その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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1章 敵国の牢獄

1-1 愛される筋肉

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 夕食後のひととき。
 お休み前の束の間の自由時間。

 とは言っても、自由に歩き回れるわけではない。
 ここは敵国の牢獄。
 一部隊全員、百人弱が捕虜となっている。

 俺ができることと言えば、自分に宛がわれた牢屋のなかで、のんびり茶でもすすって読書するくらい。

「うん、おいしい」

 ほっとする。
 温かいお茶って最高だね。
 ベッドに腰掛けながら、こぼれないよう木の板の上に湯呑みを置いている。
 机など気の利いたものはないのは残念。

 小さな牢屋は殺風景な灰色の薄汚れた壁に囲まれ、寝るには困らない大きさのベッド、片隅に小さいトイレ、身支度用の洗面器とその台があるのみ。
 快適と言うにはほど遠い空間。
 一つ一つの牢は狭いのに、鉄格子の向こう側の通路は広い。
 看守が見張りやすいからか、他の理由があるのか。
 はてさて。
 鉄格子なので牢の中にいる者からも、他の牢にいる仲間たちの様子が見て取れる。
 彼らに生命の危機はないとわかる。

 ま、こんな環境でも一か月もすればこの牢屋生活も慣れるから、気にせずゆっくりと読書ができる。
 俺は本の頁をめくる。

 ただし、読書のBGMは男性の喘ぎ声。
 大音量で。

「あ、ああっ、やめっ」

「はっ、あっ、んんっ」

 この牢獄のあらゆる場所から響く。
 この時間、同じ部隊にいた他の仲間たちは一人につき敵国の看守や軍人たちに数人がかりで抱かれている。
 向かいの牢屋には副隊長がいるのだが、剣では敵う者なしとまで言われた人物だが、うん、本日の相手は三人らしい。いや、おそらくこれから人数は増えていくのだろう。
 鉄格子なので、何事も基本的に丸見えなのである。
 俺が視線を本から上げることをしないが。
 乱れている副隊長と目が合ったら気まずいことこの上ないし。
 最初はくっころの世界を生で見せられたが、今の彼らは快楽の泥沼にはまっている。

 捕虜たちの夕食後というのは、ここに訪れる彼らにとって仕事終わりの時間。
 一か月もすると、お気に入りの捕虜ができて通いに来るし、捕虜とはいえ情が湧くらしい。
 副隊長の牢屋は貢ぎ物で溢れている。
 あまり羨ましいとは思えないのが不思議だが。いや、全然不思議ではないか。代償はあまりにも大きすぎる。

 この世界で捕虜となったら、どこの国でも人として人格やら名誉などが尊重されることを期待してはならない。
 人道的な扱いを受けるなんて夢物語なのである。
 捕虜となったら酷い拷問を受けて死ぬか、奴隷になって死ぬまで扱き使われるか。
 食事なども満足に与えられることはない、というのが基本。

 俺たちが捕虜となった敵国オルド帝国というのは、鍛えられた筋肉を見ると熱狂する国民性を持っているらしい。身分関係なく男女ともに筋肉が大好き、超大好き。
 神の像も筋肉満載だ。
 軍人が街にいる娼婦ではなく、捕虜を相手にするのはちょうどいいからだろう。何もかもが。

 敵国軍人に副隊長が一番モテるのは、やはり鍛え上げられた筋肉がこの部隊で最高だから。
 国にいたときも上半身裸になって周囲に自慢していた。
 うんうん、あのときはそれがこうなる結末になるなんて誰も考えてなかっただろうなあ。
 帝国軍人は自分よりも鍛えられた肉体を屈服させるのが、より最高なのだそうな。
 そういう性癖の持ち主ばかりだということだ。

 そう、筋肉こそが最高だから、この牢獄ではなぜか訓練も推奨されているし、食事も筋肉のためにきちんと三食栄養バランスを考えられたものが出される。
 ここは、抱きたい筋肉を養う、という牢獄のようだ。

 呆れ果てるが、俺には実害が何もないので大変ありがたい。
 筋肉部隊に囲まれて、ひっそりと目立たず過ごしていけるのは幸運だ。
 筋肉がない者はお呼びでないのだ。
 ただ、筋肉がないからと一人こっそりと始末されなくて良かった。
 それだけは幸運だった。
 同じ部隊の捕虜として一括に同じ牢獄に入れられて、身の安全が確保されているということは奇跡と言っても過言ではない。


 俺は魔導士。
 筋肉なんて何一つ育ててこなかった。
 下っ腹が気になりだしたお年頃ではあるし、鍛え上げられた筋肉に憧れが僅かにでもなかったかと言うと嘘になる。

 が、幼い頃、剣なんて嫌だーっ、と放り出した自分を褒めてやりたい。あの選択を大絶賛してやりたい。

 平民でも魔力量が多いと認められてから、魔導士一筋にやってきた。
 それが己の操を守るとは。

 何が幸運の鍵となるかは本当にわからない。
 眠くなってきたので本を閉じ、俺は耳栓をしたままベッドに横になるのであった。

 めでたしめでたし。え?終わらないって?
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