愛が全てじゃないけれど

深冬 芽以

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13.消したい過去

「俺の恋人は見世物じゃないけど」

 私の前とは違う少し雰囲気が違う成悟が新鮮で、私はこそこそ盗み見ていた。

 気が緩んだ笑い方が幼く見えると言ったら、成悟は気を悪くするだろうか。

 無意識に頬や唇が緩んだ表情をしていると気がついて、私はチラリと周囲を見た。

 当然だが、誰も私のことを見てはいない。

 今のうちに、成悟たちがいる、ホテルの正面玄関に向かう通路に向いている出口とは違う、売店やトイレに向いているカフェの出口から出ようと思って立ち上がると、成悟たちの後ろから彼らを見ている女性に気がついた。

 華やかさのある黒のドレスに、グレーにもシルバーにも見えるショールを羽織った女性。

 瑛子さんだ、と直感が呟いた。

 背中半分くらいまでの長く黒い艶のある髪、キリッとした切れ長の目が印象的な顔、ショールからのぞく細い手首には華奢だが絶対に視線を逃さない輝きを放つブレスレット。

 服装もそうだが立ち姿、そして表情が自信に満ちている。


 あの人が、成悟の愛した女性ひと……。


 胸の奥が焼けるように熱く、鉛のように重い。

 そして、どろりと重く粘着質、石油のように美しいほど真っ黒な液体が全身を染めるような感覚。

 嫉妬という感情を抱いたことがないわけでもないのに、その影響力に今更驚く。

 今初めて目にした女性が成悟に抱かれている様を想像すると、彼女が彼の視界に入ることすら、許したくない。

 だが、名前を呼ばれれば当然、振り返る。

「成悟」

 愛おしい男性ひとの名前なのに、彼女が呼ぶと入念に砥がれたナイフのように鋭く私の鼓膜を突き刺した。

 成悟はもちろん、その場にいた全員が振り返る。

「あ、裕典のお姉さん」

 成悟と同じくらい背が高くて、随分と恰幅のいい男性がそう言った。

「みんな、今日はありがとう」

 瑛子さんが微笑む。

「裕典、おめでとうございます。奥さんが妊娠してることも」

「ありがとう。出産前に結婚式ができてホッとしてたわ、二人とも」

 お祝いの言葉や結婚式での話に、にこやかに言葉を返す瑛子さんだけれど、その視線は常に成悟に向けられているように思うのは、私がそうであってほしくないと思っているからだろうか。

 成悟以外の四人がひとしきり話した後、急にシンッと会話が途切れた。

 そして、また彼女が呼んだ。

 彼女にとっての過去むかしの男で、私にとっての現在いまの男の名前を。

「成悟、久しぶりね」

「お久しぶりです」

「全然帰って来てなかったのね。裕典が会いたがっていたわ」

「そのうち、また会いに来ます」

 成悟の声に緊張が感じ取れた。

 幼馴染どころか、初めて会う親戚のような口調。

「そんなに畏まらないで? 昔はよく――」

「――さすがにもう『瑛子姉ちゃん』とは呼べませんから」

 私が言われたわけではないのに、なぜかグッと胸が締め付けられた。

「そう……ね。あの頃とは、違うわよね」

 一瞬、戸惑ったかと思えた瑛子さんだが、すぐに調子を戻す。

 そして、弟の友人らも目に留めず、成悟に近づいた。

 更に、ブレスレットをした手を伸ばす。

「すごく素敵な男性になって、驚いたわ」
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