最後の男

深冬 芽以

文字の大きさ
79 / 212
10 女の闘い

しおりを挟む



 小会議室前での一件以来、千堂課長はあからさまに私を誘うようになった。

 もちろん、社内では仕事を理由に。

 私が正社員になることは、内示が出ていたし、今から勉強しておくのに不自然なことはなかった。けれど、女性社員に人気のある千堂課長が私を補佐に選んだことで、一部の女性社員から反感を買っていたから、仕事とはいえ私が課長と一緒にいると、わかりやすく睨まれたりした。

 それ自体は気にしていなかったけれど、仕事に支障が出ることは避けたかった。

 千堂課長は女性社員の視線に気づかないフリをしているのか、本当に気づいていないのかはわからないけれど、智也の視線には間違いなく気づいていた。

 先月のバレンタイン。

 千堂課長が数人の女性社員からチョコレートを貰っていた。同時に告白した子もいたらしい。けれど、全員玉砕。ついには、ゲイ疑惑まで浮上した。

 私たちを振るなんてゲイに決まっている、という発想が出来る彼女たちのパワーに驚いたし、恐ろしくもなった。



 私なんかが告白されたとか知られたら、何を言われるか……。



 そう思っていた矢先の、正社員途用の内示。

 それを後押ししたのが千堂課長だと噂になり、課長は熟女好きだという噂にまで膨らんだ。

『四十って熟女か? つーか、俺も熟女好きになるのか?』

 噂を聞いた智也はそう言って笑っていた。

 私は、誰にもチョコレートをあげなかった。

 智也にも。

 甘いものが嫌いなのは知っていたし、その日は小学校の参観日で早退したし。

 だから、ホワイトデーに千堂課長からクッキーを貰って、驚いた。

「美味しそうだったんで、良かったら」

 屈託のない笑顔で言われ、思わず受け取ってしまった。

 そして、しまった、と思った。

 帰り際に呼び止められたため、周囲を気にしなかった。

 こんな風に油断している時に限って、見られているものだ。

「堀藤さん、千堂課長にチョコあげたんですね」

 翌日のロッカールームで、総務部の子に聞かれた。確か二十代半ばで、腰まである髪は毛先にゆるふわなパーマがかかっていて、女らしくて可愛い子。私服のスカートがあまりに短くて、寒くないのだろうかと思ったことがある。

「あげてないです」

 私は事実を言った。

「じゃあ、どうしてお返しを貰ってたんですか?」


 フロアの違う総務の人が、なぜ知っているのか……。



 私が課長からクッキーを貰ったことが、社内全体に知られていると思うと、さすがにゾッとする。

「子供へのお気遣いでしょうかね」

「子供?」

「仕事が忙しくて、帰りが遅いことを心配してくださってましたから」

「優しいですもんね、課長。課長は誰にでも優しいですけど、子供のために必死になってるシングルマザーが可哀想で特に優しくしちゃうんでしょうね」

 優しくされたからって勘違いするな、と言われていることくらいわかる。そして、この子がきっとバレンタインに課長に振られたのであろうことも。

「そうですね。有難い限りです」

 私は気にも留めない口ぶりで、言った。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...