その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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1章 敵国の牢獄

1-71 努力しても叶わないもの

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「あー、サザさんが広場に」

 私が戻るとすでに三人は弁当を食べ終えていた。
 広場での事情を説明した。

「さすがはサザさん。教会長とラウトリス神官のものまで買って渡すとは」

 クロウが頷いている。
 セリムが二つを袋に入れたまま彼らに持っていった。
 クロウに対しては紳士なセリム。

「ところで、サザさんって何者?」

 私が尋ねると、意味がわからないという顔で私を見るクロウ。

「どういう意味?」

「え、私の顔も知っていたし、クロウのことも知っていたし」

「知っているだろうね、皇帝陛下だから。あの人の顔、一度見たら忘れないと思ったのは俺だけなのか?」

「いや、大丈夫。私も忘れない」

 ナーズ隊長、それ、何が大丈夫なのか?

「そうか、皇帝陛下だったのか、、、、、ああ、確かにあの顔、皇帝、、、、、ええーーーっ」

 確かにあの顔だった。
 しかし、あの庶民的な服装はっ。
 屋台で普通に買って?
 え?お忍び?

 やや冷めた視線を二人から感じて、ストンと椅子に座る。

「ああ、まあ、服装が違うと印象が変わるか。皇帝のあの衣装は厳ついゴテゴテの黒だからなあ。あの衣装のせいでアッサリした格好になると気づかない人、意外と多いみたいだし。皇帝陛下がサザさんと呼ばれていること、リーウセンさんに話したような気もするんだけど、気のせいだったかなあ」

 ゴテゴテの黒って何?
 なんとなくクロウの言いたいことはわかるけど。
 帝城の執務室で会った皇帝陛下は何というか、威圧感が半端なかった。

 言われてみると、同じ顔なのだが。

「あ、うまい」

「では、私も」

 かなり量のあるお弁当を食べたはずなのに?
 クロウもナーズ隊長も普通に具材モリモリ詰まっているオルドロールを口にした。
 私はこれ一つでもお腹いっぱいになる気がするけどなあ。

 私も食べよう。もぐもぐ。
 生地が薄いように見えて、意外としっかりとした食感。
 具材も多いので食べ応え抜群。
 キミたち、これ、どこに入っているの?弁当とは別腹が存在してるの?

「オルドロールの薄パンは焼きたて、作りたてがうまいとは俺も思うけど、ヒセのところで買ったんなら仕方ない」

「仕方ない?」

「今、ヒセの母親はケガで動けないんだ。居酒屋は夜営業で父親だけでなんとかまわしているけど、昼間の屋台までは難しい。ただ、屋台も長期で休んでしまうと、良い場所が取られてしまう危険性が高いから、ヒセがとりあえず開けているわけだ」

「そんな事情が」

 良い子だな。
 学校は、、、行ってないか。
 帝国でも平民は。

「クロウ、何でそんなに外の事情に詳しいんだ?」

 と低い声で尋ねたのは、ナーズ隊長。
 クロウの行動を怪しむよな。

「ふふっ、隊長、実は俺、分身の魔法を開発したんですっ」

 ドヤヤッ。

「なっ、本当かっ、歴史的快挙じゃないかっ、すごいぞっ」

 あれ?
 コレ、ナーズ隊長、素直に騙されてる?

「この魔法のおかげで、俺が夜中に出歩いても誰にも指摘されないわけです」

「そうか、ルッツ副隊長からクロウは夕食後にはすぐ就寝していると報告されていたから」

 夕食後にはすぐ就寝?
 それって早寝過ぎない?
 おかしいと思おうよ。

 寝かせたまま動かないなら分身じゃなくても人形で充分じゃ、、、人形なのかもしれない。
 この場で言わない方がいいんだろうな。

「あ、その副隊長には分身のことはご内密に。知っても、どうにもならないとは思いますが」

「いや、お前の向かいの牢だからこそ、アイツはまだ平静を保っていられていると思うんだ。セリムがお前の護衛でちょくちょく抜けていたからけっこう傷ついているぞ」

 向かいの牢。
 彼らが捕虜なのが、会話の端々に見受けられていたが。

「隊長と副隊長は戦力として優秀だとはわかっております」

 クロウが言葉を濁している。
 優秀だからこそ彼らにも護衛を頼んだが、セリムが護衛にいるからこその。
 セリムがいなければ、クロウは彼らに護衛を頼むことはなかっただろうと私は思う。

 銀ワンコを宛がうくらいにセリムを信頼している。
 もし、万が一にでもセリムが殺されたら許せないから、というのは本人の口から聞いた。
 確かにそうだろう。
 家族でも友人でも、親しい者が誰かに奪われるのは。

 もちろん、かわいい銀ワンコがセリムの肩でわんわんしているから絆されているわけではない。
 守れる術があるのに、使わないで後悔したくない、そんな気持ちはわかるのに。


 どんなに努力しても、できないことは多い。

 いや、その言い方ではクロウに失礼だ。
 私にはクロウのような努力ができない。
 その努力は強制されたものであったとしても。

 努力をし続けなければ、職を失う。
 我々なら宮廷魔導士団の職を失ったとしても次があると考えるが、黒髪の平民には死活問題。
 職を失うというのは、死を覚悟するのと同じ。
 正規の職が見つからないから、最底辺のまま悪事に身を染めることが多いのが黒髪の平民。
 貴族の機嫌を損なうのも、あの職場ではすべてが死につながる。

 そこまでの覚悟が私にはない。
 私にはそこまでの覚悟を作り出せない。

 どこまでも甘い。

 私はあの時点で諦めてしまっていた。
 ネルタが待ち合わせ場所に来ず、他の同僚が来た時点で。
 クロウに会わなければ、私はどうしていただろうか。
 他国への道を。
 何の覚悟もなく、リンク王国はもうダメだと打算で決めてしまっただけの私は。

 諦めるという選択肢がクロウにはなかっただけだ。
 クロウが平民であったとしても黒髪でなければ他の柔軟な生き方を選択しただろうか。
 選択できたのだろうか。




 化け物退治で疲れていたが、帝城の一室で本日の嘘偽りばかりの修繕工事の報告書を書いて提出して、遅い夕食に向かう。
 帝城にある従業員用の食堂に向かったはずが、途中で拉致された。うきゃー。

「あー、サザさん、連れて来ちゃったんですかー」

 そこにはクロウがいた。
 いつもの純白法衣ではない。
 庶民が着ていそうな黒の普段着である。
 とは言っても魔導士法衣の姿ではないので新鮮だ。
 なかなか格好良いじゃないか。

「ヒセ少年の事情を知ったからには、コイツをあの居酒屋に連れていかなければと強く決心した」

 勝手に強く決心しないでください。

 ようやく皇帝陛下の腕から解放されて周囲を見渡す。
 ここは、大教会の裏口か?
 、、、ここに来るまでに帝城の門、もしくは城壁を通ったか?
 その記憶がないということは、空間転移魔法を使われたのか?

 皇帝陛下が帝城から頻繁に抜け出しているのなら、物理的な抜け道よりもあり得る話だ。

「偶然とはいえ、あの数の屋台からわざわざヒセ少年の屋台を見つけ出したのだからな」

「あー」

 何かを感づいているかのようなクロウの、あー。

「リーウセンさんはおそらく食べられれば何でもいいと考えて、客が誰もいない屋台に行っただけだと思いますよ」

「その通りですっ」

 子供が一人で可哀想とか、何か事情があるのではとか、考えたわけじゃなかった。
 だから、その居酒屋に連れていかれる理由もない。
 拳を握って、クロウに力強く同意する。

 クロウの観察眼は素晴らしいものだ。

「ああ、その辺はどうでもいいんだよ。俺がお前を見て驚いたから連れて行きたくなった。理由なんてそれだけで良い」

 どうでもいいで、人を振り回さないでくださいーーーっ、国の最高権力者がーーっ。
 すでに皇帝陛下は歩き始めている。
 クロウもその後をついていく。

「あー、はいはい。サザさんに目をつけられたのが、リーウセンさんの運の尽きってことですね」

「大幸運だろうが。この大皇帝に目をつけられたんだからよ」

 この二人は何でこんなにも。

「国の最高権力者と捕虜がこんなにも親し気に話しているの、私の夢なのかな?どこかで気絶したか?」

 気絶した記憶はないけど。
 私の言葉に、皇帝陛下とクロウが振り返る。

「ああ、夢だぞー、リーウセン。だから、今夜は俺にとことん付き合っても、何の問題もないぞー」

「夢だと思ってサザさんに付き合ったら、翌朝の惨状が簡単に想像つくから、これ、渡しておく」

 クロウからそっと体力回復薬の小瓶を渡された。

 この二人はなぜこんなにも対等に話しているのだろう。
 まるで昔からの友人のように。
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