続・最後の男

深冬 芽以

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2 嫉妬

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「不倫、してたの」 

 冨田課長がペットボトルのお茶のキャップを回した。爪を傷つけないように、掌にキャップを押し付けて。

 智也は、冨田課長を軽蔑していない、と言った。私には、噂を否定しているように聞こえた。

「それは、冨田課長が望んだことですか?」

「え?」

「『不倫は軽蔑するが、冨田のことは軽蔑してない』って言ったんです、智也。それなのに、課長は不倫していたと言う。確信がなければ、智也がそんなことを言うとは思えないんです」

 課長がまたキョトンと私を見て、微笑んだ。

「信頼しているのね」

 信頼、という言葉が、妙にしっくりきた。

 信頼はしている。人として。

「知らなかったのよ、結婚してること」

「え?」

「十年も前の事よ。私は取引先の副社長に気に入られて、プライベートで会うようになったの。私より三歳年上で、ルックスも良くて、仕事も出来て、お金もあるからいいお店に連れて行ってくれて。なにより、なかなかなびかない私に辛抱強くアプローチしてくれて、誠実な人だと思ったの。付き合い始めて半年ほどして、彼の奥さんを名乗る女性が会社に来たの。彼女は今にも生まれそうな大きなお腹をしていたわ」



 そういうこと……。

 

 妻の妊娠中に浮気する男が多いとは、よく言われている。

「騙されたこと、ちゃんと言ったんですか?」

「言おうと……思ったんだけどね? 大きなお腹で泣きながら私を責める彼女を見ていたら、何も言えなくなっちゃった」

「そんな……」

「その前から、枕営業しているって噂はあったし、不倫の噂が増えたところで大したことはないと思ったの。結果的に、不倫していたのは事実だし」

 何でもないことのように卵焼きを食べているけれど、全然何でもないことじゃない。少なくとも、千堂課長には重大なこと。

「唐揚げとザンギの違いって知ってますか?」

「え?」

「呼び方が違うだけで、一緒って説もあるんですけど、どう思います?」

「……味? 北海道のザンギの方が、味が濃いかしら。作り方が違うって聞いたこともあるけど……」

 課長は残っていたザンギを箸で摘まみ、まじまじと見た。色や形のいいものは亮のお弁当に入れたし、真も朝ご飯に食べていたから、私のお弁当に入っているのはちょっと色の悪いもの。少し考えれば、人様に食べていただけるものじゃないとわかるはずなのに。

「唐揚げって昔は、肉に味のついた粉をまぶして揚げていたんですって。で、ザンギは、肉に味付けして仕上げの粉も一緒に揉みこんじゃうんです。だから、衣がしっとりしてるんですよ」

「へぇ」

「最近は、唐揚げも肉に下味をつけて作るそうなんですけど、あくまでも粉は最後にまぶすから、色も薄めなんですよね」

「……」

 私が何を言いたいのかが推し量れないようで、課長はザンギを噛みながら黙って聞いていた。

「私は、肉に味付けして一晩は寝かせるようにしてます。それから、揚げる前に小麦粉を入れて揉み込んで、更に片栗粉を軽くなじませてから揚げるんです。そうすると、表面はカリッとして、中はしっかり味がつくんです。あ! 下味に卵を入れるのもポイントです。入れない人もいるみたいですけど、入れた方が甘みがあって美味しいと思います」

「なるほど……」

「これを美味しく作れたら、千堂課長が喜ぶと思いますよ」

「……え?」

「きっと、課長の過去なんて本当にどうでもよくなるくらい」

「……」

 料理じゃなくてもいいと思う。

 冨田課長がほんの少し今の自分より自信を持てたら、何でもいい。出来なかったことを頑張れたら、千堂課長と向き合う自信になるんじゃないかと思った。

「言ったからには、責任もって作れるように指導してくれるのよね?」

 冨田課長がニッコリと微笑んだ。

「もちろんです。課長が爪を切ってくれたら」

 課長が自分の爪を見て、少し考えた。

「その爪で鶏肉が切れるか、試してみますか?」

 私もニッコリと微笑み返した。
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