地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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彼の真名

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 殺は生贄だった。
 昔の時代にはそうも珍しくないただの生贄である。
 昔とは残酷だ。助けてもくれない神を絶対と信じて命を貢ぐ。
 山の神がお怒りだ、海の神が乱心だ。
 そう勘違いしては粗末にしてはならない命を貢ぐ。
 実際は神は怒ってなどない。ただ自分の役割を果たす為に生きているだけだ。
 そんな時代に彼は、少女は生まれ、生贄となった。
 特別な神木から生まれて。
 本来なら少女は幸せな人生を歩める筈だった。

 そんな少女の人生が変わった日、全ての原点の話をしよう。
 少女の名前が殺になった日を……。


~~~~


「禍々しい目の童と金色の童か……」

 少女が生まれて初めて聴いた言葉は自分を恐れている言葉だった。
 だが金色の童という言葉に少女はもう一人、自分と同じ者が居るとわかった。
 何故、最初から人間の言葉がわかるのか自分でもわからない。
 だが、そこまで不思議に思うことはなかった。
 これが自分なんだと思っただけである。

 少女は禍々しい目をもう一度開けて隣を見つめた。
 その瞬間に少女はもう一人の童への興味が尽きなくなる。
 金色の艶めく髪に橙色の光を灯す目……。
 少女には全てが完璧に思えた。
 もっとこの者を知りたい、少女は純粋に金色の男の子に憧れを持っていった。

「決めた、この子らの名前は……優香と久遠だ」

 少女、優香は自分の名前を呼ばれ産声を上げる。
 優香は名前がついたことで生きてる証が出来て喜んでいたのだ。
 それに対し、久遠は自分の名前に興味がないかのように「うー……」と声を上げれば隣の優香を見つめる。

 すると久遠は急にきゃっきゃと騒ぎ出し優香に手を伸ばす。
 それを見た優香は自分に興味を持ってくれたのだと思い、嬉しさのあまり差し出された手を急いで掴んだ。

「おぎゃ!きゃ!」

 久遠は暫くは騒いでいたが、生まれてくる際に力を使い果たしたのだろう、優香と共に眠ってしまった。


~~~~


「はぁ……、何故でしょう。私は何故こんなにも禍々しい目をしているのでしょうか?」

 生まれてから十年が経った頃、優香は己の目を鏡を使って覗きこみ溜め息を吐いていた。
 この目の所為で村の人々に恐れられ、自分も憎しみを溜め込んできた。
 まあ、村の人間と仲良くしようとも生贄にされるのを考えれば嫌われた方が良いかもしれないが。
 そちらの方が辛くない。

「優香!何を溜め息なんて吐いてるんだ?俺様がお菓子を持って来てやったから喜べ!」

「生贄の身なのに呑気ですね、久遠」

 殺は久遠の持って来たお菓子を見ながら少し棘のある言葉を吐く。
 今日、久遠が手に入れて来たお菓子は野いちごであった。
 お菓子なんてない時代には貴重な甘味である。
 それにしても何故、二人が自分達が生贄とわかっているかだって?
 それは村の長に前もって説明をされているからである。

 自分達が生贄と聞いた時の二人の反応はやはり違っていた。
 事実をすんなり受け入れる優香と、現実を受け入れたくない久遠……。
 この事実を聞かされた時は二人は五才だった。
 五つの歳の童にはあまりにも酷な現実で久遠に至っては暴れまわった程である。
 だが久遠も生贄になる日が近づいてくれば現実を受け入れたのか大人しくなっていった。

「この野いちごは甘いですね」

「え?本当か?」

「甘くないかもしれない物を渡すとは良い度胸ですね」

「手ぶらが嫌だったんだよ!好きな奴には何か贈り物をしたいもんだろ?」

「私は好かれてたんですね。あー良かったー」

「何か適当感が否めない」

 この会話をしている間は二人は少し笑顔を見せている。
 やはり二人で居るのが楽しいのだろうか。
 優香は久遠に野いちごを差し出して笑う。

「分け合った方が幸せですよ」

「……そうだな」

 久遠は野いちごに手を出し一つ、それをほうばった。
 甘い野いちごを食べて久遠は幸せそうに笑う。
 まるで本当に幸せを分け合ったみたいだった。
 優香はこの幸せが続けば良いのにと叶わない願い事を考える。
 だが考えても無駄だ、生贄になることはそれすなわち死を意味する。
 優香も現実を受け入れたは受け入れたが、本当はそんなことは嫌だった。

 だが、久遠が諦めてしまった。
 少女は現実を受け入れない久遠を見ることで勇気を貰っていた。
 生贄にならない勇気を貰っていたのである。
 そんな久遠が暴れなくなったのを見て優香は諦めてしまう。
 生贄になることを真の意味で受け入れてしまった。

「久遠……諦め「二人共」

「……!長……」

「少し話がある」

「話……?」

 そう疑問が浮かび上がっている間に二人は手を引かれて長の家に連れていかれてしまった。


~~~~


「長、話とは何ですか?」

「お前達の生贄になる日のことだ」

「……っ!?」

 生贄になる日、その言葉で二人に緊張が走る。
 死が迫って来ている、それがわかってしまう。
 だが優香は生贄になる覚悟は決めていた。
 だからこそ緊張はしようが足掻きはしなかった。

「で、いつですか?」

「それが……明日だ」

「「明日!?」」

 少女は驚いた、久しぶりに久遠が大きな声を上げたことに驚いた。
 長の話はこうだ、明日の早朝に神への貢物を集めて生贄の儀をするらしい。
 優香は冷静に村に飢餓が迫っているから早まったのではと考えた。
 少女は久遠も冷静に考えているだろう、そう思っていた。



~~~~


「なあ、優香……」

「こんな夜更けに何ですか?久遠」

 話を聞かされてからもう何時間も経った。
 すっかり夜も更けて真っ暗である。
 二人を照らす灯は僅かな蝋燭のみ、久遠と同じ橙色の炎が少年少女を照らす。

「一緒に寝ない?」

「……お化けが怖いなら仕方ないですね」

「そんな理由で良いぜ……」

 優香は何も言わなかった。
 そりゃそうだ。本当は久遠も怖い筈なのに、それをひた隠しにしている。
 そんな時にいつものような毒舌が吐ける訳がなかった。

「なあ、手を繋いでも良いか?」

「……良いですよ」

 二人は同じ布団の中で手を握り合う。
 久遠は恐怖があるのか若干だが汗ばんでいた。
 少女は現実に泣きそうになる。
 自分が、久遠が生贄にされるのを考えたら吐き気がする。
 本当はもっと生きていたかった、もっと遊びたかった。 
 女としての生を謳歌したかった。
 そんな思いで胸が支配される。

 だが少女は子供だった。
 子供だからこそ早くに眠気が来てしまったのだ。
 嫌だ、寝たくない。
 寝たら明日になってしまう。
 少女は生贄になる覚悟は出来ていても本当は死にたくなかった。

「大丈夫、俺様が守るから……」

 少女がこの晩に聴いた最後の声は久遠の声だった。


~~~~


「……もう朝か。久遠は先に起きたのでしょうか?」

 優香はもう何もかもを諦めていた。
 抗えない死の定めに疲れ果てたのだ。
 少女は諦めることで絶望を回避する。
 さらなる絶望が少女を襲うことを知らずに。


~~~~


「やけに静かですね……。ちょっと外に出ましょうか……」

 優香は家の最後の扉に手をかける。
 開けた扉の先の光景は初めて見る絶望の光景だった。

「こ……れは?」

 扉を開ければ地獄絵図、真っ赤な炎に包まれた真っ赤な人々……。
 肉が焼け、香ばしい匂いが辺りに充満する。
 逃げ惑う人々の肉が切り裂かれて血が土を汚した。
 血と臓物で汚された木々に土、それは昨日までの景色とは明らかに違った。

「全員消えたー!」

 優香は声の方向に顔を向ける。
 するとそこには血に汚れた久遠が笑いながら立っていた。
 久遠は少女に気づいたのか急いで少女に向かって走る。

「おーい!優香!」

「これは……貴方が?」

「勿論!」

 初めて久遠の笑みが恐怖に思えた。
 いつも一緒に笑い合っていた筈の顔が狂気に歪む。
 久遠は優香の恐怖に気づいていないのか、変わらない笑みのまま優香に手を差し伸べる。

「これで俺様達は自由になれるんだぜ!全てはお前の為だ!お前を生贄にさせない為!俺様はお前が好きだ。恋愛的な意味でだぜ!なあ、一緒に生きようぜ?」

 久遠の手が近づく。
 その手を少女は払いのけてしまった。

「な……んで?」

「近づくな!化け物ォォォォォォォ!!」

「なあ?優香?」

「五月蝿い!五月蝿い!」

 優香はもはや正常な判断が下せる状況ではなかった。
 身体を丸めて震えるその姿はとても弱々しい。

「全部……お前の為だったのに……!」

「ぐぁっ!?」

 優香の頭が久遠に掴まれる。
 その瞬間、優香の頭が、目が真っ紅に染まった。
 優香は何が起こったかわからない顔で血を吐く。

「俺様の告白を断った罰だ、暫く男として生きれば如何だ?お前、女として生きたかったらしいし丁度良い罰じゃないか!」

 優香は久遠の言葉に恐怖する。
 一度焼きついた恐怖と絶望は拭えない、拭えるとしたら、それが憎しみに変わる時だ。

「朝なのに真っ赤だな!まるで地獄の夜だ!」

 久遠は笑う、狂気に身を歪ませて笑う。

「決めた!お前の新しい名は殺!人を殺めるで殺!紅い夜の惨劇を引き起こした殺人鬼だ!殺人鬼にはお似合いの名前だろう?」

 少女は泣き叫んだ。
 この惨劇を起こしたのは自分だと思い泣き叫んだ。
 そうして憎んだ、己自身を。

「反省するまでその姿な!」

「君達が生贄?」

「……!誰だ!?」

 大人の男の声がした。
 とても優しそうで何故か安心できる声……。
 声の方向を見れば赤い豪華な着物を着ている男性が居た。

「やあ、私の名前は閻魔だよ。以後お見知りおきを」

「お前も……俺様達を生贄にするつもりか!?」

「え?何で?」

「五月蝿い!殺す!」

「全く……、これだから子供は厄介だな。えいっ!」

「ガッ!?」

 一瞬、何が起こったかわからなかった。
 ただ一つ言えることは久遠が何らかの力により動くことも、喋ることも出来なくなったことだった。

「……君の名前は何ていうんだい?」

「……え?私?」

 少女はいつもの調子に戻った気分になる。
 何故かこの男性の前では落ち着きを取り戻せるのだ。

「私の名前はゆ……」

「ゆ?」

 少女は迷った。
 自分の本名はとても優しいものだ、だが自分は優しくない。
 それにこの惨劇の引き金にもなった。
 ならば自分の名前なんて……。

「初めまして。閻魔大王」

「初めまして。君の名前は?」

「私は殺。この紅い惨劇の引き金となった忌々しい存在です」

 こうして少女は……否、彼は殺となった。


~~~~


 久遠と道を違えて幾千もの修羅を越えてきた。
 だが千年後……。


~~~~


「人殺し課!杏仁豆腐を持って来たぞ!」

「帰れ!」

「殺、それは酷いぜ」

 二人の道は自然と同じになっていた。
 殺は過去のことはまだ引きずってはいるが、それでも久遠を殺さなかった。

「杏仁豆腐だけ置いて帰れ」

「やっぱ辛辣だなー!……」

「何ですか?何か言いたいことでも?」

 殺は久遠をぞんざいな扱いをしながら杏仁豆腐に手をつける。
 すると久遠は笑った。

「優香じゃなくて良いの?」

「……その名前は捨てました」

 そう言う殺は笑っていた。




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