告白代行

左ケラトプス

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平均的な人間

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 憂鬱な月曜日。冬の朝は冷え切っていて、布団から出るのが毎日しんどい。

 キンとする痛い水で顔を洗い、珈琲を淹れる事から一日は始まる。

 珈琲を飲むのはいつの間にか日課になっていた。いや、いつのまにかというより、二人目の依頼人の案件の後、抜けなくなった。

 代行をした人物の癖が移る事は度々ある。依頼人の日常をトレースし、繰り返すうちに自分自身がこの姿が本当なのだと錯覚を始める、とでも言えばいいのか。

 そういったトレースした人間の癖も、日が立つにつれ次第に薄まっていくのだけれど、珈琲だけは今まで続いている。

 きっと珈琲自体が好きになったのだ。他者から影響を受ける事は度々聞いたことがあるが、自分の場合は他者に成り代わった過去の自分に影響されている。新しい何かを知るきっかけがこんな形とはいやはや。

「ま、滑稽だな」

 冬の外気ですぐに冷めてしまった珈琲を一飲みして、僕は家を出た。

◇◇◇

 学校までの道のり。片道で徒歩でいくと50分近くはかかるのだけれど、毎日歩いて登校している。

 歩くのは嫌いじゃない。みんなの様にイヤフォンで音楽を聴くこともない。

 他校の学生、通勤するサラリーマン、散歩をしている老人、ガードしたで寝ている老人。

 そんな他人を見落とさないように、他人を見ることをないがしろにしないように、強制的に付けた習慣でもあった。

「へーきーん君!!」

 う、来た。俺の登校という名のお散歩を邪魔するこの声は。

「いやっほいおはようおはようさん!」

 爆速の自転車をキキィー、とドリフトをかけながら自分の目の前を塞いぎやがった。

 どこの金田だ。
 
 木梨清史郎。頭も良く運動神経も良い。成績優秀、ルックス良し。しかし皆はこう呼んでいる。

「朝から騒々しいな、銀メダル」

 摸試の結果はいつも2位、好きな子には「ごめんなさい、大好きだから、友達のままでいたい」と言われるのがこの男。良い奴すぎるんだろうと思う。自分みたいな人間にもなぜか話しかけてくるもの好きさんなのだ。

「とぼとぼ冴えなく歩いている冴えない背中が見えたからな、これはへーきんに違いないと、おれの愛車が止まらなかった」

 自転車だろう。

「それにそのあだ名もやめろよ。平均て書いてへーきんて呼ぶなんて単純すぎるだろ」
 
「むむ、お前の引っかかり所はそこなのか…!新しいあだ名が欲しかったなら早く言えよこの野郎」

「別に欲しくもないけどさ。俺としても生まれてからついたあだ名それしかなくてそろそろ飽きてもきたところなんだ」

 こうして適当な会話をしながら、清史郎は自転車を降り、ここからは一緒に歩いて登校をする。

 いつも通りの流れ。

「まあ平均と書けばひとひらと読める奴の方が少ないよな。だがお前にピッタリすぎる名前だよな。名前がそうだからお前はそうなってるのか、そう育ってほしいから親御さんは名前を付けたのか」

「平均的に育つ、か。親がどう付けたのかはそう言えば聞いた事なかったな。平均的に育ってほしい、ってどんな願いだ?」

「それは俺の測り知るところでは無いよ。でもある意味では一番理想かもしれない」

「理想?またお前の哲学か?」

「まあ聞いてくれよ。みんな何かしら欠けすぎたり、持ちすぎたりするだろう。お金とか、才能とか、容姿とか」

「あぁ、まあ人である以上みんなそうだろう。というかそうじゃない奴なんていないんじゃないか?」

「そうじゃない奴なんていないさ。だからこそ誰もが相対的に自分自身を評価して、勝手に喜んで勝手に嫉妬したりする。だからって欠けているものが無かったら人は努力をしないし、持っているものが無かったら自信を持って歩けない」

「……」

「不幸もなきゃいけないし幸福もなきゃいけないって思うよ。でもみんなそのバランスが取れないんだ」

「だから平均的な人間、か…」

「あぁ。まあそんなやつばかりいたら、特にプラスもマイナスもない分、つまらないんだろうけどな」

「ん、お前さっき、平均はお前の名前にぴったりって言ってたろ。暗につまらんと言っているのか?」

「んお、俺ってば失言!そーりーそーりー!」

「めちゃくちゃ謝りながら認めているなそれは」

「はは、そうむすむすするなよ。俺はお前のそういう所が面白いんだよ、あえてな。シュールすぎる芸人のネタを見てる感じだな」

「お前はフォローが下手すぎる」

 けらけらと俺の事をいじりながら清史郎はこの後も話し続けた。

 やんちゃな見た目からは想像が出来ないように、こいつはたまにこういう会話をする。

 たまに片鱗を見せる頭の良さ。しかし聞く側にもどかしさを残さずに清々しく会話を終わらせる性格の良さ。

 良さというか、出来る奴だった。

 俺の事をちゃんとそう認識したうえで、そのまま付き合ってくれているのはありがたかった。

 しかしそのまま、意外だとも思う。俺の事を「普通」と認識する人間はいても「平均的」と認識する人間は初めてだったかもしれない。

 去年から同じクラスの清史郎は俺の事をそんな風に見ていたのか。

 鋭さを見せた清史郎に驚きながらも、くだらない話をしながら歩いた。

 気づけば校門の前まで来ていて、駐輪場まで自転車を置きに行く清史郎と別れ、自分の教室へと向かった。
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