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14.サレたふたりは……
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「夏依、本当にごめん!」
おでこを床に押し付けて蹲る男は、思い出すこともなければ、思い出したくもなかった元カレ。
「頼む! 俺と結婚してくれ! もう二度と裏切らないから」
本当に切羽詰まっているのは声でわかる。
だが、心は微塵も動かない。
可哀想とも、何があったんだろうとも、思わない。
ただ思うのは、玄関ドアの前から消えてほしいということだけ。
「あらあら、土下座でプロポーズ? でも、ごめんなさいね。私の娘はあなたと結婚できないの」
場にそぐわない高らかな声に、卓が顔を上げた。
「おっお母様ですか!? 俺――いや私は夏依さんの――」
「――自己紹介は結構よ。それより、玄関前をどいてくれないかしら? 中に入れないでしょう?」
「聞いてください! 俺は心から夏依さんのことが――」
「――ご存じだと思うけれど、日本では重婚できないのよ?」
「へ?」
卓が目を丸くして、鼻の奥でしゃっくりしたような間抜けな声を上げた。
お義母さんが私の左手を握り、甲を卓に見えるように持ち上げた。
「私の息子の大事な大事な奥さんは、誰にもあげないわ」
「奥……さん?」
「わかったら帰ってくださる?」
卓の視線がお義母さんから私に移る。
「夏依……が結婚……? 奥さん……って――」
痙攣かと思うほど高速で小さく瞬きし始め、卓がボロボロと涙を流し始めた。
「あらあら」
お義母さんのあっけらかんとした声に笑いそうになるも、堪えた。
「そんな……。俺は、どうしたら――」
「――不倫がバレて慰謝料でも請求された?」
「――っ!」
図星らしい。
「それとも、また事故った?」
「――――っっ!!」
こちらも図星のようだ。
「ついでに会社クビになったとか?」
「~~~っ! 頼む! 助けてくれ!」
三つ揃ってビンゴしたところで、卓が私の足にしがみついて来た。
「ちょ――」
「――五百万払えないと、俺! 殺されちまうんだ!」
光希は卓の浮気相手の旦那を『ヤバイ奴』と言ったが、間違いではなかったようだ。
まぁ、調べたのはお兄ちゃんだから間違っているはずもないんだけど。
「ご両親には言ったの?」
「言えるわけないだろ! こんなこと」
相変わらず……ね。
「夏依ちゃん。そろそろ警察を呼んでもいいかしら?」
「そうですね」
「警察!? 夏依! 俺がこんなに頼んでるのに――」
「――あなた。警察より面倒な人が来てしまう前に帰った方がいいわよ?」
「母さんが言う面倒な人が俺のことなら、もう遅いぞ」
振り向くと、光希とお義父さん、お兄ちゃんが買い物袋を持って立っている。
卓の喚き声で、エレベーターの音が聞こえなかったらしい。
光希が買い物袋をお兄ちゃんに押し付け、私の横に立つと、これ見よがしに肩を抱いて卓を睨みつけた。
久しぶりに見る鬼篠の形相に、ちょっとドキッとしてしまう。
「俺の妻になんの用だ」
「や、やっぱり夏依も浮気してたんだろ! い、慰謝料払え! 五百万! 俺の精神的苦痛に対する――」
「――お前は夏依に払えるのか? 慰謝料」
「は!?」
「お前の浮気の証拠はあるが――」
「――消したって!」
「ホントに消すか。バーカ!」
「光希は口が悪いわねぇ」
背後から聞こえるお義母さんの声に、今度は堪えられず笑ってしまった。
「ねぇ、重いから早く入ろうよ」
お兄ちゃんまで、子供みたいないじけた声で言う。
「そういうことだ。さっさと――」
「――頼む! 五百万――」
「――親と女の旦那と保険会社に電話すればいいんじゃない? みんなそいつを探してるんだし」
「やめろ! やめてくれぇ~っ!」
卓が四つん這いで逃げ出す。
その後姿は、ホラー映画の怨霊さながら。
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