楽園 ~きみのいる場所~

深冬 芽以

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9.幸せにしたい、幸せになりたい

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 俺はペンを握り直し、婚姻届の『夫になる人』の欄に名前を書いた。

 間宮悠久、と。

 住所は、この家。

 楽はやっぱり、何も言わずに俺が書きだす文字を眺めていた。

 楽と触れ合うのは好きだ。

 同じくらい、こうして同じ空間にいるだけの時間が好きだ。

 互いに何をしていても、互いの気配を感じて安らげる。暗闇の中でも、静寂の中でも、ただ、互いがそこにいる安心感。

 楽も、俺と同じように感じてくれていたら、嬉しい。

 俺は自分が記入すべき欄を埋めて、ボールペンを置いた。そして、書き終えた婚姻届を、楽に向けて滑らせた。

「お守り代わり」

「え……?」

「俺の離婚が成立して、楽が俺と結婚してもいいって思えたら、書いて。俺の気持ちは、変わらないから」

 楽が婚姻届を手に取り、じっと見つめた。

「楽とずっと一緒にいたい。再会してまだ三か月だけど、楽が、楽だと知らないままでも、きっと同じことを思った。過去がなくても、楽を好きになった。俺が……、この先、俺が一緒に居たいと思うのも、触れたいと思うのも、楽だけだ。だから――」

 言いかけて小さく息を吸う。

 楽が、その先を求めるように俺を見た。

 俺も、彼女の瞳をじっと見つめた。

「――俺と結婚してください」

 楽の瞼がゆっくりと閉じた。閉め出された涙が頬を伝う。彼女の瞼がゆっくりと開いた。

「私も、あなたと一緒にいたい――」

 楽は手を伸ばし、俺が置いたボールペンを握った。そのまま、婚姻届にペン先を載せる。

 俺は、楽が自分の名前を形にしていく様を眺めていた。

『妻になる人』の欄が埋まっていく。

 彼女の紡ぐ文字に迷いがないことが、嬉しかった。

 全て書き終えた楽はペンを置き、テーブルの上で用紙を回転させ、俺に向けた。

「今すぐ、出せたらいいのにね」

 楽が微笑む。

「一人で外出するの、大変だったでしょう?」

 杖がなくても歩けるようになったとはいえ、この家の中の話だ。

 靴を履いて、どこにでも壁や手摺りがあるわけではない屋外を歩くのは、緊張したし疲れた。さすがにバスや電車に乗る勇気はなくて、駅前でタクシーに乗った。乗り込む時、バランスを崩して頭をぶつけたことは内緒だ。

「これを出す時は、一緒に行こう」

 楽が少し恥ずかしそうにはにかんで、頷いた。

 楽が婚姻届を封筒にしまい、俺が離婚届をしまった。

 それから、二人でチーズケーキを食べた。

 美味しかった。

 しょっぱいはずなのに、甘くて、とても甘くて、胸がいっぱいになった。
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