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8 彼が愛した女性《ひと》
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「とにかく、あなたは私の指示に従っていればいいの。それから、五十周年の企画は、四十周年の企画を修正する方向で進めましょう。完全オリジナルよりも企画に掛ける時間も短縮できるし、当時の原版が残っていたら経費削減にもなるし」
本当に、今回の契約の詳細に目を通したのだろうか。昨日用意した打合せ資料もだ。奥山の意向は全て記載されている。
そもそも、奥山商事には企画部があって、FSPは製品化にあたってのアドバイスが主な仕事。今回のように、私から企画の提案をすることは異例。契約解除にならないようにと、半ば、ダメもとでやったこと。
それなのに、立場を弁えずに企画に首を突っ込み過ぎては、企画部長の顔を潰してしまう。
「納得できません」
「あなたの納得は必要ないのよ。私があなたの上司である以上、決定権は私にあるんだから」
最後まで資料から目を離さず、益井課長は私に出て行くように言った。
フフン、と鼻で笑われたような気がした。
一年半前の智也よりも、酷い。
ミスには厳しかったけれど、部下の企画を鼻で笑うことはしなかった。
あれが、智也がかつて愛した女性。
そして、今は私が愛されている。
複雑だ。
智也は益井課長のどこが好きだったんだろう……。
聞いてみたいけれど、聞きたくない。
きっと、智也が私を好きだと思ってくれるところとは、全く違うから。
過去は過去。現在は現在。
そんなことはわかっている。
それに、益井課長に対する感情は、恋人の元カノへの嫉妬とは違う。
よく、漫画やドラマで『私の知らないあなたを知っていると思うと――』なんて台詞があるけれど、そんな可愛い感情じゃあない。
智也を裏切ったことへの憎悪、はある。
けれど、きっと、一番は、生理的な問題。
要するに、嫌い、なのだ。
人間の感情の中で、最も単純でわかりやすく、厄介なもの。
私は、益井環という人間が、嫌い。
会って二日目だけれど、きっと会う前からそうだった。
「あ――堀藤さん?」
エレベーターの扉が開き、凪子さんが顔を覗かせた。私は声をかけられるまで、気づかなかった。人が乗っていたのは気づいたけれど、ボーッとしていて、顔も見ずに会釈だけしようとした。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。どうしたの? 怖い顔をして」
「え?」と、私は手を頬に当てた。
「何かあった?」
「いえ……」
凪子さんにじっと見られ、何でもないと言っても通用しないと思った。
「それなりに人生経験積んできたつもりだったんですけど、まだまだだなぁ、と思って」
凪子さんが腰を屈め、私の耳元で囁いた。近づくと顔の大きさの違いが如実にわかるから、やめて欲しい。
「恋人の元カノと仕事すること?」
「それもそうですけど、なんて言うか……、もっと大きな人間にならねばと……」
「大きな?」
「物理的な意味じゃないですよ?」
「わかってるわよ」と、凪子さんがクスクスと笑う。
どうして、こう、私の周りには可愛らしい女性が多いのか。
本当に、今回の契約の詳細に目を通したのだろうか。昨日用意した打合せ資料もだ。奥山の意向は全て記載されている。
そもそも、奥山商事には企画部があって、FSPは製品化にあたってのアドバイスが主な仕事。今回のように、私から企画の提案をすることは異例。契約解除にならないようにと、半ば、ダメもとでやったこと。
それなのに、立場を弁えずに企画に首を突っ込み過ぎては、企画部長の顔を潰してしまう。
「納得できません」
「あなたの納得は必要ないのよ。私があなたの上司である以上、決定権は私にあるんだから」
最後まで資料から目を離さず、益井課長は私に出て行くように言った。
フフン、と鼻で笑われたような気がした。
一年半前の智也よりも、酷い。
ミスには厳しかったけれど、部下の企画を鼻で笑うことはしなかった。
あれが、智也がかつて愛した女性。
そして、今は私が愛されている。
複雑だ。
智也は益井課長のどこが好きだったんだろう……。
聞いてみたいけれど、聞きたくない。
きっと、智也が私を好きだと思ってくれるところとは、全く違うから。
過去は過去。現在は現在。
そんなことはわかっている。
それに、益井課長に対する感情は、恋人の元カノへの嫉妬とは違う。
よく、漫画やドラマで『私の知らないあなたを知っていると思うと――』なんて台詞があるけれど、そんな可愛い感情じゃあない。
智也を裏切ったことへの憎悪、はある。
けれど、きっと、一番は、生理的な問題。
要するに、嫌い、なのだ。
人間の感情の中で、最も単純でわかりやすく、厄介なもの。
私は、益井環という人間が、嫌い。
会って二日目だけれど、きっと会う前からそうだった。
「あ――堀藤さん?」
エレベーターの扉が開き、凪子さんが顔を覗かせた。私は声をかけられるまで、気づかなかった。人が乗っていたのは気づいたけれど、ボーッとしていて、顔も見ずに会釈だけしようとした。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。どうしたの? 怖い顔をして」
「え?」と、私は手を頬に当てた。
「何かあった?」
「いえ……」
凪子さんにじっと見られ、何でもないと言っても通用しないと思った。
「それなりに人生経験積んできたつもりだったんですけど、まだまだだなぁ、と思って」
凪子さんが腰を屈め、私の耳元で囁いた。近づくと顔の大きさの違いが如実にわかるから、やめて欲しい。
「恋人の元カノと仕事すること?」
「それもそうですけど、なんて言うか……、もっと大きな人間にならねばと……」
「大きな?」
「物理的な意味じゃないですよ?」
「わかってるわよ」と、凪子さんがクスクスと笑う。
どうして、こう、私の周りには可愛らしい女性が多いのか。
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