サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

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9.結婚が怖くなりました

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 兄がいつから両親の不貞を知っていたのかは、わからない。

 子供の頃からひとりでいることを好み、食事の時以外の時間ほとんどを部屋にこもっていた兄だが、私が小学生の頃はまだ宿題を教えてくれたり、一緒におばあちゃんのお手伝いをしていた。

 私が中学生、兄が高校生にもなると、会話は挨拶程度まで減り、目を合わせることもなくなった。

 私にとって家族と呼べるほど長い時間を過ごしたのはおばあちゃんと兄だから、それは少し寂しいことだった。

 だから、兄の大学進学が決まり、仕事で忙しい両親が揃って食事に行こうと言ってくれた時は、本当に嬉しかった。

 けれど、兄はそうではなかった。

 見るからに不機嫌そうな兄と、兄の進学を喜ぶ両親。そして、歪な親子団らんに戸惑う私。

 それでも、笑っていた。

 折角の両親との時間だ。

 ふたりが私にも関心を持って、どこの高校を志望しているのか、学校生活はどうだと聞いてくれる。

 食事の最後のデザートに選んだパフェはとても美味しそうで、それも嬉しかった。

 だが、私がパフェの味を知ることはなかった。

 スプーンを持つより先に、兄が口を開いたから。

『家族ごっこは楽しい?』

 兄の口から語られる両親の不貞に、父は怒り、母は驚いていた。

『他に相手がいるなら、なんで離婚しないの? 夫婦でいる意味ってなに?』

 兄が言った『離婚』の言葉に涙が溢れたのは無意識で、でもそれはきっと私が恐れていたことだから。

 友達から聞く家族とは全然違う自分の家に、ずっと不安を持っていた。

 おばあちゃんがいつも『しょーのない親ね』と困った表情かおで笑うから、私も笑っていた。

 だけど、心の中では泣きそうだった。

 友達のように、休日に家族で出かけることなんてない。

 友達のように、両親が喧嘩しているのを見たことがない。

 友達のように、両親がふたりで記念日に出かけるのを見たことがない。

 友達のように……。

 だから、兄の言葉にショックを受けたというより、『ああ、やっぱりうちはおかしかったんだ……』と思い知らされて、もう自分を誤魔化すことすら出来なくなったことが、悲しかった。

 兄は兄なりに思うことがあったのだと思う。

 大人になった今なら、わかる気がする。

 多感な年頃で、息子が必死で大学受験に挑んでいる時に、両親はそれぞれ他の相手と会うのに忙しかっただなんて、許せなかったはず。

 けれど、あの当時はわからなかったし、わかろうともしなかった。

 辛うじて兄を詰るようなことは言わなかっただけ。

 それでも、兄の顔を、目を見てしまったら、言ってしまいそうだった。

 なんであんなことを言ったのかと、お兄ちゃんのせいで家族がバラバラになっちゃったじゃないかと。

 結局、家族が壊れたあの夜から、兄の顔を見ないまま別れた。

 そして、十六年。

 我が兄ながら十五年を感じさせない整った顔立ちと考えが読めない表情をそのままに、記憶より少し大人の雰囲気を感じさせる姿で現れ、私の兄を名乗った。

 須賀谷さんから助けてもらったことはありがたかったけれど、どんな表情かおをして、何を話せばいいかわからなかった。

 それ以上に、私の複雑な胸の内を、篠井さんにどう話していいかも。

 篠井さんがなぜ兄を知っていたのか、兄がなぜあの店に現れたのか、聞きたいことがたくさんあるのに、自分のことを話したくないがために聞けない。

 そして、篠井さんもまた私に聞きたいこと、話したいことがあるのに、言えずにいる。

 彼に気を遣わせてしまっていることは申し訳ないと思いながら、お互いに兄については触れないまま、十日ほどが過ぎた。

「夏依」

「はい」

「来週の出張が早まったんだ。明後日から三日留守にする」

「そうですか」


 篠井さんと暮らし始めて、ひとりの夜は初めてか……。

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