楽園 ~きみのいる場所~

深冬 芽以

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17.愛を取り戻すため

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「何を考えてるのか知らないけど、子供は至って健康よ」

 マンションの駐車場に到着して電話をかけると、部屋に来いと萌花は言った。

 仕方なく料金を支払うと、「待っていましょうか?」と運転手に聞かれた。

 俺は三十分で戻るからメーターを動かしておいてくれと言った。

 部屋に行くと、萌花が黒のワンピース姿で現れた。

「健康とはどの程度を言っている?」

「は?」と、気怠そうに長い髪に指を絡ませる。

「お前、喫煙しているだろう。妊娠がわかるまでは連日のように酒も飲んでいたんじゃないか? 子供に障害がないかの詳しい検査をしたのか?」

「大丈夫よ! 疑いがあれば医者が言うでしょ」

「言い切れるのか」

 萌花がギュッと唇を結ぶ。

 俺はジャケットのポケットから、薄い紙を取り出した。広げてテーブルに置く。

「子供は俺の子じゃない。生まれて検査をすればはっきりすることだ。そうしたら、父子関係否認手続きを取る」

 ギリッと、歯軋りの音が聞こえる。

 萌花の視線はテーブルの上の離婚届の上を彷徨っている。

 もちろん、俺の欄は記入済み。

「今のうちにサインするなら、子供を育てるに不自由しない金をやる。このマンションもな」

「……この子は明堂家の子よ」

 そう言いながら、形よく膨れた腹に手をやる。

 他の妊婦がそうすれば母性を感じるのに、萌花がすると芝居染みて見えるのは、俺の彼女への感情の問題か。

「だとしても、俺の子じゃない」

「この子は明堂貿易の後継者よ」

 腹の子が男の子だとわかってから、萌花はとり憑かれたように口にする。

「本当の父親の元で育てられた方が、幸せじゃないのか」

「父親はあなたじゃない」

「サインをしろ」

「父親はあなたよ!」

 俺は離婚届を畳むと、ポケットに戻す。

「とにかく、子供の健康状態は確認させてもらう。早く準備しろ」

 観念したのか、萌花がのろのろと立ち上がって寝室に向かった。

 ここでサインをしてくれたら、良かった。

 そうしたら、穏便に済ませられたのに。

 十五分ほどで寝室から出て来た萌花は、光沢のあるグレーのワンピースに着替えていた。髪を巻き、真っ赤な口紅まで余念がない。



 病院に行くのに……。



 つくづく、半分とはいえ楽と血の繋がりがあるとは信じられない。

 楽の白い素肌が、俺の指や唇で火照り、色づく様を思い出し、喉が灼けるように熱くなる。



 早く。

 早く楽に会いたい――!



 征子さんが指定した病院まで三十分ほど。

 駐車場の入り口で萌花の身分証明書を提示すると、予約リストと照合した上で通された。

 ホテルのロビーのような受付で萌花の名前を告げると、プライベートルームに案内された。

 ホテルのセミスイートのような豪華さ。

 楽と暮らしたウィークリーマンションより大きなベッドやテレビ。身体をぴったりと寄せ合って入った風呂の倍の大きさはありそうなバスタブ。

「ローブに着替えてお待ちください」

 スタッフは部屋の設備の案内を終えると、そう言って出て行った。

 萌花がベッドの上のローブを広げる。

 薄いピンクのローブは、病院着には見えない。

 萌花は恥ずかしげもなく、俺の前でワンピースの脇のファスナーを下ろした。

 俺は目を背け、ソファに腰を下ろす。

 どんなに萌花を憎んでも、お腹の中の子供に罪はない。

 罪悪感から、萌花の腹を直視できなかった。

 すぐに看護師がやって来て、検査内容を告げた。

 それから、検査同意書にサインをするようにと、萌花にタブレットを差し出した。

 萌花がサインし、俺は部屋を出た。すると、部屋まで案内してくれたスタッフが来た。

「お聞きになっていると思いますが、検査後の様子を見るために、本日は泊っていただきます。明日は午前十時にはお帰りになれます。お迎えにいらっしゃいますか?」

「すぐに結果がわかりますか」

「いえ。検査結果は後日郵送にてお知らせとなります」

「そうですか。あ、迎えには来ます」

「わかりました。では、こちらにご主人様の連絡先の入力をお願いいたします」

 差し出されたタブレットに表示されているのは、萌花の情報。

 緊急連絡先に俺の名前と電話番号を入力する。

 たった一時間ほど一緒にいただけなのに、半端ない疲労感。

 楽の笑顔が、見たかった。
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