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暗殺者の昔話

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 葛葉は父親を敬っていた。
 それは家を守る存在として、病気がちの母親を支える存在ととして。

 葛葉は父親を敬っていたからこそどんな修行にも耐えられた。
 たとえ当主になれなくとも父親みたいに強くありたい。
 そう彼女は願っていたのだ。

「葛葉、今日も修行を頑張ってて偉いな」

「当たり前だ!お父様みたいになりたいからな!」

 葛葉は父親みたいになりたいからこそ口調も真似た。
 いつしかその口調が本当になってしまったが、それが彼女には嬉しかった。

「葛葉……よく強くなったわね」

 病気がちの母親が葛葉を褒める。
 葛葉の暗殺者としての成長を母親は認めて讃えた。
 より良い暗殺者になる為、当主になれなくとも家を守る存在になりたい。
 彼女はそう思った。

「仕事をしてくる」

「いってらっしゃい!」

 暗殺前に明るく見送りをする。
 これから人を殺すのに明るいとはある意味だが狂っていた。
 けれども、仕事を頑張る父親が好きだから仕方がない。

 父親が仕事をしている間は葛葉は母親と二人きりだ。
 長男は修行にまだまだ専念していて帰ってこないからだ。
 葛葉は少し寂しい気持ちになる。
 大好きな父親が居なくて不安になった。
 だが母親はいつも笑顔で呟く。

「大丈夫、お父さんと約束したからね」

 葛葉は何の約束かはさっぱりわからなかった。
 だが、それはきっと父親が仕事を早く終わらせて帰ってくる約束だと葛葉は一人で解釈する。

「大丈夫、帰ってくる!」

 葛葉は母親の前でそう叫ぶ。
 すると母親はやはりいつもの笑顔で「早く帰ってくればいいわね」などと言った。
 葛葉にとって父親は尊敬に値する存在、母親は頼れる存在。

 いつも修行を終わらせれば葛葉は母親に甘えにいく。
 母親も暖かく抱き締めてくれて毎日が幸せだった。
 だからこそ何年、何十年もの修行が耐えられた。

 しかし母親の病状は常に酷くなっていく。
 だが父親はそんなこと関係ないかの様に毎回、仕事に出かけていた。
 葛葉は不安に思う。
 父親と母親は約束をしたのではないかと。
 ずっと一緒に居るのではないかと。

 母親の病状が悪化してから更に数十年が経つ。
 その頃には葛葉には父親への疑心暗鬼でいっぱいだった。
 まだ子供だった葛葉は何をすればいいのかわからない。
 如何すれば母親が元気になるか?毎日が不安で仕方がなかった。

 だがある時のことだ。
 母親にまた褒められたいが為に、母親を元気にしたいが為に修行に励んでいた葛葉に一報が入る。

「葛葉様!!奥方様が!」

 葛葉は焦った、母親の最悪な結末を予期して焦った。
 修行からすぐさま帰って、家に着いた時間は夕方だった。
 早く母親に会いたい。
 母親はどうなっているのか?無事なのか?
 葛葉は一人で考える、だが当たった予想は最悪なことだった。

「お母様!!」

「く……ずは」

 弱々しい声で葛葉の名を呼ぶ母親の口元は血でいっぱいである。
 おそらくは血を吐いたのだろう。
 母親の横には父親も居た。その事実に一瞬だが、やはり二人は愛し合っていると思えた。
 だが違った。

「仕事に行ってくる」

 尊敬していた父親はそんな報告をする為に母親のもとへ来ていたのだ。
 母親は今にも死にそうなのに、何で仕事に行ける?
 葛葉の中にあった父親への尊敬はすぐさま消え失せ、疑念は憎しみへと変わる。

「お母様がこんな時によく仕事に行けるな!」

「仕方ないだろう、仕事なんだから」

 葛葉は今まで父親を尊敬していた分、涙が出た。
 憎しみは確かに胸を占める、だが愛していたのも事実だ。
 葛葉は辛い思いを抱えて暴言を吐く。

「約束破り!嘘つき!もう私は暗殺者をやめる!」

「……」

 父親は黙る。
 黙って仕事へ行く準備を整えていた。

「なんとか言えよ!!」

 だが父親は何も言わない。
 そのまま無言で家を仕事をする為に出て行ってしまった。

「なんでだ……」

「だい……じょ……うぶ。約束……したから」

 葛葉はこの状況でも約束を信じる母親を見て泣くしかなかった。
 そうして数分も経たないうちに葛葉は母親の最期を看取って泣いた。

 母親が褒めてくれない人生、最悪の父親。
 葛葉は暗殺者をやめて家を出ることにしたのである。
 だが彼女は笑った。

 自分の人格まで残酷な性格に変えられていたことに。

 今まで人を殺しても楽しかった。
 暗殺の実習が楽しかった。
 人を様々な方法で殺して、認められ、褒められる。
 それが嬉しくて仕方がなかった。

 だから葛葉は作った。
 今と真反対の人格を。
 それがいずれ本当の人格になることも知らずに……。


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「侵入者が一人来た様だな」

「Mを返してもらいましょう」

 狭い空間。そこで暴れ狂う葛葉、とてもだが戦える状況ではない。
 だが悠斗は手を上げる。
 すると空間は有り得ないほどに広くなり、葛葉は縄で一瞬で拘束される。

「クソ親父がぁぁぁぁぁぁ」

 葛葉に使用されている縄はどうやら特別製な様で彼女は身動きがとれなくなった。

「自分の娘の意見を聞かないとは……親として最低ですね」

「これでも約束したんだ、大切な人との約束を」

 二人は刀を抜く。
 戦闘態勢が整った証拠だ。
 さあ、何方が勝つか?
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