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1章 敵国の牢獄
1-32 自己愛劇場
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看守に話してから、滞りなく滑らかに話が進んだ。
あれから数日で帰国日が決定した。
神に愛されている自分を感じる。
祈ったことも、信じたこともないが。
「あー、そうそう、この牢獄での扱い、お前はリンク王国に帰国するということではなく、今回騒ぎを大きくした件で他の牢獄に移されるという感じになったから」
看守が怠そうに話した。
ベッドの上。
この看守とヤるのも今日で最後だ。
「えー、牢獄中から祝われて、華々しく帰還できるわけじゃねえのかよ」
「お前、他の奴らが俺も帰国したいーと騒いで暴動でも起きたらどうするよ。問題になったら、お前の話も飛ぶぞ」
「ああ、そっか。私は帰国できるという希望を皆に持ってもらいたかっただけなんだが」
光が死んでる瞳がこちらを向いたので、繕って見せた。
私はそんなこと露ほども考えていない。
けれど、ほんの少しだけこの看守には良いヤツと思われたかったからかもしれない。
私は一番に帰国できることを皆に見せつけてやろうと思っていた。
隊長、副隊長でもなく、高位貴族でもなく、他の誰でもなく、私が選ばれたということを。
不名誉な形でこの場を去るのは癪だが、仕方ないか。
さすがに神に愛されていても、第四王子部隊全員と戦うことになってしまえば負けてしまう。
一番先に帰国する栄誉を掠め取られないためなら、ここは黙ったままおとなしく去るしかない。
「それはどうでもいいが。明日はこちらの指示通りにして、しおらしく連れていかれろ」
淀んだ瞳が何もかも見透かしたかのように私を見るが、この看守はそこまでの言葉数を話さない。
それでも多く交わってきた相手だ。
「私がいなくなって寂しくなるんじゃないか」
「あー、そうだね」
端的な答え。
言葉では肯定しているのに、怠そうな態度がそれを否定している。
どうでもいい、と言われている気がしてしまう。
帰国の話を持ってきたのは、私を他の誰にもとられたくなかったからじゃないのか?
ここにいれば私はこの看守以外にも抱かれる。一人のものにはなりはしない。
けれど、私が帝国を離れれば、私は彼の思い出の中に美しく存在する一輪の花となる。
「はあー」
深いため息を吐いた後、看守は立ち上がった。
「明日、俺は見送らないが、ま、頑張ってくれ」
「あ、ありがと」
小さい声で感謝を伝える。
彼が動いてくれなければ帰国の話はなかった。
それだけ私に情があるのだろう。
だが、彼は聞こえなかったかのように、私の牢を後にした。
先客が去るのを待っていたかのように、すぐに次の帝国軍人が入って来た。
翌日、朝食後の時間。
いつもの白い囚人服のまま、両手首の枷に鎖をつけられた。
看守数名が私の周囲で動いている。
あの看守のことは信じているが、目的地がもし違っていたらと思うと怖い。
頼るべき看守は一緒に来ない。
それでも、ここにとどまる選択肢はなかった。
「コーダをどこに連れていく気だ」
自分の牢を出た瞬間、ナーズ隊長が看守に問う。
邪魔だなあ。
何も言わずに、見送ってくれればいいのに。
「掲示板を見なかったのか。コーダ・セイティは騒ぎを起こした件で別の牢獄に移送されることになった。以上だ」
「どこの牢獄に移されるんだっ。遠いのかっ」
「お前たちが知らなくても良いことだ」
先頭にいる看守がナーズ隊長の質問をバッサリと斬る。
さすがは帝国。
私の帰国はおくびにも出さない。
遠巻きに他の捕虜たちも見ている。すでに労役へ行っている班もあるのでまばらだが。
「だがっ、コーダの処罰はこちらに一任してくれるのではなかったのかっ」
食い下がるなよ。
「我々がそんな約束をした覚えはない。それに、」
看守が言葉を一回切り、隊長に一歩近づいた。
「たかが一人の処罰決定にここまでの時間をかけているのでは、お前の隊長としての能力も疑われる。我々としては待った方だ。捕虜たちの動きでこちらの業務にも支障が出始めていたところだ」
「時間です」
斜め後ろにいた看守が遮った。
「行くぞっ」
私を取り囲むように看守が四方にいる。
彼らが歩き出す。
ようやく帰国の途につけるのか。
この時間に牢獄を去るのだから、多少の揉め事は想定内。
さすがに帰国すると言っていないのだから、誰にも見向きもされない方が胸に来るものがある。
「コーダっ、どこに行っても希望だけは捨てるなっ。お前なら何とかできるっ」
一人の看守にとめられながらも、隊長が叫んでいた。
別の牢獄に移送と言われたらこうなるよな。
私のなかには希望しかない。
一番乗りの帰還者となる。
私はまだ大声で叫んでいる隊長を振り返らなかった。
牢獄の出入口。
重苦しい扉は厳重で、鍵の数も多いようだ。
開くまでしばし待たされる。
ここから出たら、私は敵国の捕虜ではない。
リンク王国に着いたら、式典でもあるのだろうか。
その前にリンク王国の王都までかなりの距離がある。
おそらく馬車の旅となるだろう。帝国内ではともかく、国境まで行ったら。
「行き先を知らないのは、捕虜のなかでは隊長だけですよ、コーダ様」
そこにいたのは、どこまでも白い魔導士法衣のクロウ。
「なっ、最後にお前も私を見送りに来たのか」
何を言われたのか、一瞬で理解できなかった。
クロウは微笑む。
「今回はとても面白い自己愛劇場を拝見させてもらい、ありがとうございました。貴方の今後がリンク王国で穏便に着地することを祈っております」
「なっ」
何を言われたのかよく理解できなかったが、良い意味で言われていないのは確かだ。
私が口を開こうとした瞬間。
「開いたぞ。行くぞっ」
牢獄の厳重な出入口が開き、私は鎖で看守に引っ張られる。
「早く来いっ」
振り返って見たクロウは礼をしていた。
私は貴族だ。当たり前だ。本来なら私が許可しなければ、平民が先に口を開くなどあってはならないことだ。
扉の向こうに私の足は着いた。
そのとき。
「コレはすべて貴方が選択したことです。ご自分の責任はご自身でどうぞ」
クロウの声が耳に届いた。
バッと再び振り返っても、そこに彼の姿を見ることはできなかった。
すでに厚く重い扉が空間を隔てていた。
何を言っている。
魔導士といえども平民風情が。
お前には誰も助けに来ない。
ほんの少し魔法が使えるからといって、脱獄できるほどの実力もない。
私たちを帝国の魔の手から救うこともできないくせに。
他の捕虜たちと牢獄で安穏と暮らしていればいい。
セリムとも仲良くやっていればいいじゃないか。
今となってはセリムに固執していた理由がわからない。が、おそらくあのときは心の支えが欲しかったから。牢獄生活で弱くなっていたから。
心の支えがリンク王国帰還となった今、どうでも良くなった。
私はリンク王国に帰り、返り咲く。
お前が永遠に無理なことをやる。
黒髪の平民が私と直接話せたことを幸運だと思っていればいい。
牢獄でもなければ、会話など一切必要なかったのだから。
「かわいそうなヤツらだ」
私は牢獄を後にした。
簡素な馬車に揺られて、帝城を後にする。
あれから数日で帰国日が決定した。
神に愛されている自分を感じる。
祈ったことも、信じたこともないが。
「あー、そうそう、この牢獄での扱い、お前はリンク王国に帰国するということではなく、今回騒ぎを大きくした件で他の牢獄に移されるという感じになったから」
看守が怠そうに話した。
ベッドの上。
この看守とヤるのも今日で最後だ。
「えー、牢獄中から祝われて、華々しく帰還できるわけじゃねえのかよ」
「お前、他の奴らが俺も帰国したいーと騒いで暴動でも起きたらどうするよ。問題になったら、お前の話も飛ぶぞ」
「ああ、そっか。私は帰国できるという希望を皆に持ってもらいたかっただけなんだが」
光が死んでる瞳がこちらを向いたので、繕って見せた。
私はそんなこと露ほども考えていない。
けれど、ほんの少しだけこの看守には良いヤツと思われたかったからかもしれない。
私は一番に帰国できることを皆に見せつけてやろうと思っていた。
隊長、副隊長でもなく、高位貴族でもなく、他の誰でもなく、私が選ばれたということを。
不名誉な形でこの場を去るのは癪だが、仕方ないか。
さすがに神に愛されていても、第四王子部隊全員と戦うことになってしまえば負けてしまう。
一番先に帰国する栄誉を掠め取られないためなら、ここは黙ったままおとなしく去るしかない。
「それはどうでもいいが。明日はこちらの指示通りにして、しおらしく連れていかれろ」
淀んだ瞳が何もかも見透かしたかのように私を見るが、この看守はそこまでの言葉数を話さない。
それでも多く交わってきた相手だ。
「私がいなくなって寂しくなるんじゃないか」
「あー、そうだね」
端的な答え。
言葉では肯定しているのに、怠そうな態度がそれを否定している。
どうでもいい、と言われている気がしてしまう。
帰国の話を持ってきたのは、私を他の誰にもとられたくなかったからじゃないのか?
ここにいれば私はこの看守以外にも抱かれる。一人のものにはなりはしない。
けれど、私が帝国を離れれば、私は彼の思い出の中に美しく存在する一輪の花となる。
「はあー」
深いため息を吐いた後、看守は立ち上がった。
「明日、俺は見送らないが、ま、頑張ってくれ」
「あ、ありがと」
小さい声で感謝を伝える。
彼が動いてくれなければ帰国の話はなかった。
それだけ私に情があるのだろう。
だが、彼は聞こえなかったかのように、私の牢を後にした。
先客が去るのを待っていたかのように、すぐに次の帝国軍人が入って来た。
翌日、朝食後の時間。
いつもの白い囚人服のまま、両手首の枷に鎖をつけられた。
看守数名が私の周囲で動いている。
あの看守のことは信じているが、目的地がもし違っていたらと思うと怖い。
頼るべき看守は一緒に来ない。
それでも、ここにとどまる選択肢はなかった。
「コーダをどこに連れていく気だ」
自分の牢を出た瞬間、ナーズ隊長が看守に問う。
邪魔だなあ。
何も言わずに、見送ってくれればいいのに。
「掲示板を見なかったのか。コーダ・セイティは騒ぎを起こした件で別の牢獄に移送されることになった。以上だ」
「どこの牢獄に移されるんだっ。遠いのかっ」
「お前たちが知らなくても良いことだ」
先頭にいる看守がナーズ隊長の質問をバッサリと斬る。
さすがは帝国。
私の帰国はおくびにも出さない。
遠巻きに他の捕虜たちも見ている。すでに労役へ行っている班もあるのでまばらだが。
「だがっ、コーダの処罰はこちらに一任してくれるのではなかったのかっ」
食い下がるなよ。
「我々がそんな約束をした覚えはない。それに、」
看守が言葉を一回切り、隊長に一歩近づいた。
「たかが一人の処罰決定にここまでの時間をかけているのでは、お前の隊長としての能力も疑われる。我々としては待った方だ。捕虜たちの動きでこちらの業務にも支障が出始めていたところだ」
「時間です」
斜め後ろにいた看守が遮った。
「行くぞっ」
私を取り囲むように看守が四方にいる。
彼らが歩き出す。
ようやく帰国の途につけるのか。
この時間に牢獄を去るのだから、多少の揉め事は想定内。
さすがに帰国すると言っていないのだから、誰にも見向きもされない方が胸に来るものがある。
「コーダっ、どこに行っても希望だけは捨てるなっ。お前なら何とかできるっ」
一人の看守にとめられながらも、隊長が叫んでいた。
別の牢獄に移送と言われたらこうなるよな。
私のなかには希望しかない。
一番乗りの帰還者となる。
私はまだ大声で叫んでいる隊長を振り返らなかった。
牢獄の出入口。
重苦しい扉は厳重で、鍵の数も多いようだ。
開くまでしばし待たされる。
ここから出たら、私は敵国の捕虜ではない。
リンク王国に着いたら、式典でもあるのだろうか。
その前にリンク王国の王都までかなりの距離がある。
おそらく馬車の旅となるだろう。帝国内ではともかく、国境まで行ったら。
「行き先を知らないのは、捕虜のなかでは隊長だけですよ、コーダ様」
そこにいたのは、どこまでも白い魔導士法衣のクロウ。
「なっ、最後にお前も私を見送りに来たのか」
何を言われたのか、一瞬で理解できなかった。
クロウは微笑む。
「今回はとても面白い自己愛劇場を拝見させてもらい、ありがとうございました。貴方の今後がリンク王国で穏便に着地することを祈っております」
「なっ」
何を言われたのかよく理解できなかったが、良い意味で言われていないのは確かだ。
私が口を開こうとした瞬間。
「開いたぞ。行くぞっ」
牢獄の厳重な出入口が開き、私は鎖で看守に引っ張られる。
「早く来いっ」
振り返って見たクロウは礼をしていた。
私は貴族だ。当たり前だ。本来なら私が許可しなければ、平民が先に口を開くなどあってはならないことだ。
扉の向こうに私の足は着いた。
そのとき。
「コレはすべて貴方が選択したことです。ご自分の責任はご自身でどうぞ」
クロウの声が耳に届いた。
バッと再び振り返っても、そこに彼の姿を見ることはできなかった。
すでに厚く重い扉が空間を隔てていた。
何を言っている。
魔導士といえども平民風情が。
お前には誰も助けに来ない。
ほんの少し魔法が使えるからといって、脱獄できるほどの実力もない。
私たちを帝国の魔の手から救うこともできないくせに。
他の捕虜たちと牢獄で安穏と暮らしていればいい。
セリムとも仲良くやっていればいいじゃないか。
今となってはセリムに固執していた理由がわからない。が、おそらくあのときは心の支えが欲しかったから。牢獄生活で弱くなっていたから。
心の支えがリンク王国帰還となった今、どうでも良くなった。
私はリンク王国に帰り、返り咲く。
お前が永遠に無理なことをやる。
黒髪の平民が私と直接話せたことを幸運だと思っていればいい。
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