その捕虜は牢屋から離れたくない

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2章 帝国の呪い

2-49 あくまでも善意ではない

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 ぐいっと手首を引っ張られた。

「えっ」

「そこ、手すりにも彫刻があるから。ファン、気をつけて」

 ボレールの元に引き寄せられる。
 つかまれた手首が熱い。

「あ、ありがと」

 わー、驚いたー。
 祈りの間の空間が高く造られているだけあって、二階部分に辿り着くまでが長い。
 そうか、手が触れるのが当たり前の場所にも彫刻があることを気をつけないといけないのか。盲点だった。

「おー、意図してなかったが、ファンとボレール二人で見学に連れてきたのは正解だったかもしれないな。ボレールは目が良い。一応、この階段、二階まではすでに修繕されているから大丈夫なんだが、その調子で気をつけてくれ」

 大教会も居住区域も一階部分は修繕が終了している。ただし、一階とも言えるが祈りの間は相当広いので、信者の祈りをあまり邪魔をしないように足場を組んで一部分ずつ進めているようだが。

 通路を進み、一室に入る。
 内部は暗いが、人影が見えないわけではない。
 けれど、彫刻がしっかり見えるほどの明るさではない。
 何も触れない方が無難である。作業の邪魔にならないよう壁際に寄っておくのもやめておいた方がいいのかもしれない。壁に寄りかかった先が、ということは俺のことだから充分にあり得る。

「今は二階部分を重点的に修繕工事を進めているのだが、厄介なのは一度調べたところでも彫刻が動く危険性が高く、工事の手が入る前に俺たちでもう一度調査をすることになった。今日の午前中も一度調べた場所の調査が中心になるが、警戒は怠らないでくれ」

「クロウの魔法での探査に引っかからないのは本当に厳しいよなあ」

 リーウセンさんがボヤく。

「魔石などの魔力を巧妙に隠されていると発見しづらい。ボレールとファンも目視で宝石や硝子のような飾りがあるのは要注意で、もし見つけられたら教えてくれ。そして、魔石が内部に埋め込まれていたり、粉末にされて塗料や下地材、充填剤に混ぜ込まれている場合、目視では発見するのが難しい」

「しかーも、古くなっているから、見えるところにあっても魔石が汚れてくすんでいる。だから、硝子にさえ見えなくなっているものも少なくない」

「前は魔力がある場所を探していたけど、最近はその魔力を隠蔽しているものを探すことにしている」

 ふむふむ、魔力が隠されているなら隠しているものを探すってことかー、ってそっちの方が難しくないでしょうか。

「魔導士じゃないと見つけられないものですか」

「いい質問だ、ボレール。違和感に気づくものなら魔導士じゃなくても気づく。現に作業員たちが被害に遭うよりも早く気づいてくれるおかげで、本来なら死傷者が山のように出てもおかしくはないが、この現場では重傷者どころか軽傷者も少ない。目が肥えた熟練の作業員が揃っていてくれるから、我々としても本当にありがたい」

「いえいえ、それほどでもありません。魔導士様たちがいて逃げ場所が決まっているおかげでこの大きな魔窟が何とかなっているようなものです」

 扉から顔を覗かせたのは、数人の作業員。
 ちょっとお顔をテレテレしながら去っていく。
 ちょうど通路を歩いていたのか。

「、、、えっと、あのように作業員が近くで作業している場合もあるから、ここにいる者以外のことも注意できればするように」

 部屋長が言いながら、手に書類を持って何かを確認している。
 予定表だろうか。
 すぐに紙束は消えたが。

「あと、ポシュは見つからないからといって手当たり次第その辺を触らないように」

 手当たり次第触らないように???
 これだけ彫刻を触るなと言われている中で、それでも触るんですか?
 理解不能。

「だって、触った方が動くじゃん。手っ取り早いじゃん」

「毎回言っているが、元に戻るからといって自ら危険に突っ込んでいかないように。お前は見捨てられたらどうするんだ」

 誰に見捨てられるんですか?
 治す人にですか?

「お前が吹っ飛ばされるのは、本当にどうしようもないときの最終手段だ。それ以外で肉片になるのは、周囲の迷惑を考えろ」

 周囲の迷惑を考えろ?
 周囲の迷惑でいいんですか?
 部屋長も薬師見習の理解度を超える発言をしている。
 うーん、どういう意図があるのか、ないのか。

「ポシュ、お前が謎の肉体を保有しているのはわかるが、傷つくのは見たくない」

「それは、、、精鋭部隊の任務はこれよりも過酷だったじゃないか。メーデだって皇帝陛下に無理難題押し付けられていただろ」

「危険な勤務は確かに多かったが、お前の怪我が少なかったのは魔法のおかげだったと思うけど、それでも」

 ポシュが傷つかないように何とか説得しようとするメーデ氏。
 怪我が治るとしても、同僚が犠牲になるのは誰だって嫌だろう。

 部屋長のお顔が無表情化している。
 ん?
 ポシュの背中に三匹の黒ワンコの顔がにょっと現れた。
 たまに生えるんだよなあ。
 不思議だよなあ。可愛いけど。飼っているのかな?

 ポシュの説得をメーデ氏に任せて、二人に見えないように部屋長が彼らにクイクイと指で合図した。

 何でしょうか?という顔つきで床にとことこと現れる三匹。

「おい、お前ら、ポシュの痛みはどうなっている?痛みを感じてないんじゃないか?何度も手を吹っ飛ばされてヘラヘラ笑っていられるなんておかしいぞ」

 しゃがみこんだ部屋長の質問に身振り手振りで一生懸命に返事をする三匹。

 ううっ、超可愛い。
 部屋長の言葉、しっかり理解しているんだな。
 俺には黒ワンコたちが小さくワンと言っているようにしか聞こえないが、魔導士には言葉として聞き取れているのだろうか。
 白ワンコも銀ワンコも人の言葉を理解しているようだから、黒ワンコだって理解できるのだろう。そういや、あの難しい薬師のテキストも読んでたっけ。

「今度、ポシュが怪我したらそれ相応の痛みを味わわせてやれ。精鋭部隊活動時は魔法で痛みを排除していたのだろうけど、きちんと痛みは痛みとしてしっかり認識させろ。そうしないと毎回吹っ飛ばされてお前たちも大変だろ」

 部屋長が三匹に指示すると、黒ワンコ三匹がビシッと敬礼した。
 うおぅっ、可愛い。何、この超ド級の可愛さ。
 シエルド様が買っても飼いたいと思うはずだよ。
 俺も欲しいけど、シエルド様でさえ難しいのだから俺には無理に違いない。お金ないしなあ。

 今、白ワンコが俺の頭ペシペシ叩いているけど。
 白ワンコは教会長のものじゃん。

「、、、ファン、そんなに黒ワンコが欲しいのか?」

 尋ねたボレールの肩の上の白ワンコもちょっと不機嫌そうだぞ。

「顔に出てたか?可愛いからなー。一匹くらい譲ってもらえないだろうかと」

「うーん、ファンの魔力量だとかなり難しいかなあ」

 うおっと。
 広い部屋だから少し離れて見ていたはずなのに、いつの間にか俺の隣に部屋長がいた。

「ギノくらいの魔力量なら何とか一匹面倒見れるかなあ」

 飼うには魔力が必要なんですか。
 魔導士見習のギノで何とかなら、やっぱり俺には無理かなあ。

「魔導士じゃないと難しいのかあ」

「ああ、けど、魔法は使えるようにはならないけど魔力量を増やす訓練を毎日するなら、修繕工事を終える頃には黒ワンコを一匹飼えるくらいの魔力量にはなると思うよ」

「え?」

 そんなこと言われたら、俺、希望を持っちゃいますけど?期待を込めた目で見ちゃいますけど。
 毎日訓練しちゃいますよ。あ、過酷すぎるものは無理だけど。

「ファンなら毎日五分から十分くらいのものだ。ただし、毎日続けることが重要だから、この薬部屋が休みの日も地道に継続しないといけないけど」

「やりますっ。やりたいですっ」

「あの、それ、俺も訓練できますか」

 ボレールも気になっていたんじゃないか、黒ワンコ。
 可愛いもんな。

 目がキリリとしている銀ワンコもカッコイイけど、つぶらな瞳の黒ワンコたちも可愛いからな。
 そういえば、いつの間にか三匹の黒ワンコは消えている。

「うん、できるよー。まだまだご主人様大募集しているから大歓迎だよ」

 うん?
 大募集?
 大歓迎?

 部屋長の笑顔が黒く見えたのは気のせいか?
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