地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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彼の悲劇

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 これはとある昔の話。
 彼が初めて人を殺した惨劇の話だ。
 今までの普通の日常が崩れ去る、壊れていってしまう。
 彼は何故、狂ってしまったのか?


~~~~


 ある日の事。
 まだそれなりに小さかった殺は今日も仕事を頑張ろうと張り切って閻魔殿へと向かっていた。
 暑い夏の日、ただでさえ灼熱の地獄が更に暑くなる。
 殺は汗を滴らせながら書類を運んだ。

「おはよう!殺ちゃん!」

「おはようじゃな、殺!」

「今日も頑張ってるな!」

 閻魔殿へ辿り着けば閻魔と御影とサトリが雑談を交わしていたところであった。
 殺は内心では仕事をしろと言いたくなったが、今は完成させた書類を閻魔に渡すのが最優先事項とみなし、閻魔に書類を渡す。
 すると閻魔は大きいが、そこまでゴツゴツとしていない手で殺の頭を撫でて褒めた。

「よく頑張ってくれたね、じゃあ閻魔さんも張り切っちゃうよ!」

「普段からそうしてくださいよ」

「殺は毒舌じゃな!」

 笑いが飛び交う。
 普段は笑わない殺も、なんとなくだが少しニヤリと笑った。
 その笑顔を見て皆は上機嫌となり、仕事をちゃんとしなければと思い始める。
 珍しく真面目といったところか。

「そうだ!」

「……ん?何ですか?閻魔大王」

 閻魔の大きな声に殺は若干だが驚きつつも、ちゃんと彼の話に耳を傾ける。
 すると閻魔は自分の身長より高い玉座から降り、何かを手に取り殺へと差し出した。

「これは……」

「私からのプレゼント!殺ちゃんも少し大きくなったでしょう?だから記念に!」

 閻魔が殺に手渡した物は立派な鞘に収まった刀だった。
 鞘から抜き出してみると刀自体も美しく光っていて殺は言葉を失う。
 だが、殺が言葉を失ったわけは刀が美しかったからだけではない。
 閻魔が自分に贈り物をくれたからでもあった。

「……ありがとうございます!」

「どういたしまして!」

「良かったな!殺!」

 そう言ってまた笑いあう。
 それが楽しかった、いつも幸せだった。
 こんな日常が来るなんて、生贄として捧げられた自分は幸せにはなれないと思っていた。
 だが、それも覆されたんだと殺は笑う。
 この頃はまだ彼は純粋な白だった、今の不純な紅色とは違っていた。
 この頃は……。


~~~~


「ふふふー!」

 夜の暗い閻魔殿で殺は上機嫌に笑う。
 今日は仕事が長引いて夜の遅い時間まで残ってしまったが、閻魔がくれた刀を持っていたのでまだ上機嫌だった。

「早く帰らないと!」

 カランと彼の下駄の音が閻魔殿へ鳴り響く。
 殺は急いで帰り支度をして、軽く走っていた。
 その時だった。

「……こ……る……」

「ん?」

 誰も居ない筈の部屋から声が聞こえた気がした。
 だが、この課は今日は仕事を早く終えて全員が帰宅した筈ではと殺は疑問に思う。
 疑問には思った。だが忘れ物をしたのではと思い、部屋の前から去ろうとした時だった。

「これで閻魔を殺せる……!」

「え……?」

 殺は部屋の前から立ち去れなくなる。
 今、この部屋の中から何と声が聞こえた?
 閻魔を殺せる。
 確かに声はそう言った。
 殺は自分の聞き間違いと信じたかった、地獄で働く者は皆が家族とそう信じてきた。
 だから聞き間違えであるようにと彼は願う。
 だが声は無情だった。

「この計画が成功すれば……閻魔を殺せれば!」

 それは聞き間違えでもない。
 裏切り者の声だった。
 その瞬間に殺は酷く怒り、憎しみを募らせる。
 信じてたのに、そう彼は思っていたのだ。
 そして殺は焦る。
 閻魔が殺されるのではと思い焦った。
 まだ幼かった彼は閻魔が殺されてしまうと信じきってしまい強い焦燥感に襲われた。

 ふと殺は己の手へ目を向ける。
 そこには閻魔からプレゼントされた刀が握られていた。
 殺は笑った。
 これは閻魔が裏切り者を殺せと贈ってくれたんだと思うことにして笑った。
 殺は部屋の中へ入る。

「誰だ!?」

「うォォォォォォォ!」

「ぐあっ!?」

 血が空中を舞う。
 勢いよく振り下ろされた刀は裏切り者を半分に斬り、真っ赤に光った。
 血がぶしゃりと噴き出る。
 辺り一面が血の池地獄のように真っ赤に染まる。
 いや、血は池を作っていた。
 殺は家族と思っていた者を斬って泣いた。
 信じていた分とても辛かったのである。
 だが、こうも思った。

 嗚呼、これで閻魔の役に立てたと。
 泣きながら恍惚とした表情を浮かべる。
 殺は悲しみながら笑っていた。
 閻魔にプレゼントされた刀で初めて斬った者は家族だった。
 殺は現実の非情さを嘆いて辺り一面の血を拭った。


~~~~


 家族だった者を細かく斬り刻む。
 斬り刻んだ肉はバケツに入れ、家畜のもとへと運んだ。
 家畜は口を真っ赤に染め上げながら、ぐしゃぐしゃと汚く、卑しく肉を食べ進めていく。
 それを見て殺は思った、これが裏切り者の末路なんだと。
 自分は悪くない、正義を貫いたのだと思った。

「ははは、笑えますね……」

 そう気力のない風に笑う殺はまだとても弱々しかった。


~~~~


 初めて家族だった者を殺してから数日が経った頃である。

「あの子……数日前から無断欠勤してるけど如何したのかなぁ?」

 閻魔は心配そうに呟く。
 それを見て殺は溜め息を吐きながら閻魔に書類を叩きつけた。

「家族を心配する前に仕事を!」

「でも……」

「でもじゃない!」

 殺はいつも通りだった。
 いつものように真面目に仕事をして閻魔を叱る。
 本当に日常のようだった。
 閻魔は殺に怒られて仕事を開始する。

「ようやく仕事をする気になったのですね。それにしても……」

「んー?」

 閻魔は仕事をしながら殺の話を聞く。

「……今日は良い天気ですね」

「……地獄はいつも真っ赤な夜だよ。殺ちゃん」

「そうでしたね」

 そう言いながら閻魔の方へと向いた殺の顔は滅多に見れない満面の笑みだった。
 その笑顔は歳相応で明るく幼い可愛らしい笑みだった。

 家族を殺して笑った彼はもうおかしくなっていた。
 一言で言おう。
 殺は狂っている。
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