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4.男としての価値
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しおりを挟む明堂の人間になってから、こんな風に声を荒げるようなことはなかった。自分の考えや感情を押し殺してきたからだ。だが、この家は明堂とは何の関係もない、俺の家だ。『明堂家の人間』という仮面は、この家に帰って来た時に粉々に壊れた。
「来るわよ。あなたがどんなに役立たずでも、私は妻だもの」
平然と言ってのけ、萌花は出て行った。
ムカつく。
だが、事実だ。
散らばった服を拾い集めることすらままならない。
俺は、役立たずだ。
会社にも戻れず、子作りも出来ない。
この家に帰ると決めたのは、明堂の家との決別も仕方がないと思ったから。むしろ、そうしたいと思ったから。萌花も、いずれ見切りをつけて離婚届を持ってくると思っていた。
が、まさか、子作りを持ちかけられるとは――。
俺は、膝掛けをめくり、我関せずと俯いているモノに触れた。左手で。温かくて柔らかい。きゅっと握り、考える。
一人でスル時、どうしてた?
目を閉じて、軽く手を動かす。
やはり、無反応。
興奮できる何かを考える。
が、思い浮かばない。
正確には、唯一興奮出来そうな想像を、避けた。
ふと浮かんだ楽の姿を、打ち消す。
こんなことで汚したくない。
違う。
楽でもダメなら、本当にダメだとわかってしまう。
「くそっ――!」
痛いほど握り、痛くて手を離した。
カラカラカラ、とゆっくりと玄関ドアが開く音がした。
萌花が戻って来たのかと、肩をすくませた。
が、すぐに違うとわかった。
「悠久さん……?」
楽の声に、ホッとした。同時に、慌てた。俺は全裸で、身体中に口紅の痕。だが、隠しようも誤魔化しようもない。
遠慮がちにドアから顔を覗かせた楽は、息を弾ませていた。
今の自分が堪らなく恥ずかしくて、彼女と目を合わせられない。
この状況からして、萌花とセックスしたと思われるのは当然で、それを否定するのもおかしい気がする。
『勃たなくて出来なかった』などと説明するのは、もっとおかしい。
「萌花は……」
「帰ったよ」
「そう……ですか」
「ごめんね」
「え? あ、いえ、私こそ気が利かなくて――」
ソファの肩越しに、スウェットを差し出され、受け取った。
「シャワー……、お風呂にお湯を――」
「いいよ」
セックスの汗を流してこいなどと、誤解でも彼女に言われたくなくて、言葉を遮った。やっぱり、誤解されたままは嫌だ。
「汗をかくようなこと、してないから」
「え?」
「そんなこと、出来ないから」
「……悠久さん?」
「したくても……出来ないんだよ」
やっぱりシャワーを浴びなければ。
身体中、萌花の感触が残っている。
汗なんかかいていないはずなのに、身体が熱い。
ソファから立ち上がろうと、杖を探す。床に転げて、テーブルの真下に横たわっていた。
この場から逃げ出すこともできない。
情けなくて、涙が出る。
すぐそばにあった楽の気配が消え、水音が聞こえ、すぐに戻って来た。頬に柔らかくて温かい感触。
楽が持って来てくれたお湯で濡らしたタオルが、俺の顔に押し当てられていた。
彼女がいつものように俺の足元に跪き、丁寧に顔を拭いてくれる。
「萌花ってば、どれだけ濃い口紅を使ってるんでしょうね」
嫌な顔をせずに、首や胸も拭いてくれる。
「どうして帰って来たの?」
ようやく、楽の帰りがやけに早かったと気づいた。
「萌花から電話がありました。なんだかすごく怒って、悠久さんを病院に連れて行くように、って言うから、何かあったのかと思って……」
「……ああ」
「痛むところはありませんか?」
そう言って俺の顔を覗き込む彼女の唇に、目が留まった。
きっと、彼女の唇はベタベタしていないだろう。
そう思った。
「勃たないのって、どこで診てもらえばいいんだろうね」
楽の目の前だと言うのに、俺はピクリとも反応しないモノを、強く握りしめていた。
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