最後の男

深冬 芽以

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19 呪縛からの解放

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 TSSが常駐するようになって一か月。

 堺さんにランチに誘われた。

 私は何の疑いもなく、応じた。

 タイミングがいいのか悪いのか、誘われているのを聞いた智也は少し不機嫌そうに見えたが、何も言わなかった。

 堺さんからオムライスが美味しいお店を告げられた時は、なんだか可愛いななんて思ってしまった。

 けれど、店で通された個室にいたのは、元夫だった――。

「堺に頼んだんだ。お前と話がしたいから呼び出してくれって」

 まさかの展開に、私の頭は真っ白で、気が抜けたようにソファに座り込んだ。

「オムライス、好きだったろ」

「え?」

「それくらい、覚えてる」

 私はビーフシチューオムライス、元夫はシーフードドリアを注文した。

「こんなところで大声出したりしないから、そんなに緊張すんな」

 わかっている。

 何より体裁を大事にする元夫は、人前で自分の立場が悪くなるようなことはしない。

 わかっているけれど、個室という空間は息苦しい。

「お前に聞きたいことがあったんだよ」

「な……に」

「再婚するのか?」

「え?」

「課長と付き合ってるんだろ」

「子供たちに……聞いたの?」

「真は何も言わねーよ。ただ、亮が水族館に行っただの、野球に行っただのって話しただけだ」

 元夫が胸ポケットに手を入れ、何も取らずに腕を組んだ。煙草が吸いたいのだろう。けれど、近頃の飲食店は、基本的に禁煙。

 さすがに仕事中は本数を減らしているのか、以前のような強烈な煙草臭さはないけれど、やめていないことは子供たちから聞いていた。

「よりによって年下の上司とか、恥ずかしくないのか」

 言われると、思った。

「お前、母親だろう」

「あなたにはもう……関係ない……でしょ」

「お前、相変わらず馬鹿だな」

 頭を鈍器で殴られたような、鈍い衝撃。殴られたことはないけれど、きっとこんな感じだと思う。

「お前が俺の子供の母親である限り、関係ないわけないだろう。仕事に行って年下上司を引っ掛けてるような女、俺の子供の母親に相応しくない」

 色んな罵詈雑言を浴びせられて、それなりに忍耐力もあったはずなのに、二年半ですっかり平和ボケしてしまった今の私には、対処法がわからなくなっていた。

 京本さんに同じことを言われた時は難なく言い返せたのに、相手が元夫というだけで、この様。情けない。

「ここの席、いいですか」

 背後で声がした。

 聞き慣れた、声。

「オムライスと甘いコーヒー」

「カフェオレでよろしいですか?」

「はい」

 涙が、出そうだった。

 頑張れ、って言われてるように思えた。

 私は、大きく深呼吸をした。

「勝手なことを言わないで」

 大丈夫。

「ああ!?」

 大丈夫。

「仕事に行って若い女を引っ掛けた男は、父親に相応しいとでも思ってるの?」

 私は一人じゃない。

「はぁ?」

 一人じゃない。

「あなたの浮気に気づいてないと、本気で思ってたの」

「何の話――」

「調停で浮気のことを持ち出さなかったのは、子供たちやあなたのご両親を傷つけたくなかったから。だから、慰謝料も和解金もなしで、養育費だけで納得したの」

「何を根拠に――」

「亮が生まれてすぐ、大ゲンカしたこと覚えてる?」

 子供が二人になって、その頃乗っていた車じゃ手狭だからと大きな車に買い替えようとした。元夫は新車を買いたいと言い、私はそんな予算はないと言った。元夫はブチギレて、その後半年間、私を無視し続けた。

「あの時、お金がなかったのは、あなたの浮気相手に口止め料を払ったから」
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