省とか騎士団ですか?」

「魔法省の古代魔法の研究を共同で行えないかと話があって、研究室にしばらくお世話になる予定だ」

「ステラ、こんな奴に話しかける必要はない」


 私が敢えてリュカ殿下に話を振ったのに、デイヴィッドはお気に召さないようだったが、あしらい方に自信があった。例えば、相手はデイヴィッドのような正攻法なやり方では手が出しにくい相手だが、私は力で捩じ伏せるのが得意だ。


 デイヴィッドを宥めながら、それでも二人が仲の良いエピソードを聞けば、それほど心配するようなことはないと考えていた。
 それに、万が一にでもリュカ殿下が粉をかけて来たとしても、ステラには奥の手があった。ステラだけが使えると言っても過言ではない奥の手が…


「デイヴィッド、メディルの牛はとてもこだわった餌を使っていると聞いたわ。これまでの晩餐会には出てきた?」

「毎年メインで出てくる。今夜もメインで出てくるだろう。メディルの牛は王家に献上されている他は領土に出さないから、とても貴重なんだ」

「ではイザベル様も召し上がられたことはありますよね?どうでした?」

「そうですね。王国一に最も近いと言えます。この晩餐会に呼ばれることは多くの貴族の夢でもあります。リュカシエル殿下はメディルの牛はどう思いますか?」

「メディルの牛の中でもメディルの子牛が一番柔らかく美味だ。年に一頭だけは、教会にも献上されている。一度だけ祭事の際に食したことがあるが、あれを超える肉に出会えたことはない」

「ミーリン島の国王が来訪した際に出されものか。あれは確かに美味しかった。そういえばあの時出された白ワイン、リュカはうちの領地のものだと知ってそのままうちに来て朝まで飲みに付き合わされたな。覚えてるか?」


 ミーリン島は全ての魔力の創出地であり、二百年前に大陸全てを破壊した四人の魔王が眠る地。その昔神が降り立った大陸中が信仰する唯一の宗教国だ。国王が訪れて二人がお酒を飲める歳ということは、デイヴィッドが当主となった15歳の時だろう。
王都のベッケルン教会本部が解体され、次に大きなメディル伯爵領の教会に教会本部の機能が一時的に移っていた。

「あの年のワインは赤も白も特段に美味かった」


 そうやって、自然と話は盛り上がって、少しだけデイヴィッドの席に椅子を寄せていれば、美味しい料理と美味しいお酒、楽しい食事の席だったのだが、帰り際、リュカ殿下の放った一言から、私は本当に面倒な目にあった。


「ステラ嬢、次に会う時はリュカと気軽に呼んでくれ。私の国では其方はまだ私の婚約者候補の一人だ。親しくなるのも私の目的の一つだからな」


 リュカ殿下がそう言った途端、イザベルの顔が一瞬だったが強張ったのが分かった。恐らくそれが原因で、私の元に来ていたお茶会の招待状にキャンセルの連絡が相次いだ。どれもマクラーレン侯爵家と仲の良い家のご令嬢のお茶会で、私は若者世代から爪弾きにされる状況になった。


 クラーク公爵家との婚姻間近で、彼女達の親世代、つまりは権力者には直接影響はなかったが、彼女らの夫が爵位を持った頃、私は首が絞まるように不自由になるだろう。とてもいい迷惑だった。


 今更親交がこれまでなかったイザベル嬢を畑違いのメンバーのお茶会の紹介状を出すことは火に油を注ぐようなものだ。他の貴族の夜会で騒動を起こすことは避けなければならない。新しくパーティを企画するには結婚式が近過ぎる。


 私は迷うことなく王宮へ向かった。


 
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