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翠の童
しおりを挟む殺は黒いスーツに着替えていた。
全くもっていつから持ってきていたのかわからないそれを見にまとう殺は戦意をその目に宿している。
暗く灯のない時間の閻魔殿に真っ暗闇色をしたコートが静かに揺れる。
時刻は深夜を刻んでいた。
殺は手に持っていた夜食の菓子パンを食べて裏切り者を探し、待つ。
夜闇に殺の鋭い目が赤色の光を放つ。
彼は式神と自分を一体化して式神の見ている景色を見ていた。
今回の式神は歩く監視カメラの様なものだ。
殺は早く裏切り者を殺したがっている。
だがそれは今日は出来ない。
何故なら今日は閻魔が仕事で閻魔殿に残っているからだ。
流石にリスクを冒してまで裏切り者を殺すのは気が引ける。
もし自分に処罰が下れば閻魔とは居られなくなる……それだけは避けたい。
「はぁ、早く現れろ」
そう呟く彼は疲れていた。
今日も人殺し課では仕事をサボる馬鹿が出て、それを大声で怒鳴ったからだ。
体力が削られていくというのが仕事の感想、それ以外の感想は最近は特にない。
人殺し課は結構馬鹿らしいことで騒ぎを起こす。
でもそれは平和な証で皆からは面白がられていた。
でも殺は平和ではない。
人を積極的に殺したくはないというのは平和的だが、裏切り者には容赦がない。
一度だけでも悪いことをすれば悪人、悪人は何度でも残酷なことをする。
はたしてそんな者に慈悲など与えるのは良いのか?
答えは『いいえ』だ。
そもそも閻魔だって悪人に慈悲を与えない。
世の中はそんなものだ。
悪いことをすれば悪い。
だからそれ相応の処罰が下るのも当たり前にすぎない。
なので殺は悪人に処罰を下すのだ、彼は行動としては悪いことなんてしていない。
裁きというものを下しているだけだから。
『嫌な予感がするのです……』
不幸の鬼はそう言う。
殺はそれを疑問に思って訊き返す。
「何がなんですか?」
嫌な予感という言葉が気になって仕方がない。
不幸の鬼がここまで焦って怯えるなんて滅多にどころか今まで一回もなかった。
だからこそ重要な気がしてならないのだ。
『昔の気配がします……』
「昔?」
昔ということは不幸の鬼の時代なのだろう。
不幸の鬼は相変わらず怯えている。
それにしても昔とは不幸の鬼の元家族……敵。
その答えに辿り着いた殺に悪寒が走った。
その時だった。
『何かが居ますよ!』
不幸の鬼がそう叫んだ。
式神の視点に殺は急いで合わすと普段すらも人の出入りがない人殺し課に誰かが居たのだ。
殺はすぐさま走る。
「捕まえてやる」
~~~~
コツコツと革靴の音が鳴り響く。
「見つけましたよ」
殺は歪んだ笑みを浮かべて目の前の人物の肩を掴む。
だが……。
「見つけたのはこっち」
目の前の人物は不敵に笑い意識を手放す。
何が起こったかもわからないでいると不幸の鬼が焦り始めた。
『懐かしい……きっと兄様の童……殺様!彼等は裏切ったのではありません!』
「はあ?!」
『乗っ取られていたのです!そして恐らく本体は閻魔君の下に!」
「護衛が乗っ取られたら厄介だ……!急ぎますよ」
殺は全身全霊の力を込めて走る。
間に合う様に、凄惨な光景を防ぐ為に。
「みーつけた!閻魔!」
「は?」
閻魔は先程までとは違う従者の態度に戸惑いが隠せないでいた。
何が見つけたなのだろうか、などと疑問符を浮かべて訊ねようとするが。
「死んでよ」
ズシャリ。
何かが斬れる音がした。
目の前は赤色に染められていて何がなんだかわからない。
だが鋭い痛みが腹に広がる。
瞬間に理解した、自分が斬られたのだと。
だが何故か死んでいない。
もっとダメージがある筈だったのに。
すると。
「邪魔しないでよ、紅色」
「ギリギリですか……!」
殺が従者の腕を掴んでいた、恐らくそれでダメージが少なかったのだろう。
だが閻魔から光が洩れる。
閻魔にも、殺にも何が起こったかがわからない。
従者はまた意識を手放す。
そして現れたのは黒い人影、だんだんと影は薄くなり人が現れる。
「やっと実体を取り戻せた……気配が近いとは感じていたけどまさか閻魔に俺たちを封印していたなんて」
黒いコートを着た栗色の髪の男はにこやかに笑う。
「手間をかけさせやがって、全員死んじまえ」
「死ぬのは貴方ですよ」
殺は黒い男の前に立ちはだかる。
瞬間に男は顔を憤怒で歪める。
憎いものを見る目は鋭く尖って光を映さない。
「俺を殺す?やってみろよ。無理だろうけど」
「私は出来ないことは言わないので」
更に男が怒りで顔を歪める。
だが殺は男の怒りにも、これから訪れる死闘にも恐れを見せない。
彼は怒っているのだ、愛しい親という存在が傷つけられたことに……。
さあ、勝負が始まる。
お互いの力を見せ合う牽制の勝負が。
勝利はどちらの手に?
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