復讐溺愛 ～御曹司の罠～

番外編＊甘いお仕置き

12

　人の氏名をどうこう言うなんて大人としてどうかと思うけれど、まったくただ者でないのだから、違和感を持ってしまう。　

「奥様はどうなんです？　皇丞さんが後継者になれず、会社にもいられなくなったらどうなさるんです！？」

「えっ！？　いや、別に、何も……」

　ずいっと身体を寄せられて、思わず仰け反る。

　二十歳くらいならば若さ故と思える勢いだが、実年齢やその他を知ってしまうと、やはりただ者ではない圧に感じてしまう。

「何も！？　夫の窮地に、何もしないと仰るの！？」

「はぁ、まぁ、特別は……？」

「皇丞さん！　やはりわかりませんわ。なぜこの方を選ばれましたの！？」

「……只野さ――」

「――姫です！」

「只野姫さん」

　名前呼びしたくなくての、フルネーム呼び。

　仕方がないとはいえ、ただ――姫さんの不機嫌を煽ってしかいない。

「妻が言う『何もしない』と、あなたが言う『何もしない』の意味が違うんですよ」

「どういうことです？　奥様のご実家が頼りにならないから、何もなされないということかしら？」

「……ああ！　そういう！」

　ハッとして、思わず頷く。

　彼女の言う『何か』の意味がわかっていなかったのは、私も同じ。

　わかったとしても、答えは同じだけれど。

「皇丞さんが後継者になれるように何かするつもりはありません」

「はい！？　あなた、皇丞さんに社長になってもらいたくないの！？」

「どちらかと言えば、はい」

「何を仰っているの！？　トーウンの社長夫人になれるのよ！？　顔良し、肩書良し、収入良しの優良物件が、顔だけになってしまっては、価格は暴落よ！」

　すぐ目の前に迫る彼女の顔に、思わず両目が寄ってしまう。



　おう。

　化けの皮が剝がれちゃった……。



　十センチの距離で、厚塗り具合も、隠しきれていない皺も見えてしまった。

　三十代でも四十代でも、すっぴんでも恥ずかしくない女性はいる。

　が、姫さんは違うようだ。



　一瞬でも二十歳に見えたことが不思議だ……。



　その上、お母さんが見ているドラマの悪役令嬢そっくりの台詞。

　見ていて面白くなってきたのだけれど、さすがに人様のパーティーでこれ以上の騒ぎはマズいだろう。

　ここはひとつ、お母さんが喜びそうなドラマのヒロインを真似てみよう。

「お言葉ですが、私は皇丞さんが後継者だから結婚したわけではありません。このようなパーティーも不慣れですし、社長夫人の器ではありませんから。なので、彼が社長になれず、会社を追われることになっても何もしません。社長になりたければ、皇丞さん自身が頑張るしかないので」

「彼が職を失えば、路頭に迷うのよ！？」

　失業したから路頭に迷うとは極端だが、ご令嬢の感覚では社長になれないのはそういう意味なのだろう。



　タワマンに住めなかったら、生きていけないとか？



「幸い、私も仕事をしていますし、贅沢をしなければ十分に暮らしては――」

「――はぁ！？　平社員ごときの稼ぎで皇丞さんを養うおつもり？」

　漫画なら、頭の上に『カッチーンッ！』と文字が浮かぶだろう。

　事実、歯を食いしばったらガチッと音がした。



　世の中、平社員で経済回してんのよ！

　

「なんて浅はかな――」

「――では、見捨てますか？　社長になれない皇丞に価値はないと？　大体、人の夫を捕まえて優良物件とか価格暴落とか、失礼すぎません！？　それに！　トーウンだけが会社じゃないですから！　皇丞はどこで何をやったって成功できます。たとえ寝たきりになって働けなくなっても、私が養います。価格ゼロになっても、私は見捨てません！」



　ただでさえ息苦しい帯に巻かれているのに、一気にまくし立てた結果、ほぼ酸欠状態。