地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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敵になった日

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「私は不幸だ」

 そう殺は呟いた。
 誰もいない人殺し課で。
 だが人は来ない筈がない。
 扉が開く音が開かずの間に響いた。

「今回は殺が一番乗りか」

「陽」

 殺は無表情で陽の方を向く。
 普段なら恋人に呼ばれたと大層喜んで笑顔を見せるのだが、この時は無表情だった。
 そのことに陽は若干の違和感を持つ。

「普段は笑顔を見せるのに珍しいな」

「私は無表情が常です。構うな」

 殺の地を這う突き放す様な声に思わず陽は身を震えさせてしまう。
 如何でもいいだろう返事が返ってくると思っていた。
 それを信じて疑わなかった。
 だが殺の様子がおかしい。

「お前、何かあったか?」

 陽は恐る恐る訊ねる。
 すると殺は口を切り裂いたかの様に、にんまりと開かせ、光の灯らない不気味な目を向けて答えた。

「陽はお姉さんがいて良いですね。大事にするのですよ」

「は、はぁ」

 陽は己の声が震えている感覚を覚えた。
 殺はお姉さんを大事にしろと言った。
 だが、その言葉は『お前の幸せを壊す』とでも言っているかの様だった。

 殺は立ち上がる。
 様子を見る限りはコーヒーを淹れに行っている。
 陽は何故かその背を追わねばならぬ気がした。
 追わないと自分の手からスルリと抜け出して、何処かへ行ってしまう気がして。

「ココア淹れてやるよ!お前は甘いものが好きだろう?だからお前は此処で待ってろ!」

 陽の声はもう泣きそうだったと思う。
 大切な者が消えてしまいそうに思えて。
 嫌だ、僕は何一つ失いたくないんだ。
 そう思いながら陽は殺を繋ぎとめ様とする。
 だが、殺は相変わらず無表情だった。

「眠気覚ましにはコーヒーと決めているので。そんなことも知らないんですか?知ったか振りにも程がある。構うな」

 陽は殺の見たことのない面を見て戦慄した。
 そうして思った、自分は殺のことを何も知りもしないことを。
 殺は静かにコーヒーを淹れる。
 普段ならその場にいる人数分を淹れるのだが、殺は陽の分まで注ぐのは当たり前ではないと言った風に、自分の分しか淹れなかった。

 陽は殺を恐れながらも、こうも思った。
 皆が来れば殺も元に戻ると。
 すると外で足音が複数響く。

「儂が一番乗り!……あれ?殺と陽が先か」

「マジかー!結構早く来たと思ったのに!」

「殺様ー!罵ってください!」

 人殺し課の全員が集結する。
 するとMが殺に罵ってくれと擦り寄った時だった。

「寄るな」

「きゃ!!」

 ドガッと音がしてMが吹き飛ぶ。
 机を巻き込んで倒れたMは、僅かだが頭から血を流していた。
 いつもなら鬱陶しいと拳骨で済ましているのに、この日は違った。

 殺はMに近寄り、腹を踏みつける。

「ぐぁっ!あぁ……」

 長い間ずっと踏みつける。
 暫くは何が起こったかわからない皆も、漸く状況がわかり、止めに入った。

「やりすぎだぞ!」

「止めるのじゃ!」

 Mの目は、珍しく恐怖から涙目になっていた。
 それを見ていたからこそ皆はMを助けようとする。

「殺!何があった?!」

「別に、こういうのが好きなんでしょう?それとも嫌でした?あー、すいません。私は貴方たちのことがわからないんで」

 殺は笑う。
 やっぱり何で此奴らを守らなければならないのか?
 捨てて良いのではと。
 きっと不幸の鬼の元家族はこの光景を見ているに違いない。
 ならば、もう一度チャンスをくれるだろう。

 この世界を破壊するチャンスを。

 殺はMを踏みつける足を彼女から遠ざけた。
 殺の足から逃げだせたMの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

 殺は部屋から去ろうとする。

「行かねば」

「待って!」

 Mは涙で汚れながらも、咽せ返りながらも殺を止め様とする。
 だが殺は無情にもその場から立ち去る。

「あとの仕事は任せました」

 そう言う殺の服は純白の狩衣から、漆黒のスーツへといつの間にか変わっていた。


 ~~~~



「見てましたよね」

「へぇー、俺の気配に気づけたんだ」

 二人の黒は互いを睨み合う。
 だが片方の黒は少しだけ嬉しそうだ。

「不幸の鬼が私に宿っている今は貴方たちの気配に気づけるのですよ」

「俺さー、弟が欲しかったんだよね」

 会話が全く噛み合っていない。
 だが栗色の髪を持つ、紅いネクタイを締めた男は話を続ける。

「血の繋がった家族が欲しい?」

「ええ、出来ることなら」

 すると栗色の髪の男は微笑む。
 あの日の殺し合いを楽しんでいた目ではない。
 慈しむ様な目で殺に微笑んだ。

「出来るよ。これを飲み込むと良い。これが血となり俺らは繋がる」

 殺は差し出された真っ赤な柘榴の様なものを手に取る。
 そうしてそれを口の中に放り込み、ジャリジャリと音を立てながら噛み砕き、飲み込んだ。

「おめでとう、これでお前も俺たちの仲間だよ」

「貴方、名前は?」

「そういや、あの時は名乗らなかったな」

 あの日、今の殺にとって無益な戦いを行なった日。
 あの時、何故、自分は血を流さなければならなかったのだろうか。
 そう思うと憎しみが湧いて出てくる。
 そうこうして憎悪に身を焦がしていると黒いコートの男は名乗る。

「俺の名前は砲牙!これからは砲牙兄さんと呼んで良いよ!」

「砲牙兄さん……よろしくお願いします」

 その時の殺の目は紅く光った。
 まるでその光はこれから見るだろう血の様に紅い色をしていた。
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