サレたふたりの恋愛事情

深冬 芽以

文字の大きさ
118 / 120
14.サレたふたりは……

しおりを挟む

*****


「夏依、本当にごめん!」

 おでこを床に押し付けて蹲る男は、思い出すこともなければ、思い出したくもなかった元カレ。

「頼む! 俺と結婚してくれ! もう二度と裏切らないから」

 本当に切羽詰まっているのは声でわかる。

 だが、心は微塵も動かない。

 可哀想とも、何があったんだろうとも、思わない。

 ただ思うのは、玄関ドアの前から消えてほしいということだけ。

「あらあら、土下座でプロポーズ? でも、ごめんなさいね。私の娘はあなたと結婚できないの」

 場にそぐわない高らかな声に、卓が顔を上げた。

「おっお母様ですか!? 俺――いや私は夏依さんの――」

「――自己紹介は結構よ。それより、玄関前そこをどいてくれないかしら? 中に入れないでしょう?」

「聞いてください! 俺は心から夏依さんのことが――」

「――ご存じだと思うけれど、日本では重婚できないのよ?」

「へ?」

 卓が目を丸くして、鼻の奥でしゃっくりしたような間抜けな声を上げた。

 お義母さんが私の左手を握り、甲を卓に見えるように持ち上げた。

「私の息子の大事な大事な奥さんは、誰にもあげないわ」

「奥……さん?」

「わかったら帰ってくださる?」

 卓の視線がお義母さんから私に移る。

「夏依……が結婚……? 奥さん……って――」

 痙攣かと思うほど高速で小さく瞬きし始め、卓がボロボロと涙を流し始めた。

「あらあら」

 お義母さんのあっけらかんとした声に笑いそうになるも、堪えた。

「そんな……。俺は、どうしたら――」

「――不倫がバレて慰謝料でも請求された?」

「――っ!」

 図星らしい。

「それとも、また事故った?」

「――――っっ!!」

 こちらも図星のようだ。

「ついでに会社クビになったとか?」

「~~~っ! 頼む! 助けてくれ!」

 三つ揃ってビンゴしたところで、卓が私の足にしがみついて来た。

「ちょ――」

「――五百万払えないと、俺! 殺されちまうんだ!」

 光希は卓の浮気相手の旦那を『ヤバイ奴』と言ったが、間違いではなかったようだ。


 まぁ、調べたのはお兄ちゃんだから間違っているはずもないんだけど。


「ご両親には言ったの?」

「言えるわけないだろ! こんなこと」


 相変わらず……ね。


「夏依ちゃん。そろそろ警察を呼んでもいいかしら?」

「そうですね」

「警察!? 夏依! 俺がこんなに頼んでるのに――」

「――あなた。警察より面倒な人が来てしまう前に帰った方がいいわよ?」

「母さんが言う面倒な人が俺のことなら、もう遅いぞ」

 振り向くと、光希とお義父さん、お兄ちゃんが買い物袋を持って立っている。

 卓の喚き声で、エレベーターの音が聞こえなかったらしい。

 光希が買い物袋をお兄ちゃんに押し付け、私の横に立つと、これ見よがしに肩を抱いて卓を睨みつけた。

 久しぶりに見る鬼篠の形相に、ちょっとドキッとしてしまう。

「俺の妻になんの用だ」

「や、やっぱり夏依も浮気してたんだろ! い、慰謝料払え! 五百万! 俺の精神的苦痛に対する――」

「――お前は夏依に払えるのか? 慰謝料」

「は!?」

「お前の浮気の証拠はあるが――」

「――消したって!」

「ホントに消すか。バーカ!」

「光希は口が悪いわねぇ」

 背後から聞こえるお義母さんの声に、今度は堪えられず笑ってしまった。

「ねぇ、重いから早く入ろうよ」

 お兄ちゃんまで、子供みたいないじけた声で言う。

「そういうことだ。さっさと――」

「――頼む! 五百万――」

「――親と女の旦那と保険会社に電話すればいいんじゃない? みんなそいつを探してるんだし」

「やめろ! やめてくれぇ~っ!」

 卓が四つん這いで逃げ出す。

 その後姿は、ホラー映画の怨霊さながら。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...