その捕虜は牢屋から離れたくない

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1章 敵国の牢獄

1-52 死を呼ぶ音

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 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。

 小さい音だが、耳障りな音が規則的に聞こえる。
 どこで聞いた音だったか。




 瞼をこじ開けると、自分のベッドだった。
 いつもの天井。
 横を向けば、いつもの壁。

 自分の手を見て、握る動作をする。
 ほんの少しホッとした自分がいた。

 けれど。

 微かな違和感。
 それは些細な。
 気のせいと言われれば気のせいと思えるくらいの。

 昨晩。
 急に思い出す。
 徐々に自分の右腕が消えゆく恐怖を。

「あ、、、」

 恐怖がすべてを支配する前に、勢いよくベッドから起き上がる。
 窓の外は白々と夜が明けてきたところだ。
 神官服に着替え、身支度を整える。

 手がある、左足がある。
 自分の意志で普通に動く。動いている。

 それでも、アレが夢ではなかったことを覚えている。

 大教会の居住区域の一階にある台所で朝食の準備をする。
 質素なものだが、教会長には美味しく食べてもらいたい。
 いつもの行動だ。

「おはよう、ラウトリス」

 いつもの優しい声だ。

「おはようございます、教会長」

 いつもの挨拶。

 もし、あのとき。
 あの三人が現れなかったら。
 このいつもの光景は存在していない。

 もし生きて帰れたとしても。
 両手と片脚を失っていたら、このままここにいられるわけもない。
 教会長に世話させるわけにはいかないのだから。

 それに、もし内臓の一部も失われていたことが事実なら。

 私はようやく気づく。
 彼らに感謝の言葉も伝えてないことに。

 気が動転していたから?
 死ぬ目に遭ったのだから同情しろと?
 私は大変だったのだからと?

 助けてもらったのに。

「どうかしたのか?」

「教会長、私は人として最低なことをしました」

 私は教会長に昨晩の出来事を話した。

 滑稽だと夢の話かと笑われてもかまわないと、正直に、自分の記憶しているすべてを。
 自分の恐怖も包み隠さず。

 話し終えると、教会長の優しい瞳があった。
 教会長は私の両手に触れた。

「そうか、この手は人ならざるもので形作られているのか」

 教会長の手から温かさが伝わる。
 私は泣きたくなった。

「、、、私は、聖職者をやめた方がいいのでしょうか」

「、、、いえ、魔導士様に救われた手足です。救われたということは何らかの意味があるということです。神の御心に従いましょう」

 教会長は静かにはっきりと言った。

 私は卑怯だ。
 手足が人ならざるものだから聖職者をやめた方がいいのではないか、と聞いたわけではない。
 あのときのあの人に対しての私の発言が、どうしても聖職者と呼べるものではなかった。

 傲慢、無知、虚栄。

 今ならどうしてあんなことを言ったのか、恥とさえ思う。
 そんなことを言った私が聖職者としてふさわしいのかと教会長に問うたのだ。

「それに、今の私は人ならざるもので貴方がすべて形作られていたとしても、意識が貴方ならば、貴方がここにいてくれるだけで幸いだと思ってしまっているのです」

「教会長、」

 教会長は私の両手を握った。

「貴方が生きていて、本当に良かった」

 ああ、私は。
 私はようやく、やってはいけないことだったと心から強く反省した。






「それで、俺は惚気話でも聞かされているのか?」

 いつもの純白の魔導士服。リンク王国の制服の。
 けれど、いつものように営業スマイルではない。

 それは、いつもより寝不足気味の顔。
 彼が祈りを捧げに来るのは月に数回ほどだったが、地下の修繕工事に関わる期間は可能な限り顔を出す予定になっている。工事打ち合わせの時間の合間をぬって彼を教会長とともにつかまえた。

「貴方には謝罪と深い感謝を。昨晩はラウトリスを助けていただいて本当にありがとうございました」

 教会長が頭を下げた。私も一緒に頭を下げる。

「いえ、こちらが勝手にやったこと。感謝には及びません」

 不機嫌、というより壁ができたようにも感じる返答。
 距離が開いてしまった、と言った方が正しい表現か。

「それに、この教会の管理者である貴方がたには話しておくべきだったと反省しております」

 反省という名の拒絶。
 言葉も態度もいつも以上に丁寧に返されているが、それは一線を引かれたことを意味する。

 私は取り返しのつかないことをやってしまっていた。
 彼に手を伸ばしたくても、手が動かない。

「いいえ、魔導士様のご判断は正しい。私たちや、もし万が一そのことを漏れ聞こえてしまったら地域住民も不安に晒してしまったことでしょう。ご配慮いただいて、本当にありがたく思っております」

「けれど、その感謝はとっておいた方がいい。まだ何も解決していないのだから」

「え、ですが、ラウトリスの手足は」

 教会長が私を見る。
 まるで何事もなかったかのように、自分の意志で動く手足。

「ラウトリス神官を守るには二匹では足りないが、ラウトリス神官には二匹でも過剰だ」

 彼の目が微かに私を見た。

 昨晩、彼が黒ワンコと呼んでいた存在。
 それが今の私を助けている。

「過剰とは?」

「ラウトリス神官の能力では契約を支えきれない。いつかは破綻する。今すぐではないが」

 それは死を免れたわけではないということだ。
 人はいつかは死ぬ。
 それはそうだが、おそらく彼が言う死は。

「それは私が助力できるものですか」

 教会長が私の前に出て彼に問う。

「教会長、それはっ」

「祝福を信者たちに与えることができる貴方ならば可能です」

 彼が微かに笑って答えた。
 けれど、祝福ならば。

「クロウ様も光の祝福を自分の騎士にかけていたのでは?」

「光の祝福は神聖魔法ではなく光魔法ですよ。祝福は祝福でも、正式名称、神からの祝福と呼ばれる魔法が神聖魔法とされているものです」

 クロウが言い切ったが、リンク王国ではそういう解釈なのだろうか。
 光の祝福も教会では神聖魔法に含んでいる。
 光の祝福も神からの祝福もどちらも同じように祝福と呼んでいたはずだ。

「この黒ワンコたちを祝福で白ワンコにして契約してくださいっ」

 、、、昨晩見たのと同じ黒ワンコが十匹ほどクロウの足元でちょこんとおすわりしていた。
 いつのまに?

「教会長の魔力量なら十匹ぐらい大丈夫ー。ラウトリス神官にも定期的に一緒に祝福を浴びてもらって、祝福浴でもしてくださいなー」

 クロウに営業スマイルが戻った。
 何なのよ、祝福浴って。

「いやー、ちょうどいい里親が見つかって良かった良かった」

 もしや黒ワンコの世話を押しつけたかっただけなのか?






「彼には一生返し切れない恩ができてしまいましたね」

「そうですか?教会長は黒ワンコたちの里親になったのですから、クロウ様にとっても都合がよい取引だったのでは?」

 と言ってしまった後、教会長の表情を見て後悔する。

「我々が気にしないように言ってくれただけですよ、それは。預かった白ワンコたちは非常に優秀で働き者ですからね、我々にとって利しかない取引ですよ」

 あの白ワンコたちは、私ができない祝福の魔法を簡単に使った。
 大教会の地上部の隅々まで祝福で満たして、大教会を綺麗にしてくれている。

 そう、地上部は。
 今の地下は無理ー、危険だから教会長も行っちゃダメー、と言われたらしい。
 しっかりとした言葉ではないらしいが、教会長には契約した白ワンコたちの意志が伝わっているとのことだ。

「ところで、貴方の二匹を含めて名前でも考えましょうか?私たちには子供ができませんので、せめて」

 にこにこと笑う教会長のそばに居られて私は幸せだ。
 この時間を失わなかったことを感謝しても感謝しきれない。
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