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7章 王国の冬がはじまる
7-1 独り善がり ※ヴィンセント視点
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◆ヴィンセント視点◆
暗闇のなか目が覚める。
彼の寝息が聞こえる。
隣に温もりを感じる。
彼を抱きしめて、存在を確かめる。
誰にも渡したくない。
いつだって、彼は不確かな存在だ。
少し前まで隣国の英雄の噂はこの神聖国グルシアにも数多く届いていた。
噂通りの豪傑なところも存在している。
けれど、今の彼は恐ろしく繊細でもある。
もう誰からも裏切られたくないと思っている。
私はそんな彼の気持ちを利用しているのもわかっている。
もしレンが他の誰かと結ばれることが幸せだとわかったとしても、譲れない。
たぶん私はレンの幸せを願っていない。私が幸せであることの望んでいるだけの独り善がりな感情だ。
私がただレンと一緒にいたい、それだけだ。
だから、私がいないと寂しい以上の感情をレンに感じてもらいたい。
私がいないと生きていけないと思ってもらえれば最上だ。
ククーにどんなに狡いと言われようとも。
王子が念のため一日ベッドで寝ている日。
「レン、その布、、、」
レンが端がほつれている黒い布を、王子のベッドから持っていこうとしていた。
王子が意を決してレンに言った。
「レンっ、その布を僕にくださいっ」
汚い布なのに何でそんなものが欲しいんだか。何に使うかわからないが黒い布でいいのなら後で綺麗な布を持ってこようかと思ったが。
レンが王子ににっこり笑った。
「だめ」
あっさりと答えた。
コレは頑なな拒否だ。たぶん代わりの布を用意したところでレンの方も譲らない。
王子がガッカリとしている。
なぜレンも王子もこんなものに拘るのだろう。
ベッドのそばにいたタレタの耳が二人を見ながらちょっと左右にうろたえている。
「レン、その布に何かあるのか?」
私は尋ねる。
見てもその価値がわからない。
魔法とか魔術とかかけられているわけでもない普通の、、、というよりただの汚い布だ。
「コレはククーがはじめて俺にくれたものだから誰にもあげられない」
レンの返答に、私は恐ろしいほどの衝撃を頭に受けた気分だった。
王子が欲しがっていたのは、コレがククーのものだったからだ。
「正確にはこの布と部屋に飾っているあの剣だけど」
レンは俺に追加の説明をする。
今はレンの部屋になっている元客室に、あの剣は飾られている。刃はボロボロだが、鞘や柄の見てくれは良いので飾り物としては最適だろう。レンは違う剣をククーから受け取ったので、そちらを持ち歩いている。
「どっちも俺みたいで気に入っているんだよね」
「え?」
王子と私の言葉が一致した。
タレタだけがその意味をわかっているようで、垂れた耳で顔を隠してしまった。いつも思うが、感情が耳に出過ぎだぞ、お前。
その理由が聞きたいのにそっちの説明は一切しないで、レンは布を大事そうに持って部屋に片づけにいった。
「タレタ、どういうことだ」
レンが説明しないのなら、説明できるモノに聞くしかあるまい。
タレタが耳で口を塞ぐ。器用だな。
「タレタは光の文字で会話できるから、口は必要ないよ」
王子がベッドから言った。
俺はタレタに詰め寄る。
タレタは後退る。
タレタは壁でとまらざるえない。
「タレタ」
≪主が汚い布と刃がボロボロの剣に執着しているのは、ククーからもらったからです。酒以外の他の物はもらったというより買ったという表現が正しく、冒険者ギルドでの薬草納品や大神官長からの薬草破壊の賠償金の一部で、ククーが持って来た服や日用品、装備品等の代金はすべて支払い終えました。主はこの国に借りを作らないようにしています≫
「うん、そっちの説明じゃないってことはタレタもわかっているよね。汚い布と刃がボロボロの剣が俺みたいって表現、どう見てもレンとはかけ離れているよね。どういうこと?」
≪いや、あの、その、≫
タレタを追い詰める。
「俺みたいだから、俺みたいなんだけど」
レンが扉のところで立っていた。そこまで広くない家だ。すぐに部屋に戻って来れる。
「他人にとってはそのぐらいの価値しかないってことだ。まだまだ使えるのに」
レンはタレタを王子のベッドに移した。タレタの耳はまだしょんぼりと垂れている。
レンにはどう言えば伝わるのだろう。
隣国アスア王国の英雄ザット・ノーレン。
成し遂げた偉業は数知れない。多くの難攻不落のダンジョンから国民を救ってきた英雄。
かなりの誇張表現とともに我が国にも伝わっていたが、事実だけ見ても英雄と言わざる得ない人物だ。
アスア王国歴代の英雄のなかでも最強。
周辺の宗教国家各国が歯軋りをして欲しがるほどの人物。
他のことは正確に認識できるのに、なぜか自分の価値だけはわかっていない。
≪主は孤児だったので、どんなものにも価値を見出せる人なのです≫
それはレンのフォローなのだろうか。
どんなものにも、なら自分の価値も見出してほしい。
「ククーからもらえて嬉しかったのは事実だよ。すべて奪われた俺はそれぐらいのものも買うお金を持ってなかったから」
レンが笑顔で答えている。
レンは歪んでいる。
私や王子が考えているよりも酷く。
人として根底にあるものが虐げられて生きてきた。
英雄として称賛されて生きてきたはずなのに、レンは何一つそれを受け入れていない。
おかしいのはレンか?アスア王国か?
レンがククーを大切にするのは、レンのすべての部分を知っているから。
英雄だったときも、孤児だったときも。そして、今現在の自分も。
レンが歪んでいるのをククーは知っている。
だからこそ、思い出したかのようにレンを英雄と呼ぶ。
アスア王国の英雄ではなく、ククー自身が憧れた英雄として。
レンの心を支えているのはククーだ。あー、あと聖教国エルバノーンの人形遣いの爺さんもか。
この二人はアスア王国の国民さえ姿が変わった自分を自分だとは認識してくれないのに、自分だと無条件でわかってくれた。それだけでレンは嬉しかったのだ。
その点で、大神官長は失敗した。他の方法でレンを試していれば、レンは大神官長にも心を許していただろう。特に許さなくて良かったが。有力なライバルが増えるのは困りものだ。
ビスタは心の支えというより、別のものだ。仲間と呼ぶ方がふさわしいか。この関係性は一生変わらなくていい。
これらの過去に英雄に会っていた人間にとって、王子と私はずるい存在だ。
元々、英雄の過去にいない私たちは、当然レン自身そのままを受け入れる。
反対に、英雄時代の自分の姿を私が受け入れてくれるのかどうかを、レンが不安になったくらいだ。
レンがレンならどんな姿でも私は受け入れる。レンは私に受け入れられる土壌があると知って、確実に私を絡めとりにくるようになった。逃げられなくなったのはレンだけでなく、私もだ。
レンが帰る家が、私であるように願う。
レンは今の家を模した家をダンジョンに造ったが、私がいれば必要ないんじゃないかと思うのだが。
やはり私とレンの認識にはズレがある。レンには私がいる家を帰る家だと思ってほしい。
アスア王国は英雄を頼ることしかしていなかったのだろうか。
確かに強く、逞しい、どんな難題でも解決する。
けれど、英雄とはいえど人間だ。
対価の報酬だけ支払っていればそれで良いというわけでもあるまい。
英雄は命がけでアスア王国を守ってきたのだから。
アスア王国の国王や上層部、仲間たち、それに英雄と結婚しようとした王女でさえ、今のレンが英雄と同一人物だとはわからないと思っているのはなぜだろう。王女の薔薇騎士団だって英雄を直接見たことはあるはずなのに気づかなかった事実はある。
実は会ったらわかってしまうのではないか、と思っているのは神聖国グルシアである。だから、会わせようとはしない。このまま囲って、アスア王国に何の連絡もしない。アスア王国は新英雄と仲良く生きていてくれればいいとさえ思っている。
レンにはこの国でゆっくりと穏やかに生きていてほしいとさえ思っている。
私は神聖国グルシアでも他の国でもどこでもレンと一緒に暮らしていければそれでいい。
将来、聖都に移り住んだとき、レンが王子だけでなくククーも一緒に住みたいというのなら仕方ない。
が、ククーはレンが今の姿で固定されたとなったら、レンに何をするのかわからない。
私はこの任務が終わったら、とりあえずレンを結婚という鎖で縛りたいと思う。
神官は結婚できない決まりだが、例外はどこにだって存在することがわかった。
それすら、レンにとっては完璧な鎖ではないが。
暗闇のなか目が覚める。
彼の寝息が聞こえる。
隣に温もりを感じる。
彼を抱きしめて、存在を確かめる。
誰にも渡したくない。
いつだって、彼は不確かな存在だ。
少し前まで隣国の英雄の噂はこの神聖国グルシアにも数多く届いていた。
噂通りの豪傑なところも存在している。
けれど、今の彼は恐ろしく繊細でもある。
もう誰からも裏切られたくないと思っている。
私はそんな彼の気持ちを利用しているのもわかっている。
もしレンが他の誰かと結ばれることが幸せだとわかったとしても、譲れない。
たぶん私はレンの幸せを願っていない。私が幸せであることの望んでいるだけの独り善がりな感情だ。
私がただレンと一緒にいたい、それだけだ。
だから、私がいないと寂しい以上の感情をレンに感じてもらいたい。
私がいないと生きていけないと思ってもらえれば最上だ。
ククーにどんなに狡いと言われようとも。
王子が念のため一日ベッドで寝ている日。
「レン、その布、、、」
レンが端がほつれている黒い布を、王子のベッドから持っていこうとしていた。
王子が意を決してレンに言った。
「レンっ、その布を僕にくださいっ」
汚い布なのに何でそんなものが欲しいんだか。何に使うかわからないが黒い布でいいのなら後で綺麗な布を持ってこようかと思ったが。
レンが王子ににっこり笑った。
「だめ」
あっさりと答えた。
コレは頑なな拒否だ。たぶん代わりの布を用意したところでレンの方も譲らない。
王子がガッカリとしている。
なぜレンも王子もこんなものに拘るのだろう。
ベッドのそばにいたタレタの耳が二人を見ながらちょっと左右にうろたえている。
「レン、その布に何かあるのか?」
私は尋ねる。
見てもその価値がわからない。
魔法とか魔術とかかけられているわけでもない普通の、、、というよりただの汚い布だ。
「コレはククーがはじめて俺にくれたものだから誰にもあげられない」
レンの返答に、私は恐ろしいほどの衝撃を頭に受けた気分だった。
王子が欲しがっていたのは、コレがククーのものだったからだ。
「正確にはこの布と部屋に飾っているあの剣だけど」
レンは俺に追加の説明をする。
今はレンの部屋になっている元客室に、あの剣は飾られている。刃はボロボロだが、鞘や柄の見てくれは良いので飾り物としては最適だろう。レンは違う剣をククーから受け取ったので、そちらを持ち歩いている。
「どっちも俺みたいで気に入っているんだよね」
「え?」
王子と私の言葉が一致した。
タレタだけがその意味をわかっているようで、垂れた耳で顔を隠してしまった。いつも思うが、感情が耳に出過ぎだぞ、お前。
その理由が聞きたいのにそっちの説明は一切しないで、レンは布を大事そうに持って部屋に片づけにいった。
「タレタ、どういうことだ」
レンが説明しないのなら、説明できるモノに聞くしかあるまい。
タレタが耳で口を塞ぐ。器用だな。
「タレタは光の文字で会話できるから、口は必要ないよ」
王子がベッドから言った。
俺はタレタに詰め寄る。
タレタは後退る。
タレタは壁でとまらざるえない。
「タレタ」
≪主が汚い布と刃がボロボロの剣に執着しているのは、ククーからもらったからです。酒以外の他の物はもらったというより買ったという表現が正しく、冒険者ギルドでの薬草納品や大神官長からの薬草破壊の賠償金の一部で、ククーが持って来た服や日用品、装備品等の代金はすべて支払い終えました。主はこの国に借りを作らないようにしています≫
「うん、そっちの説明じゃないってことはタレタもわかっているよね。汚い布と刃がボロボロの剣が俺みたいって表現、どう見てもレンとはかけ離れているよね。どういうこと?」
≪いや、あの、その、≫
タレタを追い詰める。
「俺みたいだから、俺みたいなんだけど」
レンが扉のところで立っていた。そこまで広くない家だ。すぐに部屋に戻って来れる。
「他人にとってはそのぐらいの価値しかないってことだ。まだまだ使えるのに」
レンはタレタを王子のベッドに移した。タレタの耳はまだしょんぼりと垂れている。
レンにはどう言えば伝わるのだろう。
隣国アスア王国の英雄ザット・ノーレン。
成し遂げた偉業は数知れない。多くの難攻不落のダンジョンから国民を救ってきた英雄。
かなりの誇張表現とともに我が国にも伝わっていたが、事実だけ見ても英雄と言わざる得ない人物だ。
アスア王国歴代の英雄のなかでも最強。
周辺の宗教国家各国が歯軋りをして欲しがるほどの人物。
他のことは正確に認識できるのに、なぜか自分の価値だけはわかっていない。
≪主は孤児だったので、どんなものにも価値を見出せる人なのです≫
それはレンのフォローなのだろうか。
どんなものにも、なら自分の価値も見出してほしい。
「ククーからもらえて嬉しかったのは事実だよ。すべて奪われた俺はそれぐらいのものも買うお金を持ってなかったから」
レンが笑顔で答えている。
レンは歪んでいる。
私や王子が考えているよりも酷く。
人として根底にあるものが虐げられて生きてきた。
英雄として称賛されて生きてきたはずなのに、レンは何一つそれを受け入れていない。
おかしいのはレンか?アスア王国か?
レンがククーを大切にするのは、レンのすべての部分を知っているから。
英雄だったときも、孤児だったときも。そして、今現在の自分も。
レンが歪んでいるのをククーは知っている。
だからこそ、思い出したかのようにレンを英雄と呼ぶ。
アスア王国の英雄ではなく、ククー自身が憧れた英雄として。
レンの心を支えているのはククーだ。あー、あと聖教国エルバノーンの人形遣いの爺さんもか。
この二人はアスア王国の国民さえ姿が変わった自分を自分だとは認識してくれないのに、自分だと無条件でわかってくれた。それだけでレンは嬉しかったのだ。
その点で、大神官長は失敗した。他の方法でレンを試していれば、レンは大神官長にも心を許していただろう。特に許さなくて良かったが。有力なライバルが増えるのは困りものだ。
ビスタは心の支えというより、別のものだ。仲間と呼ぶ方がふさわしいか。この関係性は一生変わらなくていい。
これらの過去に英雄に会っていた人間にとって、王子と私はずるい存在だ。
元々、英雄の過去にいない私たちは、当然レン自身そのままを受け入れる。
反対に、英雄時代の自分の姿を私が受け入れてくれるのかどうかを、レンが不安になったくらいだ。
レンがレンならどんな姿でも私は受け入れる。レンは私に受け入れられる土壌があると知って、確実に私を絡めとりにくるようになった。逃げられなくなったのはレンだけでなく、私もだ。
レンが帰る家が、私であるように願う。
レンは今の家を模した家をダンジョンに造ったが、私がいれば必要ないんじゃないかと思うのだが。
やはり私とレンの認識にはズレがある。レンには私がいる家を帰る家だと思ってほしい。
アスア王国は英雄を頼ることしかしていなかったのだろうか。
確かに強く、逞しい、どんな難題でも解決する。
けれど、英雄とはいえど人間だ。
対価の報酬だけ支払っていればそれで良いというわけでもあるまい。
英雄は命がけでアスア王国を守ってきたのだから。
アスア王国の国王や上層部、仲間たち、それに英雄と結婚しようとした王女でさえ、今のレンが英雄と同一人物だとはわからないと思っているのはなぜだろう。王女の薔薇騎士団だって英雄を直接見たことはあるはずなのに気づかなかった事実はある。
実は会ったらわかってしまうのではないか、と思っているのは神聖国グルシアである。だから、会わせようとはしない。このまま囲って、アスア王国に何の連絡もしない。アスア王国は新英雄と仲良く生きていてくれればいいとさえ思っている。
レンにはこの国でゆっくりと穏やかに生きていてほしいとさえ思っている。
私は神聖国グルシアでも他の国でもどこでもレンと一緒に暮らしていければそれでいい。
将来、聖都に移り住んだとき、レンが王子だけでなくククーも一緒に住みたいというのなら仕方ない。
が、ククーはレンが今の姿で固定されたとなったら、レンに何をするのかわからない。
私はこの任務が終わったら、とりあえずレンを結婚という鎖で縛りたいと思う。
神官は結婚できない決まりだが、例外はどこにだって存在することがわかった。
それすら、レンにとっては完璧な鎖ではないが。
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