地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

文字の大きさ
79 / 167

守りし者

しおりを挟む

 今日の地獄はいつも以上にドタバタしていた。
 何せ人間界を守ってきた妖怪の頭領が顔を見せに来るのだから。
 殺も労いの言葉をかけようと考えたりして頭を悩ましていた。

 よりシンプルに短く、それが殺である。
 殺は取り敢えず徹夜だったこともあり閻魔殿の風呂に入っていく。
 風呂が完備されているのは職員に二十四時間働けとのことかと殺はシャワーを浴びながら考える。

 だがそんなに長い時間を風呂で過ごすわけにはいかない。
 殺はさっさと頭と顔、体を洗うとすぐに風呂から出る。
 夏だからこそ脱衣所も暖かい。
 だが冬になると寒くて風邪をひいてしまいそうになる。
 だから暖房を完備してくれと文句がくる。

 殺は洗濯しておいた服を身にまとう、と言ってもいつもの狩衣だが。

 人間界を守る妖怪の頭領……それはいくつかの組織を束ねる存在。
 彼らが居るからこそ人間界が妖怪の被害を受けなくて済む。
 いわゆる、救世主なのだ。
 殺は彼らを心から尊敬する、それは同じ守るものがあるからこそだ。

 そんな頭領が今日、閻魔殿に来る、それだけで胸が高鳴る。
 殺は閻魔殿の自室に向かう、なにせ今日会うのは殺だけだからだ。
 自室でそわそわする心を落ち着けて冷静に妖怪の頭領を待つ。

 すると扉の開く音が聞こえた。
 殺は一瞬で顔をあげれば、そこには大人びた立派な男がいた。
 身長は180cmほどだろうか?
 つり上がった目なのに、怖いという印象は与えない。
 だが威厳というものに満ち溢れている。

「失礼します。殺様、会いに来ました」

「そこで立ってないで入ってどうぞ」

 少し殺はにやついていたかもしれない。
 だが、それほどに彼に会えたことが嬉しいのだ。
 殺はニヤつきを抑える為に小さく咳払いをする。
 それが頭領……悠(ゆう)にはわかっていて遠慮なく笑ってしまう。
 殺はそれに不機嫌を表したが相手にもされなかった。

「よく頑張りましたね、これからも期待しています」

「ありがとうございます」

 もう少し褒めれば良かっただろうか?殺は不安になってしまう。
 それでも目の前の人は笑っていた。
 そして殺には訊きたいことがあった、人間界のことだ。
 それを見透かしていたかの様に悠は人間界のことを語り始める。

「人間は優しいですよ、拾った財布を交番に届ける。立派でした」

「……そうですか!」

 殺は人間が大好きだ、だからこそ気になってしまう。
 だが、良いニュースだけではない。
 悪いニュースも勿論ある。

「今日も人が人を殺しました」

 殺は表情を暗くする。
 地獄というものがわかってない人間がまた罪を犯したのだ。
 地獄での仕事が増えるうえに人間にそんなことをしてもらいたくなかった。

 そんな殺を見て悠は彼を落ち込ませない様に、また報告をする。

「良いことだらけではないですけど先ほど言った通り良いこともあります」

 悠は語り始める。

「公園の花壇の花が綺麗に咲いていて……あれも人間のおかげです」

 殺は表情を元に戻す。
 人間の事件に妖怪は割り込めない、それがわかっているので良いことだけを考えることにした。
 殺は他にも話をせがむ。
 悠は笑って人間界で起きた珍しいことを語る。

 二人は自然と笑顔になり話に花を咲かす。
 殺はこの前買ったお高いお茶を惜しみなく悠に注いだ。
 殺の労いのつもりだった。
 それが分かり、悠はまた笑顔になる。

~~~~

 どれほど時間が経っただろうか?
 午前を回っていた針は午後を回っている。
 そろそろ人間界に帰らねばならない時間だ。
 いつまでも頭領が居なければ組織も困るだろう、
 殺はこの時間を名残惜しく思うが、相手にも仕事がある。
 だから仕方ないことだ。

「そろそろ帰らねばならないですね」

「そうですか」

 殺は寂しさを隠す、だが眼前の人物は真剣な目をする。
 そして言葉を放つ。

「 寂しさは隠さなくていい、感情は隠さなくていいんだよ」

 悠は優しく子供を諭すかの様に言う。

「でも貴方には笑顔が似合いますね」

 悠は優しいのだ。
 ちゃんと言いたいことを言葉を選んで言っている。
 失礼のない様に、言いたいことが伝わる様に。
 悠は言葉を紡ぐ。

 彼は殺に背を向ける、だがその背は語っていた。
 また来ると……。

「私は守りたいモノの為に戦うのです。貴方も戦いを……それでは」

 守りたいモノの為に戦う。
 それが彼であるのだ。
 殺は願った、彼が無事である様に、自分も彼と同じ様に地獄を守れる様にと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

辺境の無能領主、聖女と信者に領地を魔改造されて聖地と化した件〜俺はただ、毎日ジャガイモを食って昼寝したいだけなんだが?〜

咲月ねむと
ファンタジー
三度の飯より昼寝が好き。特技は「何もしないこと」。そんなグータラ貴族の三男、アッシュ・フォン・バルバドスは、ついに厄介払いされ、狼が出るという噂のド辺境「ヴァルハラ領」を押し付けられた。 「これで心置きなくグータラできる」と喜んだのも束の間、領地は想像を絶する貧しさだった。今日の食事も、裏庭で採れたジャガイモだけ。そんな絶望的な日々を送るアッシュの元に、ある日、王都から一人の美しい聖女セレスティアがやってくる。 政争に敗れて左遷されてきたという彼女は、なぜかアッシュを見るなり「神託の主よ!」とひれ伏し、彼を現人神として崇め始めた!アッシュが空腹のあまり呟いた「天の恵みはないものか…」という一言で雨が降り、なけなしのジャガイDモを分け与えれば「聖なる糧!」と涙を流して感謝する。 こうして、勘違い聖女による「アッシュ教」が爆誕! 「神(アッシュ様)が望んでおられる!」という聖女の号令一下、集まった信者たちが、勝手に畑を耕し、勝手に家を建て、勝手に魔物を討伐し、貧しい村を驚異的なスピードで豊かにしていく! 俺はただ、ジャガイモを食って、昼寝がしたいだけなんだ。頼むから、俺を神と崇めるのをやめてくれ! これは、何の力もない(はずの)一人の青年が、聖女と信者たちの暴走する信仰心によって、意図せずして伝説の領主へと成り上がっていく、勘違い領地経営ファンタジー!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...