その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

文字の大きさ
32 / 196
1章 敵国の牢獄

1-32 自己愛劇場

しおりを挟む
 看守に話してから、滞りなく滑らかに話が進んだ。
 あれから数日で帰国日が決定した。

 神に愛されている自分を感じる。
 祈ったことも、信じたこともないが。

「あー、そうそう、この牢獄での扱い、お前はリンク王国に帰国するということではなく、今回騒ぎを大きくした件で他の牢獄に移されるという感じになったから」

 看守が怠そうに話した。
 ベッドの上。
 この看守とヤるのも今日で最後だ。

「えー、牢獄中から祝われて、華々しく帰還できるわけじゃねえのかよ」

「お前、他の奴らが俺も帰国したいーと騒いで暴動でも起きたらどうするよ。問題になったら、お前の話も飛ぶぞ」

「ああ、そっか。私は帰国できるという希望を皆に持ってもらいたかっただけなんだが」

 光が死んでる瞳がこちらを向いたので、繕って見せた。
 私はそんなこと露ほども考えていない。
 けれど、ほんの少しだけこの看守には良いヤツと思われたかったからかもしれない。

 私は一番に帰国できることを皆に見せつけてやろうと思っていた。
 隊長、副隊長でもなく、高位貴族でもなく、他の誰でもなく、私が選ばれたということを。

 不名誉な形でこの場を去るのは癪だが、仕方ないか。
 さすがに神に愛されていても、第四王子部隊全員と戦うことになってしまえば負けてしまう。
 一番先に帰国する栄誉を掠め取られないためなら、ここは黙ったままおとなしく去るしかない。

「それはどうでもいいが。明日はこちらの指示通りにして、しおらしく連れていかれろ」

 淀んだ瞳が何もかも見透かしたかのように私を見るが、この看守はそこまでの言葉数を話さない。
 それでも多く交わってきた相手だ。

「私がいなくなって寂しくなるんじゃないか」

「あー、そうだね」

 端的な答え。
 言葉では肯定しているのに、怠そうな態度がそれを否定している。
 どうでもいい、と言われている気がしてしまう。

 帰国の話を持ってきたのは、私を他の誰にもとられたくなかったからじゃないのか?
 ここにいれば私はこの看守以外にも抱かれる。一人のものにはなりはしない。
 けれど、私が帝国を離れれば、私は彼の思い出の中に美しく存在する一輪の花となる。

「はあー」

 深いため息を吐いた後、看守は立ち上がった。

「明日、俺は見送らないが、ま、頑張ってくれ」

「あ、ありがと」

 小さい声で感謝を伝える。
 彼が動いてくれなければ帰国の話はなかった。
 それだけ私に情があるのだろう。
 だが、彼は聞こえなかったかのように、私の牢を後にした。

 先客が去るのを待っていたかのように、すぐに次の帝国軍人が入って来た。




 翌日、朝食後の時間。
 いつもの白い囚人服のまま、両手首の枷に鎖をつけられた。
 看守数名が私の周囲で動いている。
 あの看守のことは信じているが、目的地がもし違っていたらと思うと怖い。
 頼るべき看守は一緒に来ない。

 それでも、ここにとどまる選択肢はなかった。

「コーダをどこに連れていく気だ」

 自分の牢を出た瞬間、ナーズ隊長が看守に問う。
 邪魔だなあ。
 何も言わずに、見送ってくれればいいのに。

「掲示板を見なかったのか。コーダ・セイティは騒ぎを起こした件で別の牢獄に移送されることになった。以上だ」

「どこの牢獄に移されるんだっ。遠いのかっ」

「お前たちが知らなくても良いことだ」

 先頭にいる看守がナーズ隊長の質問をバッサリと斬る。
 さすがは帝国。
 私の帰国はおくびにも出さない。

 遠巻きに他の捕虜たちも見ている。すでに労役へ行っている班もあるのでまばらだが。

「だがっ、コーダの処罰はこちらに一任してくれるのではなかったのかっ」

 食い下がるなよ。

「我々がそんな約束をした覚えはない。それに、」

 看守が言葉を一回切り、隊長に一歩近づいた。

「たかが一人の処罰決定にここまでの時間をかけているのでは、お前の隊長としての能力も疑われる。我々としては待った方だ。捕虜たちの動きでこちらの業務にも支障が出始めていたところだ」

「時間です」

 斜め後ろにいた看守が遮った。

「行くぞっ」

 私を取り囲むように看守が四方にいる。
 彼らが歩き出す。
 ようやく帰国の途につけるのか。

 この時間に牢獄を去るのだから、多少の揉め事は想定内。
 さすがに帰国すると言っていないのだから、誰にも見向きもされない方が胸に来るものがある。

「コーダっ、どこに行っても希望だけは捨てるなっ。お前なら何とかできるっ」

 一人の看守にとめられながらも、隊長が叫んでいた。
 別の牢獄に移送と言われたらこうなるよな。
 私のなかには希望しかない。
 一番乗りの帰還者となる。

 私はまだ大声で叫んでいる隊長を振り返らなかった。




 牢獄の出入口。
 重苦しい扉は厳重で、鍵の数も多いようだ。
 開くまでしばし待たされる。

 ここから出たら、私は敵国の捕虜ではない。
 リンク王国に着いたら、式典でもあるのだろうか。
 その前にリンク王国の王都までかなりの距離がある。
 おそらく馬車の旅となるだろう。帝国内ではともかく、国境まで行ったら。

「行き先を知らないのは、捕虜のなかでは隊長だけですよ、コーダ様」

 そこにいたのは、どこまでも白い魔導士法衣のクロウ。

「なっ、最後にお前も私を見送りに来たのか」

 何を言われたのか、一瞬で理解できなかった。
 クロウは微笑む。

「今回はとても面白い自己愛劇場を拝見させてもらい、ありがとうございました。貴方の今後がリンク王国で穏便に着地することを祈っております」

「なっ」

 何を言われたのかよく理解できなかったが、良い意味で言われていないのは確かだ。
 私が口を開こうとした瞬間。

「開いたぞ。行くぞっ」

 牢獄の厳重な出入口が開き、私は鎖で看守に引っ張られる。

「早く来いっ」

 振り返って見たクロウは礼をしていた。
 私は貴族だ。当たり前だ。本来なら私が許可しなければ、平民が先に口を開くなどあってはならないことだ。

 扉の向こうに私の足は着いた。
 そのとき。

「コレはすべて貴方が選択したことです。ご自分の責任はご自身でどうぞ」

 クロウの声が耳に届いた。
 バッと再び振り返っても、そこに彼の姿を見ることはできなかった。
 すでに厚く重い扉が空間を隔てていた。

 何を言っている。

 魔導士といえども平民風情が。
 お前には誰も助けに来ない。
 ほんの少し魔法が使えるからといって、脱獄できるほどの実力もない。
 私たちを帝国の魔の手から救うこともできないくせに。
 他の捕虜たちと牢獄で安穏と暮らしていればいい。
 セリムとも仲良くやっていればいいじゃないか。
 今となってはセリムに固執していた理由がわからない。が、おそらくあのときは心の支えが欲しかったから。牢獄生活で弱くなっていたから。
 心の支えがリンク王国帰還となった今、どうでも良くなった。

 私はリンク王国に帰り、返り咲く。

 お前が永遠に無理なことをやる。
 黒髪の平民が私と直接話せたことを幸運だと思っていればいい。
 牢獄でもなければ、会話など一切必要なかったのだから。

「かわいそうなヤツらだ」

 私は牢獄を後にした。
 簡素な馬車に揺られて、帝城を後にする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

同性愛者であると言った兄の為(?)の家族会議

海林檎
BL
兄が同性愛者だと家族の前でカミングアウトした。 家族会議の内容がおかしい

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

処理中です...