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自己紹介をしよう
しおりを挟む「そういえば……僕たち、まだお互いのことをあまり知らないよな」
陽がそう呟く。
確かにその言葉は事実であった。
会ってまだ数十日くらいしか経ってないうえに、お互いのプライベートなど明かしてないのだから。
殺と陽は静かに仕事を片付けていく。
今回、殺に任された仕事のパートナーは陽であった。なので今は陽と殺しかいない。
書物庫の整理……、この面倒な時間に面倒な事実が発覚する。
すると陽が口を開いて呟いた。
「僕が知っているお前のことは名前と身長、年齢、血液型、性別、味覚、生活リズムくらいしかないぞ。というかお前は僕より遥かに歳上だったんだな。……まあ、僕が成人したてってこともあるが」
結構知っている事実に殺は驚く。
普通なら引くが、陽は殺の為に色々と調べたりしてくれてたのだ。殺は寧ろ嬉しいと思っている。
だが自分はこれだけ知られているのに陽のことを知らないのは嫌だ。
それは流石に不公平だと思う。それに何故か知りたいと思ってしまっている。
……そうだ一つ良い方法が思いついた、と殺は少しニヤリと笑った。
「……私のことが知りたいならお互い自己紹介しませんか?」
自己紹介なら問題も起こらずに相手のことを知れる。
我ながら良い考えだと子供でも思いつくだろうことを殺は絶賛した。
「自己紹介?」
陽は少し目を輝かせている様に見える。
だが其は自己主張を楽しみにして輝かせているのではなく、殺のことをもっと知れるのではと考えてのことだ。
「では私から……。私の名前は、名前はもう知ってますね」
当たり前すぎる。
名前なんてもう知っていることだ。
いざ自分がするとなると殺は緊張してしまう。
自己紹介なんて何年ぶりだろうか?
殺は神の中ではもう有名で、名を名乗る必要は無くなってきていた。
殺は久しぶりの緊張を覚える。
でも何故だろうか……、別の理由もある気がしてたまらない。
「何故、男装をしているんだ?」
唐突な質問だった。
でも陽が訊いてきているのだ。答えない訳にはいかない。昔のことを話すべく口を開く。
「呪いをかけられたのです」
「……呪い?」
陽が食いつく、その目はどこか恐ろしい。
何故そこまで感情を出すのか?
自分如きにそこまで感情を割くなんて勿体無いと殺はそう思って仕方がない。
だが、話を続ける。
「誰にも愛されない、愛せない呪い」
「何故そんな呪いが……」
理由はあまり話たくない。
訊かれれば答えるのが殺だが、この話は自分でも吐き気がして嫌なのだ。
その葛藤の表情を陽は見抜いて訊ける範囲を探ろうとしている。
言える範囲なら答えなければ……。
「昔、特別な神木から生まれてなんだかんだあって呪われました」
「なんだかんだって……」
流石に適当すぎただろうかと殺は悩む。
なら呪いの内容だけを答えようと殺はまた口を開く準備をした。
それだけは話せる、それとも全部話そうか?
そっちの方が自分が楽になるかもしれない、昔を擦り減らせれるかもしれない。
そう思ってしまった。
だから決めた。
「全て聞きますか?」
陽に最後の判断を委ねた。
勿論、答えは聞くであった。
「では、先ず私の出生から……先程答えた通り私は神木から生まれてきました。それも人間界の……」
「人間界!?」
陽は驚く。
それもそうだ、殺の出身地が人間界なんて誰が想像できただろうか。
話はまだまだ続く。
「其の神木は百年に一度、何人かの特別な子を生み出す木だったのです。そしてその神木のある村の人々はその子たちを神へ捧げるのが習慣でした。要するに生贄ですね」
生贄……、絶句しかない。
陽はただ黙っているしかできなかった。
人間のすることは野蛮で恐ろしい。
陽は少し顔を怒りに歪める。
それを殺は宥めて話の続きを聞くか訊ねる。
陽は全てを知ることに決めた。
「私の他にもう一人、男の子が生まれていて……
其の子が如何やら私に惚れてたらしいのです」
「……」
「生贄にされる予定の日のことでした……。死ぬ覚悟を決めて普段通りに起きて外に出ると外は真っ赤に染まっていました。何が起きたかわからずにいるともう一人の生贄にされる筈だった子が……。私はその子にこれは貴方がやったのかと訊けばその子は首を縦に振りました」
昔をだんだん思い出す。
あの全てが変わってしまった日……。
殺の始まりの日を……。
「男の子は全て私の為だと言いました。生贄にさせない為だとか……。男の子は私に手を差し伸べて一緒に生きようと言ってきましたが私にはその笑顔が恐怖でつい手を払いのけてしまいました。おかしいですね……、普通に仲が良かった筈なのに……」
赤い紅い日……。
呪われたあの日……。
殺の誕生。
「続けます。するとその男の子は私の頭を乱暴に掴み上げて呪いをかけました。ずっと男でいる呪いを。私には女としての夢がありました。普通に結婚して赤子を孕む夢……まぁ生贄には無理でしょうが……。ですがその夢がある限り私は誰も愛せないし愛されない。それをわかっての呪いでした」
「男同士でも恋愛出来るのではないか?」
……確かにそうなのだが訳がある。
「さっき私は子を孕むのが夢と言いました。それと男として生きる呪い……。つまりはどの道夢は叶わないのです。」
その言葉で全てがわかってしまった。
男として生きるのなら母として生きれないではないか。
なんて身勝手な呪いを……。
「ですが……」
「ん?」
突然、殺が言葉を詰まらせる。
何かあるのかと思い、訊ねた。
「何かまだあるのか……?」
恐る恐る訊けば出てきた言葉は予想の遥か上を行く言葉だった。
「この人生が最近何故だか楽しくなってきたのです」
「え?」
母として生きるのが夢ではなかったのでは?
そう疑問を浮かべていれば殺は言葉を放つ。
「貴方を見ていると理由はわかりませんが、私の中の何かが騒いでくるのです。まるで男の気分だ。そして貴方のことをもっと知りたいと思ってしまう……。だから次は貴方の番です。私に全てをさらけ出してください」
「うぅ……」
思わず目を閉じてしまう。
何せ陽にとっては殺はかっこよくて自分を助けてくれた存在だ。
キラキラし過ぎていて目がチカチカする。
頭の中が真っ白になっていってしまう。
「僕は……好きな食べ物は激辛煎餅!」
「はい……」
殺は微笑ましそうにどこか大切なものを見るかの様な目つきで見つめる。
陽の少し焦った動作や表情、声、それら全てがまるで愛おしいかの様に。
「血液型はA型!」
「はい」
「犬派だ!」
「私もです」
「身長は179cm」
「男装している時の私より1cm高いですね」
「西洋文化に興味がある!」
「私も興味あります」
自己紹介は続いていく。
きっと疲れるまで彼らは続けるのだろう。
きっとその頃には彼らはお互いを理解しあっているのだ。
きっと親睦を深めていっているのだ。
「疲れたな……」
「ええ……ですが……」
「?」
「貴方のことが沢山知られて本当に良かった」
「なっ!?」
殺は息を吐くかの様に恥ずかしい言葉をサラッと言う。
その言葉と真剣な目、少しはにかんだ笑顔にドキドキしてしまう。
もう一人ではないんだと陽は嬉しさを少し隠して上を向く。
何で隠すかって?殺に調子に乗られてはいけないからだ。
するとある疑問が浮かんだ。
どうやって殺は地獄に来たのだろうか?
気になって仕方がない。
最後の質問として陽は殺に訊いてみる。
「お前はどうやって地獄に来たんだ?」
殺は普通に答える。
「生贄になる日に神の子として閻魔大王に引き取られる予定だったらしいです。私は予定通りに引き取られましたが……あいつは……」
「……」
「中国の地獄に引き取られていきました。」
「何でだ?」
素直に疑問をぶつけるのはまだ幼い証拠といったところだろうか。やはり子共だ。
「日本に置いておくのを十王全員が却下した結果です……」
「そうか……」
殺の昔語りはもう終わった。
暗い暗い昔語りなど終わりでいいのだ。
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