最後の男

深冬 芽以

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5 恋愛ごっこ

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 長く専業主婦をしていたから、十数年振りに仕事をして、戸惑うことが多かった。仕事を覚えるのに精いっぱいだったし、一回り以上若い子たちと上手く付き合える自信も、そうしたいとも思わなかった。

 ご近所付き合いやママ友付き合いで、人間関係の難しさは骨身にしみている。

 一番は、元夫との関係だろうけど。

 だから、若い子たちが私のことを憐れむように噂していても、気にしなかった。

 千堂課長は優しかった。

 私がデスクで一人でお弁当を食べているのを不憫に思うのか、時々声を掛けてくれる。

 五歳年下なのは知っていたが、見た目にはもっと若く見えた。

 溝口課長は厳しかったが、私が彼の仕事をする機会はなかったから、特に気にならなかった。

 彼が部下を怒鳴る声には慣れることが出来ないけれど、理不尽に怒鳴り散らしているわけではないから我慢できた。

 二課の人たちが気づいているかはわからないけれど、溝口課長は営業部内で一番早く出社し、一番遅く退社する。

 自分にも他人にも厳しい人なのだろう。

 そのせいで、彼は嫌われていた。

 私は彼を嫌いではないけれど、怒鳴り声が忘れたい記憶を思い出させるのが、堪らなく嫌だった。

 同時に、未だに過去に囚われている自分が、嫌だった。

 だから、過去を克服できるきっかけになればと、課長の申し出を受けた。

 車内で抱き締められた時はドキッとしたけれど、からかわれてるだけだと気づくとムカついた。

 男性と二人きりで食事をするのも十数年振りで、もちろん最後の相手は元夫。その事実を塗り替えたかった。

 ただ、それだけだったはずなのに、思いのほか課長との食事は楽しかった。

 やたら私のプライベートを詮索してくるのは不思議だったけれど、会話も弾んだと思う。

 課長もそう感じてくれたから、もう少し私と話がしたいと言ってくれたのだろう。

 全く予想しなかった方向に話が進んでしまったけれど。

「あんたは恋人でもない男と寝るのか?」

「…………」

 一瞬、頭の中が真っ白になって、必死で言葉を探した。



 この場合、『寝る』とは睡眠のこと?

 セックスの表現とも考えられるけど、まさか――。



 この年になると、『聞くは一時の恥』とは思わない。わからないことを聞くのは当然のこと。

「誤解じゃないぞ」

「――無理です!」

 考えるより先に言葉が出た。

「俺では不服だと?」

「そうじゃなくて! よく知りもしない年下の上司とそんなことをする理由がありません。課長はどうかわかりませんけど、私はその……そんなに簡単にそういうことは出来ませんし。それにっ――」
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