上 下
108 / 167

不純

しおりを挟む

 さあ、勝つのは何方か?


~~~~


 御影は自分が弾き飛ばした詩織に容赦なく斬撃を繰り出していく。
 詩織は御影の攻撃が重くて防戦一方だった。
 御影と詩織の差……、それは戦いの経験の差であった。

 実は詩織、こういった戦いに赴くのは今日が初めてだった。
 初めての戦いでの相手が修羅をも従えた歴戦の覇者……、差は一目瞭然である。

 だが詩織は諦めない。
 己が敬愛する恩人が自らを頼ってくれた。
 それが嬉しくて刀を握る手が強くなる。

「早く諦めるんじゃ!」

「まだ諦めませんよ!」

 詩織は仕込んでいた剣をもう一つ取り出し御影に攻撃をいれようとする。
 それは誰が見てもおぞましい殺意に満ち溢れていて、これが本当に少女なのかと疑問を覚えさせられてしまうほどだ。
 サトリに至っては若干だが顔が引きつっている。

「強情な娘じゃのぅ!」

 すると一瞬だが御影は別の気配に気づく。
 どこか恐ろしい、奇妙な気配に……。
 しかも数が多い。

「上じゃな!」

 御影は空から降ってきた鬼のような者の攻撃を防ぐ。
 だが鬼の力は予想外に強く、油断していた御影の腕に擦り傷を負わせるくらいだった。

「ぬぅ……、儂としたことが」

「あっははははは!その式神はさっきまでとは別格ですよ!この時の為に取っておいたんですから!」

 少女はまるで面白いかのように笑う。
 そうだ少女はこの殺し合いが嬉しくてたまらないのだ。
 あの方が頼ってくれたのだからと喜んで張り切っているのだ。

「さあ!私の式神たち!存分に暴れなさい!」

 詩織の合図をきっかけに鬼たちが御影を取り囲む。
 御影は囲まれているうえに、ここは狭い街中だ。
 戦いにくいったりゃありゃしない。
 すると御影は一瞬だが隙を作る。
 それをいいことに詩織は式神たちに命令をくだす。

「今よ!彼奴を殺しなさい!」

 鬼たちが御影に覆い被さる。
 その際にぐちゃぐちゃと肉が斬り刻まれる音が響いていく。
 血が吹き出す、肉が切れる。
 それはそれはとても残酷で凄惨な光景で誰もが目を背けた。
 詩織は自分に勝利の女神が微笑んだと、そう思った時である。

 式神たちが御影から吹き飛ばされていったのだ。
 その時にわかった。
 斬り刻まれたのも、吹き出た血も全てが己が式神だったことを。
 
「そんな……嘘よ!」

「嘘ではない」

 御影は詩織に近づいていく。
 詩織はもう御影に勝てないと確信していた。
 何故なら今、召喚した式神たちは自分よりも強い者たちだったのだから。
 そんな自分よりも強い者たちが集団で戦ったのに勝てなかった。
 そんな事実があるから詩織は最早勝てないと諦めていた。
 詩織は自分に残されているのは、己が主君を守るべく敵に殺されないように自害する道だけであった。

 詩織は己が刃を自分の腹に向ける。
 だが御影はそれを許さなかった。

「死ぬのではない!」

「何で敵の貴方がそう言うのですか?」

 詩織は腹に突き刺そうとした刃を止め、虚ろな目で御影に訊ねる。
 すると御影は鬼のような形相で詩織に答える。

「生きて償うのじゃ!儂はお主に死んでもらいたくない!ちゃんと生きて償いの道を果たすのじゃ!」

 死んでもらいたくない。
 御影の言葉に詩織の心は揺れ動く。
 この人は人と真剣に向き合って生きている、だからそんなことが言える。
 そうして過去を振り返る。
 生きたい、昔にそう思った。
 生きてあの方の側に居たい、そう思った。
 たとえ罪を犯した所為であの方の側に居られなくなっても、またいつの日かあの方の側に、隣に居たい。
 そう思った。
 それに、死にたいなんて自分の意思でもなかったから。

「私……生きて良いのですか?」

「勿論!」

 詩織は少しすっきりしたかのように笑顔になる。
 だがその時だった。

「任務を果たせないなんて駄目な子ですね。まぁ、元から期待などしていなかったのですが」

 上空から静かな鈴の音のような高い綺麗な声が響く。
 皆が上を向けば、この場所に居る筈のない者が宙に浮いていた。

「秦広王……?!」

「秦広王様!」

 詩織は叫ぶ。
 殺は何が起きたかさっぱりわからなかった。
 すると秦広王は笑う。

「何も出来ない子は要りません。貴方は用無しですから私の力の源になりなさい」

「え?」

 その瞬間だった。
 詩織の身体に何かが突き刺さる。
 それは見間違うことなどない、刀であった。

「あっ……あ……」

 刀が生肝を抜き出していく。
 その肝は秦広王のもとまでゆっくりと運ばれていく。

「嗚呼、美味しそう」

 がぶり、そう肝をぐちゃりと音をたてて食べる秦広王の口もとは血に染まって真っ赤な色だった。

「……貴方が詩織さんの言っていた、あの方だったのですね。秦広王」

「そうですよ。殺殿」

 秦広王はにこりと微笑んで答える。
 その笑みには狂気が見え隠れしていて見る者に悪印象しか与えない。

「お前の狙いは何なんだ?」

「それは殺殿を目に映す女性を殺す為ですよ。陽殿」

 疑問しか生まれない答えだった。
 だが次の言葉で真実がわかった。

「私は昔から殺殿が大好きでして……だから殺殿を私のものにしたくて……ってもうなっているのですがね。そして殺殿と私の障害物となる全てを無くしたかったのです」

 狂っている。
 感想はそれだけしか浮かばないだろう。
 殺は思い出した、少し前に平等王が秦広王は危険だと言っていたことを。
 危険とはこういうことかと殺は溜め息を吐く。

「でも世界から女性が消えればおかしいですよ。貴方は如何するおつもりですか?」

「おかしいと思われるならば洗脳すれば良いのです!女なんて存在、始めから無かったと!そして貴方がたも洗脳して今日のことを忘れてもらう……、完璧です。でも……」

 秦広王は憎いものを見るかのような目で陽を見る。

「陽殿……貴方には死んでもらいます。殺殿を独り占めしようとしたってそうはいきませんよ」

 瞬間に陽を時空の歪みが包んでいく。
 それは秦広王も一緒だった。
 おそらくは自分で陽を殺そうとしているのだろう。

「陽!!」

 殺は叫んで陽が包まれていく時空の歪みに入る。
 間一髪で陽と同じ世界に入れた殺は安堵を覚えて前を向いた。

 今、居る場所はどこかの森だ。
 目の前にいる秦広王は美しい顔を憎悪に歪めて陽と殺を見る。

「何故?!何故その者を助けようとするのですか?!」

「仲間で恋人ですから」

 殺はあっさりと答える。
 それに秦広王は笑い声を上げる。

「殺殿!貴方は私の恋人ですよ!私を嫉妬させようとわざとその者を恋人もどきにしたのですよね!」

「は?私の恋人は陽ですが。秦広王、貴方は勘違いなさっているのでは?」

「覚えてないのですか?あの日、私たちが愛しあった日を!」

「ええ、覚えていません」

 殺は自分が何かしたかを考える。
 だが思い当たる節が何一つない。
 すると秦広王は語り始める。

「昔、階段から落ちそうになった私を抱き抱えて助けてくれたではありませんか!その時に私たちはお互いに惹かれあい……、それからも笑顔を向けてくれたではありませんか!」

 そんなこともあったような……。
 だが笑顔に至っては営業スマイルだ、他意はない。
 それを秦広王に告げればまたも笑いとばされる。

「殺殿は照れ屋ですね、ですが私たちは恋人です。その者を殺しますから退いてください」

「嫌です。恋人の危機を救わずして何が恋人ですか」

「だから……もう良いです。殺殿、貴方にもお仕置きです」

 秦広王が大剣を二つ異空間から抜きとる。
 それが戦闘の合図だった。

「少し痛いめを見てもらいますよ。殺殿」

 さあ、勝負は愛が為に始まった。




しおりを挟む

処理中です...