最後の男

深冬 芽以

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 正式な辞令が出て、俺は一週間後に釧路支社に異動になった。営業部長として。

 札幌から約三百三十キロ、車で約六時間、特急列車でも約四時間の場所。道内線の飛行機ならば一時間もかからないけれど、発着便がとにかく少ない。

 形だけで見たら、栄転。昇進するのだから。だが、現実には左遷だ。

 釧路支社は、支社とは名ばかりの、出張所のような規模で、業績不振のためにいつ閉社してもおかしくない状態。

 そんな場所に、俺は行く。

「何が、『俺が守ってやる』よ」

 堀藤が、言った。

「いなくなるくせに」

 あの言葉に嘘はない。

 堀藤がどうしても耐えられなくなったら、その時は攫って行くつもりだった。

 けれど、そうはならないとも思っていた。

 堀藤は強い女だ。

 離婚前の彼女ならいざ知らず、現在いまの彼女は黙って元夫に虐げられているような女じゃない。

「やる気になったろ?」

「嘘つき……」

 最後に、堀藤の顔が見たかった。

 だから、彼女にだけ、出発の時間を知らせた。

 千堂は、何も言わずに堀藤の半休を認めた。

「千堂課長に聞いたんだけど――」

 堀藤は、風になびく髪を押さえながら言った。

「釧路支社、潰れるの?」

「……かもな」

「じゃあ――」

「誰かが、責任を取らなきゃならないからな」

 京本らの一件で、上層部とホームルーム相手側に彼女たちの依願退職を認めさせるために、俺は自分の首を懸けた。

 俺がそこまでする義理はなかったけれど、乗り掛かった舟だし、彼女たち三人だけを悪者にしようとしたホームルームに腹が立っていた。

 京本たちの退職願が受理された後、俺も退職願を提出しようとしたが、部長に止められた。

 結果、部長が早期退職し、俺が釧路支社営業部長に昇進の上で、閉社による会社都合で退職、という形で収まった。

 課長と部長では退職金が違う。

 会社からの、せめてもの恩恵だった。

「業績が――悪いんですよね? 釧路支社」

「ああ」

「立て直しに、行くんですよね?」

「……ああ」

 表向きは、そうだ。

 誰も信じちゃいなかったが。

「業績が良くなったら、潰れないんですよね?」

「まぁ……、そういうことかな」

 釧路行きの特急列車が間もなく到着すると、アナウンスが流れた。

 二人して、なぜかスピーカーを見上げた。

「じゃあ、頑張って立て直してください」

 そんなことが出来るはずがないことは、わかっているはずだ。

 彼女なりの励ましだと、受け取った。

「ああ」

「適当な励ましじゃないですよ」

「は?」

「本気で、言ってます」

 見透かされているようだった。

 釧路支社で、名ばかりの部長の椅子に座り、本社から閉社の知らせを待つ毎日。知らせを受け、数えるほどの取引先に挨拶をして、デスクを片付ける。幾らか割り増しされた退職金を受け取り、失業保険の手続きをする。

 そして、思う。



 どうして部長になりたかったんだ……?



 そんな、近い将来。
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