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9.幸せにしたい、幸せになりたい
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しおりを挟む「弁護士さんに話したの?」
「うん。あと、俺に身体的な不貞行為は不可能だってことも」と、俺は何でもないことのように笑って言った。
反対に、楽が唇を震わせた。
「そんな……」
「事実を伝えたまでだよ」
「だけど――」
「――必要なら病院にも行くけど、今のところその必要はないって言われてるから」
調停で争うのは、離婚の合意だ。
弁護士が言うには、調停ではまず、互いに離婚の意思があるかを確認する。
互いが離婚に合意したなら財産分与などの条件の協議に進むが、合意しなければ離婚するかしないかで争う。
俺は離婚したい理由、つまり、萌花の浮気の証拠を示す。
萌花は離婚したくない理由、つまり、浮気はしていない証拠を示さなければならない。
俺は、事故後の不自由な体で放置され、信頼関係がなくなったと説明し、萌花は俺を放置せざる得なかった理由を説明しなければならない。
このやり取りを、月に一度、長ければ一年ほど続けなければならない。
そして、調停では決着がつかないと判断されると、裁判だ。
「離れたく……ない」
驚いた。
楽が、こんな風に自分の感情をストレートに言葉にするのは、珍しい。初めてかもしれない。
同時に、嬉しくなった。
離れたくない思ってくれたことが、思っていると伝えてくれたことが、嬉しかった。
「俺も、離れたくないよ」
彼女の頬に触れていた手を滑らせ、後頭部に回すと、自分の胸へと抱き寄せた。反対の手で、彼女の腰を抱く。
「ずっと、一緒に居たい」
楽の両手が俺の腰を抱く。
可愛くて、可愛くて堪らない。
互いに三十を超え、人並みに、人並み以上の経験をしてきた。楽しかった経験より、ツラい経験の方が多かった。
なのに、姿は変わっても、彼女の纏う穏やかさとか柔らかさ、優しさは十五年前と変わらない。
楽と一緒に居ると、軽い気持ちで女と付き合ってきた過去や、条件だけで萌花と結婚した自分が、汚らわしく思える。
なのに、触れたい。
早く、触れたい。
その為にも、早く萌花と離婚したい――。
「けどさ――」と、俺は彼女の肩に額を押し付けた。
「――楽が離婚してこの家にいることはお義父さんも知らないだろ? 調停となれば俺の親にも萌花の親にも知られるし、楽のことも知られてしまう。それは、楽も望まないだろ?」
「私のことなんて――」
「――楽まで好奇の目に晒されるのは、嫌だ」
俺は目の前の、楽の無防備な鎖骨にキスをした。
調停が始まるにあたって離れた方がいいと思う理由の一つは、これだ。
一緒に居ると触れたくなるから。
離婚が成立するまで触れずにいるなんて、きっとできない。現に、こうして触れてしまっている。
どこからが不倫と言えるのかはわからないけれど、挿入さえしなければ何をしてもいいというわけではないとは思う。
思っていても、抱き締めたくなる。
キスしたくなる。
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