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1.婚約解消
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しおりを挟む課長があんぱんを差し出し、私はメロンパンを差し出す。
私はあんぱんを受け取ったが、課長はメロンパンを受け取らなかった。
「それも、食え。夜にでも」
「え、いいですよ。課長のお昼ご飯が減っちゃいます」
「一気にこんなに食うかよ。残ったら夜でも明日の朝でも食えばいいと思って残ってたのを適当に買っただけだ」
「遠慮なく、いただきます」
「ついでに、ほら」
袋から取り出されたのは、ペットボトルのコーヒー。ブラック。
「重ね重ね、ありがとうございます」
「ん」
課長が立ったままおにぎりの封を切る。
「あの、じゃあ、私は――」
「――お前も食ってけ。戻ってる時間ないぞ」
「え、立ち食い?」
「急げ」
確かに時間はない。
私はほんの一瞬だけ迷って、パンの袋を開けた。
「いただきます」
ぱくっとかぶりつくと、一気に三分の一ほどを噛み切り、咀嚼する。
こしあんが滑らかで、いくらも噛まずに飲み込める。
続けて二口目をかぶりついたところで、前方からの視線に気が付いた。
あんぱんを頬張っている姿をガン見されていて、目が合ったはいいけれど言葉を発せる状態ではない。
私は急いで咀嚼し、コーヒーで口の中を空にした。
「なんですか?」
課長は既に二つ目のおにぎりの封を開けている。
「好きなのか? あんぱん」
「はい。粒あんならもっと好きです」
「あ、そ」
大口開けて食べていたのを見られていたのは恥ずかしいけれど、本当に時間がないのだ。
私は課長の視線に構わず最後の一口を頬張った。
そこではたと気が付いた。
パンをいただいておきながら、こしより粒がいいなんて、一言余計だ。
またも大急ぎで飲み込み、頭を下げる。
「余計なことを言いました。あんぱん、美味しかったです」
「ああ」
「それから、お見苦しい所をお見せしてすみませんでした。業務に支障はありませんので」
「ああ」
「失礼します」
「木曽根」
「はい」
「お前が俺の誘いを断ってたのって、天谷に義理立ててか?」
「……は?」
課長は二歩私に近づくと、手からあんぱんのゴミをひょいとすくい上げた。それを、ビニール袋に押し込む。
「あ――」
「――残業終わりとか、飯誘っても頷いたことないだろ?」
課長は、残業する部下を残して帰らない。
だから、我が広報部ではほぼ残業がない。
私を除いては。
ただでさえ少数の部署なのに、林海さんのような戦力外を置いているから、誰かが彼女の分も働かなければならない。それが、私だ。
だから、必然的に残業が多くなり、課長が私の帰りを待つことも多くなる。
「林海さんの仕事をカバーするために私が残業している間に、彼女に恋人を寝取られたなんて面白くない笑い話ですよね」
言葉にするとすごく自分が滑稽で、笑えた。
惨めで、情けなくて、間抜けで。
悲しくて、寂しくて、腹が立つ。
「俺は、寝取られたことを笑うより、寝取ったことに怒るけどな」
「え?」
「ついでに、昼休みの職場で別れを告げる二股野郎にも」
「……」
以前の騒動では、林海さんのことはもちろんだが、彼女の誘いにのった男も、恋人に浮気された女のことも噂されていた。
あんな女の誘惑にのった男がバカ、そんな男の浮気を職場で騒ぎ立てる女もバカ、とか。
浮気だけなら、寝取られた可哀想な女、で済んだだろうが、職場で林海さんに詰め寄って騒いだのが良くなかった。
騒がなければ、私は寝とられたバカな女、と囁かれるだけで済むのだろうか。
そう思うと、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。
「課長って、意外と優しいですね」
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