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8.目撃
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しおりを挟む走ること二十分。
二人が乗った車は海が一望できるホテルの地下駐車場へと入って行った。
私はホテルの手前でタクシーを降りた。
ホテルに入り、待ち合わせでもしているように、ロビーの一番端の、チェックインカウンターに背を向けるソファに座った。
萌花が来るかはわからない。
食事に来たのかもしれない。
そうだと、いい。
私の下世話な想像が間違いで、二人は親しい義兄妹なのかもしれない。
そもそも、悠久くんのお兄さんだと思った男性が、そうではないかもしれない。
お兄さんじゃない方が問題か……。
とにかく、間違っても、萌花が悠久くん以外の男性とホテルにチェックインするなんてことがなければいい。
私はスマホを弄りながら、耳を澄ませた。
五分ほどで、ポーンとエレベーターが到着する音がして、扉が開く。
「空いてたらスイートにしてくれるんでしょ?」
私はギュッと目を瞑った。
その甲高い猫撫で声は、萌花だった。
「平日だから空いてるだろ」
そう言った男性の声は、俗に言うチャラそうなイントネーション。
「けど、一番高い部屋はなしな」
「えーっ!? ケチッ!」
上機嫌にカウンターに向かい、二人はスイートルームが空いているか聞いた。
私はスマホを顔の高さまで持ち上げ、カメラを起動させた。私の顔をかすめて、背後の二人を映し出す。
女性はやはり、萌花だった。
「三十五階のコーナースイートでしたら、お泊りいただけます」と、二人を対応した男性が言った。
私は寄り添う二人の横顔を写し、立ち上がった。
我ながら、大胆なことをしていると思う。
ただ、たとえ萌花に見つかっても、彼女は私のことなんて気にも留めないだろう。最上階にあるラウンジのチーズケーキが人気だとテレビかスマホで見たことがあるから、それを買いに来たとでも言えばいい。
私はそのシナリオを頭に叩き込み、エレベーターの三十五階のボタンを押した。
平日の夕方だけあって、エレベーターを停める人はいなかった。
三十五階に到着して扉が開き、私はゆっくりと足を進めた。
程よく沈む上品なワインカラーの絨毯に、私の履き古したローヒールのパンプスの跡が形づく。が、次の一歩を踏み出すと、もうその形は消えていた。
「いらっしゃいませ」と声をかけられ、私は顔を上げた。
「お泊りのお客様でいらっしゃいますか?」
「え……? あ――」
五十代だと思われる柔らかな雰囲気をまとった男性の奥には、照明を落としたバーと、その手前にはチャックインカウンターが見える。この先は、スイートルームに宿泊する客だけの特別な空間なのだろう。
一階のフロントからスイートルームにチェックインする客の情報は伝えられているだろうから、誤魔化すなんて出来ない。
「――すみません。降りる階を間違えてしまったようです」と、私は考えた通りのシナリオに沿って言った。
「どちらにご用向きでございましたか?」
「チーズケーキが美味しいって聞いて……」
「最上階のラウンジでございますね。エレベーターのボタンが二列になっていますので、間違われる方が多いんです。申し訳ございません」
男性は深々と頭を下げた。
「ご案内いたします」と、私を通り過ぎ、エレベーターの上昇ボタンを押す。
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