続・最後の男

深冬 芽以

文字の大きさ
69 / 231
8 彼が愛した女性《ひと》

しおりを挟む
「とにかく、あなたは私の指示に従っていればいいの。それから、五十周年の企画は、四十周年の企画を修正する方向で進めましょう。完全オリジナルよりも企画に掛ける時間も短縮できるし、当時の原版が残っていたら経費削減コストダウンにもなるし」

 本当に、今回の契約の詳細に目を通したのだろうか。昨日用意した打合せ資料もだ。奥山の意向は全て記載されている。

 そもそも、奥山商事には企画部があって、FSPうちは製品化にあたってのアドバイスが主な仕事。今回のように、私から企画の提案をすることは異例。契約解除にならないようにと、半ば、ダメもとでやったこと。

 それなのに、立場を弁えずに企画に首を突っ込み過ぎては、企画部長の顔を潰してしまう。

「納得できません」

「あなたの納得は必要ないのよ。私があなたの上司である以上、決定権は私にあるんだから」

 最後まで資料から目を離さず、益井課長は私に出て行くように言った。

 フフン、と鼻で笑われたような気がした。

 一年半前の智也よりも、酷い。

 ミスには厳しかったけれど、部下の企画を鼻で笑うことはしなかった。

 あれが、智也がかつて愛した女性ひと

 そして、今は私が愛されている。

 複雑だ。



 智也は益井課長あのひとのどこが好きだったんだろう……。



 聞いてみたいけれど、聞きたくない。

 きっと、智也が私を好きだと思ってくれるところとは、全く違うから。

 過去は過去。現在いま現在いま

 そんなことはわかっている。

 それに、益井課長に対する感情は、恋人の元カノへの嫉妬とは違う。

 よく、漫画やドラマで『私の知らないあなたを知っていると思うと――』なんて台詞があるけれど、そんな可愛い感情じゃあない。

 智也を裏切ったことへの憎悪、はある。

 けれど、きっと、一番は、生理的な問題。

 要するに、嫌い、なのだ。

 人間の感情の中で、最も単純でわかりやすく、厄介なもの。

 私は、益井環という人間が、嫌い。

 会って二日目だけれど、きっと会う前からそうだった。

「あ――堀藤さん?」

 エレベーターの扉が開き、凪子さんが顔を覗かせた。私は声をかけられるまで、気づかなかった。人が乗っていたのは気づいたけれど、ボーッとしていて、顔も見ずに会釈だけしようとした。

「お疲れ様です」

「お疲れ様。どうしたの? 怖い顔をして」

「え?」と、私は手を頬に当てた。

「何かあった?」

「いえ……」

 凪子さんにじっと見られ、何でもないと言っても通用しないと思った。

「それなりに人生経験積んできたつもりだったんですけど、まだまだだなぁ、と思って」

 凪子さんが腰を屈め、私の耳元で囁いた。近づくと顔の大きさの違いが如実にわかるから、やめて欲しい。

「恋人の元カノと仕事すること?」

「それもそうですけど、なんて言うか……、もっと大きな人間にならねばと……」

「大きな?」

「物理的な意味じゃないですよ?」

「わかってるわよ」と、凪子さんがクスクスと笑う。

 どうして、こう、私の周りには可愛らしい女性が多いのか。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

恋愛短編まとめ(現)

よしゆき
恋愛
恋愛小説短編まとめ。 色んな傾向の話がごちゃ混ぜです。 冒頭にあらすじがあります。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

年下研修医の極甘蜜愛

虹色すかい
恋愛
医局秘書として市内の病院に勤務する廣崎彩27歳。普段はスマートに仕事をこなすクールな彼女だが、定期的にやって来る「眠れない夜」に苦しんでいる。 そんな彩に、5年越しの思いを寄せる3歳年下の藤崎仁寿。人当たりがよくて優しくて。仔犬のように人懐っこい笑顔がかわいい彼は、柔和な見た目とは裏腹に超ポジティブで鋼のような心を持つ臨床研修医だ。 病気や過去の経験から恋愛に積極的になれないワケありOLとユーモラスで心優しい研修医の、あたたかくてちょっと笑えるラブストーリー。 仁寿の包み込むような優しさが、傷ついた彩の心を癒していく――。 シリアスがシリアスにならないのは、多分、朗らかで元気な藤崎先生のおかげ♡ ***************************** ※他サイトでも同タイトルで公開しています。

そんな目で見ないで。

春密まつり
恋愛
職場の廊下で呼び止められ、無口な後輩の司に告白をされた真子。 勢いのまま承諾するが、口数の少ない彼との距離がなかなか縮まらない。 そのくせ、キスをする時は情熱的だった。 司の知らない一面を知ることによって惹かれ始め、身体を重ねるが、司の熱のこもった視線に真子は混乱し、怖くなった。 それから身体を重ねることを拒否し続けるが――。 ▼2019年2月発行のオリジナルTL小説のWEB再録です。 ▼全8話の短編連載 ▼Rシーンが含まれる話には「*」マークをつけています。

Home, Sweet Home

茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。 亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。 ☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

やさしいキスの見つけ方

神室さち
恋愛
 諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。  そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。  辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?  何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。  こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。 20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。 フィクションなので。 多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。 当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

処理中です...