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13.御曹司の罠
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しおりを挟む「誰もあれがお前の本音だなんて思ってねーよ。梓が御曹司の恋人って立場に価値を感じてるなら、とっくに天谷を捨ててただろ」
「……」
「どう見たって天谷より俺の方がハイスペックなのに、全然靡かない一途さに惚れたんだ」
梓の抵抗が止む。
彼女の弾む息が鎖骨の辺りをくすぐる。
「ハイスペックとか、自分で言っちゃう?」
「事実だからな」
「……そうね。でも――」
息じゃなくて彼女の唇が触れる。
カッと一瞬で熱くなる。
「――だから、怖い」
「怖い?」
「だって……」
「俺の母さんは、父さんの秘書だった」
「……?」
「父さんに縁談が持ち上がった時、身を引こうとした母さんを父さんは無理やり引き留めたんだ。だから――」
最近の電話口での父さんと母さんの様子を思い出して、今度は俺が息を弾ませる。
「――今も父さんは母さんに頭が上がらない」
「社長が?」
「そう。家では、威厳も温厚さも何もない。嫁にベタ惚れなただのおっさん」
腕を緩め、梓の顔を覗き込む。
彼女もゆっくりと顔を上げ、俺を見た。
「二人とも、梓に会いたがってる」
「でも、私、社長に――」
「――あれはなし。父さんもなかったことにしてほしいって。母さんにバレたら口、きいてもらえなくなるからな」
「そうなの?」
「ああ」
電話の翌日も、梓を呼び出したことは母さんに黙っていてほしいと改めて頼まれた。
恋人を親に紹介したことのない俺がその存在を口にしたのだから、当然母さんは上機嫌だろう。
そこに水を差すような真似をしたなんて知れたら、どうなることか。
「明日すぐに婚姻届を出そうなんて言わない。けど、いつ出してもいいって思って欲しい」
「料理……少しは上達するまで待ってくれる?」
「レベルアップの評価を俺にさせてくれるなら」
「評価基準を決めておく必要がありそうね」
よくわかってる。
今の俺なら、焦げてない目玉焼きでも合格だ。
「私……、後輩に婚約者寝取られるような女よ?」
「梓には悪いけど、林海に感謝してるよ」
しみじみと思う。
感謝してる。
天谷に狙いを定めたきらりにも、簡単に堕ちてくれた天谷にも。
本当に、感謝してるよ……。
「梓、プロポーズの返事は?」
彼女の頬を掌で覆い、そっと持ち上げる。
ゆっくりと顔を近づけると、彼女の瞳が揺れたのが見えた。
睫毛が小さく震えている。
微かに開いた唇に吸い付きたい衝動を堪え、返事を待つ。
「よろしく……お願いします」
焦りを隠して、ゆっくりと、そっと唇を重ねた。
まるで、誓いのキスのように。
やっと、手に入れた――。
この時の俺は、間違いなくこの世界で最も幸せな男だった。
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