49 / 231
6 ダブルパンチ
6
しおりを挟む「あなたは本当に智也を好いてくれているの?」
「はい」
「あなたは、智也との結婚を望んでいるの?」
「それは……」
「私は反対です」
でしょうね、と思った。
「三十歳と四十歳では、妊娠の可能性が全然違うでしょう。妊娠したとしても、無事に出産できるのか、健康な子供を産めるのか。晩婚化とは言っても、高齢での初産の危険《リスク》は――」
「子供が、います」
「え――?」
「私には子供がいます」
この流れで言わずにいたら、もう言えなくなるだろう。
智也のお母さんにどう思われようと、子供たちのことを隠すつもりはなかった。
案の定、智也のお母さんは、信じられないと言わんばかりに小さく首を振り、大きく息を吸い、大きく吐いた。
「問題外ね。今すぐに息子と別れてちょうだい」
「子供のことは智也さんも――」
「息子には不利益しかないじゃない。あなたと結婚したら、他人の子供を育てるために利用される。結婚しなくても、あなたと付き合っていた時間が無駄になる。あなたはいいわよ? 智也と別れても子供がいるんだから。でも、智也には何も残らないのよ。ただ、時間を無駄にしただけ。その無駄な時間のせいで、智也が結婚出来なかったり、子供を持てない可能性もあるのよ」
重い右ストレートが直撃した。
正面から受け止めてはいけない言葉を、顔面に食らってしまった。
ごもっともです、と思った。
認めたくないけれど、正論。
私がどうしても拭えない、智也への罪悪感の正体。
私と一緒にいることは、智也にとって不利益しかない――。
返す言葉が、なかった。
智也のお母さんは、もう一度大きなため息をついた。
「バスの時間だから、ここまでね」と言って、腕時計を見た。
年齢に似合わない、ボタンやネジがたくさんついたごついデジタル時計。
「智也に、私が来たことは話さなくていいわ。でも、あなたは忘れないでちょうだい」
智也のお母さんは千円札をテーブルに置いて、ダウンを羽織った。
見送るつもりはなかった。
立ち上がって、頭を下げるつもりも。
「私の息子を、あなたの子供の為に利用しないでちょうだい」
智也のお母さんが店を出て行き、私はようやく二口目のコーヒーを飲めた。
一気に、飲み干す。
コーヒー代の四百円をテーブルに置き、私も店を出た。
めんつゆ……。
スーパーを探しながら、私は全く別のことを考えていた。
智也のお母さん、最後まで智也の様子を聞かなかった。
どんなに大人になっても、息子が寝込んでいると聞けば、熱は高いのか、ちゃんと食べているのか、心配になるもの。なのに、智也のお母さんは聞かなかった。
そんな人の言葉に動揺したくないのに、私の頭の中で声が繰り返される。
『智也には不利益しかないじゃない』
スーパーが見当たらず、仕方なくコンビニで高いめんつゆと卵を買って帰った。
智也はまだ、眠っていた。
良かった。
私の顔は涙でべちゃべちゃだった。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
癒やしの小児科医と秘密の契約
あさの紅茶
恋愛
大好きな佐々木先生がお見合いをするって言うから、ショックすぎて……。
酔った勢いで思わず告白してしまった。
「絶対先生を振り向かせてみせます!」
そう宣言したものの、どうしたらいいかわからずひたすら「好き」と告白する毎日。
「仕事中だよ」
告白するたび、とても冷静に叱られています。
川島心和(25)
小児科の看護師
×
佐々木俊介(30)
小児科医
Home, Sweet Home
茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる