その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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2章 帝国の呪い

2-56 幸せとは?

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「どこに行っていたんだ?」

「お茶飲みに」

「誰と?」

「ラウトリス神官とだよ」

 おお、尋問が始まっている。
 俺たちの見学会終了後、姿を消した部屋長。
 セリムさんの細かい質問にもニコニコと正直に答えているところを見ると、やましいところは何もないようだ。喉を潤しながら事務連絡でもしていたのだろうか。

 セリムさんよりも部屋長の方が一枚も二枚も上手だから心配することもないか。

 彫刻にファンと俺の精神だけ攫われた事件の後、他の部屋の作業も見学して、昼になる少し前に見学会は終了した。
 ポシュの手が吹っ飛ばされる光景を見ることはなかったが、彫刻が数体ほど破壊されていた。
 歴史的価値のある彫刻よりも人命が大切というのは徹底されている現場である。
 修繕作業が終わったらそれらの彫刻はまとめて魔法で修復するから問題ないと平然と言えるのは部屋長だけだろう。

 俺はファンに声をかける。

「お昼持ってきたか?一緒に食べないか」

「俺はパン持ってきた」

 部屋長たちは自分たちの休憩室で食べるそうだが、俺たちは薬部屋の近くにある更衣室兼休憩室に向かうことにする。
 更衣室と兼用の休憩室は見習が気兼ねなく使えるようにと用意された部屋である。
 ロッカーとほどほどの大きさのテーブルとイスという簡素な備品ではあるが、この暑さのなか歩いてくるとシャツを着替えられる場所があるのはありがたい。

 通常、昼食は午前中にいる薬工房ですましてくるため、荷物置き程度の使用頻度であるがこういうときはありがたい。

「あ、ファン、ボレール、薬部屋に薬草茶が冷やしてあるから飲んで。あとシエルド様からの差し入れとかも入っているから適当につまんでいいよ」

 部屋長が声をかけてくれた。

「ありがとうございますっ」

 元気良くお礼を言うのはファン。俺は頭を下げて感謝を示す。
 部屋長が細々と指示しないのは、仕事で使う材料はわかっているから。見ればわかるだろうという信頼の元。

「部屋長の作る薬草茶は冷やしてもおいしいよな」

 ファンは嬉しそうに俺に話す。
 この瞳を見ていれば、ファンが部屋長にどんな感情を抱いているか容易に想像できる。

「二煎目の薬草でもうまいよな」

 本来、薬効成分が抜けた廃棄してしまう予定の一度使った薬草を、部屋長は煮出してお茶を作っている。
 配合はその日の使用した薬草で変わるし、味も同じではないのだが、途中の短い休憩時間に出してくれて、普通にうまいと感じる。
 そう、廃棄するものだから再利用しても問題ないと、煮出した薬草もお茶請け用の漬物やつくだ煮となっていたりする。

 うちの薬工房でもまかないとして昼食用に作っていたりするので違和感はないのだが、部屋長が作る物の方がうまい。それに、薬効もしっかり残っている気がする。

「あっ、これはっ」

 ファンが薬部屋にある保冷庫を開けた。

「どうした?」

「な、なんと、シエルド様からの差し入れはハムとチーズ」

 ファンの瞳がキラキラしているなあ。
 しかも、庶民にはなかなか手の届かない高級店の高級品。
 コレはファンではなくても、ゴクリと唾を飲み込んでしまう。特にハムに対して。

「パンならちょうどいいな。少し炙ってのせるか」

「な、なんて豪華な昼食」

 庶民にしてみれば夢のような昼食内容だ。
 育ち盛りの者にとって、お腹が満たされる量があれば食事としては充分。栄養バランスとか味とか考える余裕はない。
 それに肉が加わるのなら豪華と言える。

 うちの薬工房ではまかないが出されるが、ファンとトータのところでは出ない。薬工房でまかないが出るのはごく少数。
 うちの薬工房は少々特殊だ。
 材料にこだわるが故、薬の材料となる魔物を狩りに行ったり、山の奥まで樹皮を剥がしに行ったり、草むらをかき分けて薬草を採取しに行く。
 普通は数人の店番を残して店を開けているが、物によっては薬工房総出で出かけることもしばしば。そういう日はもちろん店を休む。今日みたいに。
 それを客が許しているのは、品質のためだ。
 こだわりが強い熱血工房主の効能が高い薬を求めているからこそ、お客はうちの薬工房にやってくる。
 帝都にはこだわりが強い客も多いのである。
 臨時の休みがあることで怒るような客は、普通に他の薬工房に流れる。

 肉体派の薬師が多く、材料の調達も自分たちでこなす。
 だからこそ、昼食のまかないも自分たちで作り、肉体を作る基本を知る。
 隣に薬膳料理屋があり、そこにも薬草を卸しているため、薬草の味をしっかり知るためでもある。
 効能は高くても、超苦かったり、独特の味のものは料理には不適であるが、工夫ができないかを模索する。

 俺も午後は大教会の薬部屋に行くことになったからまかないは辞退しようとしたが、一人二人も変わらねえと工房主に押し切られた。食べていっても間に合う距離なので本当はありがたい。見習の給料なんてさほど高くないのだから。
 俺はあの熱血工房主が標準だと思っていたから、ファンやトータの話を聞くとうちが特殊だったんだなーと知った。

 標準的な薬工房はファンのところだ。
 薬師は机の上で材料を混ぜるだけ。今では材料の下処理の大部分はされているものが売られている。それでも、微かに残る面倒な下処理や作業を見習に任すのが普通の薬工房。

 トータのところは薬草の一部を自分たちで栽培している。
 こだわりがある薬工房にはこだわりのある客がついている。
 トータのところの薬草は他の薬工房でも一目置かれており、うちの熱血工房主が奪い取りに行くくらいである。実際はもちろん対価を払っているし、工房主同士飲み仲間であるらしい。
 トータが熊男に薬草畑を襲撃されたという話と、翌朝熱血工房主が他のところから奪い取ってきたという薬草を見て、事実が判明したが。工房主同士の悪ふざけというヤツで、本当に強奪してきたらうちの工房主はお縄につくことになっているだろう。


 そんなことを俺が考えている間、ファンはハムの厚さをどうするかでうんうん悩んでいる。
 厚く切りたいのだろうけど、他の皆のことを考えて多少は薄く?とか包丁をあてながらも切れない。
 どちらにしてもファンが切ろうとするハムの厚さは常識の範囲内だ。

「コレじゃあ分厚いかなあ」

 と言っているのも、悲しいかな庶民が考える分厚さである。
 部屋長が全然気にしない厚さだ。
 それで問題ないだろうと、伝えておくか。

「良いんじゃないかなあ。キミのボスはこういう高級品、本来なら受け取りたくないと考えているくらいだし。他の人が食べ尽くしましたーで濁したいくらいだから、たくさん食べてくれる方がありがたいと思っているよ」

「お?」

 ファンが振り返る。
 音もなく気配もなくファンの背後に急に表れたのは、セリムさんに似ているが、顔に縦一筋の傷跡がある。
 セリムさんは銀髪だが、この人は白髪で身につけている物も白い。
 けれど、その瞳はどこまでも青い。
 この青い瞳、どこかで?

「えーと、どちら様とお尋ねしたいところでもあったけど、もしや?」

 ファンが背の高い青年を見上げる。
 青年がパッと明るい笑顔を咲かせる。

「おお、我が花嫁は僕のことをこんなにもすぐに察してくれるのか。嬉しいぞ」

「あ、いや、部屋長がわりとイケメンだと言っていたから察せられただけで」

「キミのボスの好みに合わせておかないと、破壊される危険性があったからな。ファンが望むなら、外見をキミのボスの姿にすることもできるぞ。髪は白で、瞳は青になるが。もちろんこの顔の傷は消せるが、ないと気づかないかなーと思ったから」

 嬉しそうに話す、この青年。
 キミのボス、、、部屋長の好み、ということは、まさかこの人物は。

「いや、それは破壊力が増すのでこのままでっ。いや、このままでいいのか?セリムさんに似ている顔だから、部屋長が嫌な顔をしないか?」

「はっはっはーっ。えいっ」

 その青年は包丁で厚めにハムを切った。

「悩んでいたら休憩時間が終わるぞ。せっかくだから僕のせいにして、味わって食べなさい」

 くっ。
 人外なのに、良いところを突いてくるじゃねえか。

 ファンが分厚いハムに小躍りしている。
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