その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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1章 敵国の牢獄

1-92 夢の先

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 これは俺がクロウとともにリンク王国の王都へ墓参りに行った晩の話。




「おーほっほっほ、クロウは渡さないわよーっ」

 いきなり高笑いをしている栗色の長い髪の女性が現れた。

「母さん、似合わないことをするもんじゃないよ。演技だってバレバレだ。見ている方が困っているじゃないか」

「え、そう?うちの夫に手を出すな的な演技をしてみたのだけど。一度はしてみたかったのよね」

 本人にも演技だと素早く自供されてしまった。
 コレ、俺はどのような反応をすれば正解なのだろう。

 丸いテーブルに青年はすでに腰かけており、女性は立っていたが椅子にすとんと座った。
 クロウの奥さんって天然だったのか?
 ほがらかに笑う姿が、なぜかクロウの隣にいたということをイメージをしやすい。

 この二人が誰なのか、というのは自己紹介されなくてもわかってしまった。
 女性を母さんと呼んでいた青年は、女性と同じ栗色の髪だがクロウに面影が似ている。

「こんばんはー、クロウの妻と息子ちゃんでーす」

 すでに誰だかわかっているのに、にこやかに自己紹介されてしまった。
 空いている椅子を手で勧められる。
 何もなかったテーブルの上に温かい紅茶が現れる。
 夢だから、何でもアリなのか。

「ええっと、この夢は俺がクロウと墓参りをしたことと何か関係があるんですか」

 普通に質問できるんだな。
 起きたとき、俺はこの夢を俺は記憶しているのだろうか。

「大アリよー。クロウの奥様、安らかにお眠りください。貴方の旦那様は俺が必ず幸せにしますから、とか言われちゃったら品定めしなきゃー」

 俺、どんな夢を見ているんだ?
 目が覚めたらクロウに尋ねるか。奥さんの人物像を。荒唐無稽な夢だったら笑えるだけだ。

「ええ、クロウは俺が幸せにしますから、化けて出てこなくても大丈夫ですよ」

「あの人は幸せ者よねー。こんなことを言ってくれる人が現れたのだから」

 そう言う彼女の表情はクロウの幸せを本当に願っているかのように微笑んでいる。

「俺が子育て失敗しなければ、今頃お孫ちゃん、ひ孫ちゃんたちに囲まれた大家族の生活を父さんは送っていたはずだったのに」

「それは言わない約束よ。あの人だって責めたりしないわ」

 にこやかんっ。
 笑顔が眩しいな。
 うん、クロウがこの人を奥さんにした理由が悔しいがわかる。
 ひたすら明るい。
 表情も性格も雰囲気も。
 この明るさがクロウには必要だったに違いない。

 、、、いや、コレがただの夢なら俺の幻想か?
 俺が無意識にクロウが選びそうな女性を考えるとこうなるとか?

「ふっふっふー、夢なんだけど、夢じゃあないのよー。私はクロウの妻ちゃんなのよ。死後でもこのくらいの芸当できちゃうのよ」

「いや、父さんのおかげだから。父さんの魔力が俺たちに残っているから、こうして心配して現れることができるんじゃないか」

 一瞬、信じかけたじゃないか。
 大魔導士としての実力を持つクロウなら、妻子に何かしらの秘術を授けているのかもしれないと。

 奥さんがボケで息子がツッコミ役なのか?
 これが現実だったのだとしたら、クロウにとって失われたものは大きい。

「ということは、クロウの夢にもしばしば出ていると?」

「父さんの夢に出ることはできないんだ」

「そうそう、現実が寂しくて目を覚まさなくなっちゃ困るでしょー」

「ものすごく困りますね、それは」

 自分勝手で悪いが、クロウが夢から覚めなくなってしまったら困る。
 その人にとってどんなに幸せな夢であろうとも。

「私たちだってあの人に幸せになってほしいのよ。けれど、私たちは肉体が滅びた身。いつまでもこの地にとどまってはいられない」

「ま、今の俺たちのことを父さんは知らないんだけどね」

 死んでもなお他人の夢に出てくるということを?

「ええ、私たちはただの応援隊だからっ。クロウと親しくなりそうな方々の夢に出演しても忘れ去られてしまうのがワンセット」

「、、、貴方がたはルッツ・ネイテスの元にも現れたことが?」

「いいえー、基本的にクロウは貴族が大嫌いだから出たことはないわ」

 貴族が大嫌い。
 グサッと言葉の刃が心をえぐった。

 忘れられているかもしれないが、俺も伯爵家の子息ではある。
 捕虜となった身ではまったく関係ないかもしれないが。

 ただ、クロウにその事実を忘れ去られているのなら幸いだ。

「いやあねえー、クロウが忘れるわけがないじゃない、そんなこと。貴方が貴族だったとしても、それを超えて貴方を紹介したいと思ったから連れてきたんでしょう、私たちの元に」

 笑顔でコロコロと笑われる。
 面白い話を提供しているわけでもないのだが。

「初よ、初。クロウが誰かを墓参りに連れてきたのは。お祝いしてあげたいのに、この姿じゃお赤飯も炊けないっ」

 炊けていたら炊くつもりなんですか?
 亡くなった方が。
 朝起きると、枕元に謎のお赤飯が。。。反対に、お供えされているようにしか見えない。クロウなら普通に食べそうだが。

「というわけで、呼ばれてもいないのにセリムさんの夢にお邪魔させていただいた次第です」

 息子さんの方が話が通じる気がするのはなぜだろうか。

「ということは、お二人はお祝いで駆けつけたということでよろしいのでしょうか」

「ええ、母の謎の演技はともかく、俺たちは二人を応援していることを知っていただきたかったのと、父さんに余生を惰性で生き続けてほしくなかったという想いもあります」

 ズシッと重い言葉をもらう。
 おそらく、この二人が生きている間は、クロウは家族のために仕事を頑張っていたのだろうと容易に推測できる。
 だからこそ、黒髪の平民でありながら、細心の注意をもって王宮での仕事を長年勤めあげられた。

 クロウが第四王子部隊に所属してしまったのは。
 不注意や不運、そういうものではなく、無意識下でクロウが生きるのに疲れてしまったから。

「そういや、孫やひ孫の話をしてましたけど、クロウの血筋は続いているのですか」

「続いているのだけど、実は身内の恥を暴露するようで心苦しいのだけど、私の両親というのが平民でありながらもリンク王国特有の身分偏重主義の人たちでね。クロウが結婚の挨拶に来たときも黒髪の平民だからと追い返そうとしたのよ。けれど、クロウが宮廷魔導士団に勤めていることを知った時点で手のひら返すように態度がコロッと変わってね。結婚してしばらくしてから縁を切ったのよ。ただ、関わりなかったのにその両親にお孫ちゃんひ孫ちゃんたちそっくりで」

 表情は笑顔のままだが、明るさに少々影を落とす。

「血は争えないというのかな。父さんは俺が死んだ後、俺の子供に家を譲って、自分の家から出て行ってしまったんだ。それが俺は本当に申し訳なくて」

「これからは家のことを忘れて自由に生きてもらえれば、と思ったのだけど、あの人は生かされているから生きているだけになってしまっていたわ。束縛するものは何もないのだから、仕事も辞めて自由に旅でもすればいいのにと何回、何十回、いや何百回、何千回と思ったことか。生前しっかり言っておけば良かったわ」

 この言葉で、言葉で伝えないと伝わらないものなんだなあと実感する。
 特にクロウには。

「今でこそ、リンク王国は捨てる本ですら国外のものは抹消されているけど、昔はそのままスラム街のゴミ捨て場に他国の本が捨てられていたんだ。父さんは拾った一冊の旅行記を大切にしていてね。保護魔法を使えるまでにボロボロになってしまっていたんだけど、それでも宝物だと俺が幼い頃には何度も読み聞かせてくれたよ」

「だからね、クロウを世界中に連れて行ってあげてね」

「父さんをよろしくお願いします」

 二人は俺に頭を下げる。

 世界中に行くのは、クロウの力で。
 俺が魔法を使えるわけでもない。
 けれど、彼らが言っているのはそういうことではない。

「ええ、クロウと新婚旅行で行けるところまで行ってきます」

 俺は宣言する。
 言葉にしないと伝わらない。行動しなければもっと伝わらない。

 二人はまるで自分のことのように幸せそうに笑った。
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