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10.来訪者は突然に……
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俺が夏依をなだめている間に、母さんが馴染みのアプリで寿司を注文していた。
夏依が作るはずだった中華スープも代わりに作ったもんだから、夏依が申し訳なさそうに何度も謝って礼を言った。
『お母さんが優しくて……』
夏依のか細い声が耳から離れない。
意図せぬ兄との再会、十数年ぶりに会った父親には忘れられていて、どこかで誰かの妻となっている母親とも疎遠。
そんな夏依が、自分のではないにしても『母親』に抱きしめられ、心配されることに戸惑うのは無理もない。
まして、魔女のような香里に威嚇されたすぐ後だ。
付き合って間もない恋人の親が押しかけて来た驚きも吹っ飛んだだろう。
だが、偶然にも香里から守ってもらえたことには感謝だ。
「おいし……。すごく、美味しいです」
スープを飲んでそう言った夏依は、溢れる涙を堪えるようにぎゅっと目を閉じて、深呼吸をした。
スープの湯気がゆらりと揺れる。
「それにしても、まさかこんなに可愛い子と暮らしてるなんてねぇ。ちゃんと教えてくれたら、いきなり手土産もなしに訪ねたりはしなかったのに」
「教えなくても来る前には電話くらいしろよ」
「それはねぇ……、女の勘よね? 届いた荷物の住所を見て、なぜか行ってみなくちゃと思ったの。いつもは送り状なんてじっくり見ないのに、見ちゃったのよねぇ」
こういうしょうもない第六感がよく働く人だ。
荷物というのは、俺が出張中に送ったもの。
これまた第六感だったのだろうが、珍しく電話をして来て、仕事中だからと無視していたのになぜかしつこく何度も電話してきた。
で、仕方なしに受けた。
近況を聞かれて出張中だと話すと、父さんの好物を買って送れと言われて、そうした。
そして、俺が無意識に書いた夏依のマンションの住所に気づき、連絡なしでやって来たというわけだ。
「ごめんなさいね、夏依さん。タイミング的にはバッチリだったんでしょうけど、驚いたわよね? 光希ってしっかりしてるようで甘いのよね。さっきの魔女さんもそうでしょ? でもね、女性の好みや結婚相手の見極め方なんて親が教えることじゃないし……。あっ! 夏依さんは違うわよ? 素敵なお嬢さんで嬉しいの。でもね、だからこそ、どうしてあんな魔女さん――」
「――母さん、落ち着け」
「え? あ、そうね」
母さんは興奮するとやたら饒舌になる。
元々陽気な人だが、いつも以上に早口になるのだ。
「夏依、ごめんな?」
「え?」
「いや、いきなり母さんが来て驚いたろ?」
「うん。でも、助かりました」
夏依が母さんに微笑む。
母さんも嬉しそうに夏依を見る。
なんともほっこりした雰囲気だが、俺は気が気じゃない。
母さんが『結婚』を口にしないかが心配で。
今の夏依には禁句だ。
まして、俺の母さんからなんて言語道断。
少しでもそのワードの気配を察知したら、両手で母さんの鼻と口を塞ぐ構えを崩さない。
おかげで、せっかくの寿司の味がわからない。
とはいえ、せっかくの寿司だ。
俺は中トロを頬張った。
口の中で溶けるネタに満足しながら夏依の器を見て、思い出した。
「夏依、ブリやるからホタテくれないか」
「え?」
返事を聞かずに俺のブリを夏依の器に移し、ホタテを摘まんで口に入れる。
「あ、イカとホッキも」
イカを夏依に、ホッキを俺の口に。
「光希! お行儀が――」
「――いいんです。私が貝が苦手だから食べてくれてるので」
「あら、そうなの? じゃあ、セットじゃなくてお好みにすれば良かったわね。ごめんなさいね? 勝手に注文しちゃって」
「いえ! 食べられないわけじゃないんです」
「そう?」
夏依と寿司を食いに行った時に、貝類が苦手だと言っていたことを覚えていて良かった。
「でも、ふふ。光希もそういう気遣いができるのね」
母さんが笑う。
俺は、嫌な予感しかしない。
「母さん、父さんが待ってるんじゃないのか。さっさと食べて――」
「――出張中よ」
「なら、早く帰って電話しなきゃだろ」
「そのうちお父さんから電話してくるわ」
「え?」
母さんの余裕の表情と言葉に、驚く。
いつか無理やり出張について行くんじゃないかと思うほど、心配性だったのに?
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