その捕虜は牢屋から離れたくない

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1章 敵国の牢獄

1-91 どうすれば良かったのか

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「おいっ、大丈夫かっ」

 光が眩しい。
 薄目で見ると、そこにはメーデがいた。

 私は広いベッドに横たわっていた。
 帝城の医務室というよりは客室のような豪華な部屋である。
 一応、気を使ってくれているのか。

 肉体を動かせるのかと思ったら、普通に動いた。
 違和感なく。

「、、、俺、地獄の業火に焼かれた気がしたんだけど」

 ポツリと呟き、自分の手を見る。
 すっかり炭化して影すらも残らないのではないかと思うほどの炎だった。
 地獄の業火と言っても過言ではないもの。
 帝国全土を襲おうとしていた炎を一点集中したのだから、それもそのはず。

「その通りだ」

 ベッドの横でメーデが椅子に座りなおした。

「その通りって。なら、俺はこの場にいないだろ」

 そもそも、俺の言葉遣いは元々悪い。
 皇帝陛下と接する立場になって叩き込まれただけだ。
 フロレンスやメーデのような上流階級の出ではなく、スラム街出身だ。
 帝国ではスラム街といえども、皇帝には絶対服従だし、皇帝が失政を行った結果だとは誰も思っていない。

 それでも、帝城で実力をどうにか認めさせてやろうと躍起になってきたことは認める。

「ポシュ、落ち着いて聞いてほしい」

「うん?」

 何を言われるのだろうか。
 魔法が使えなくなることは、あのときに聞こえていた。
 また一からやり直しだと思うが、魔法が使えなくなっただけだ。精鋭部隊にはいられないだろうが、まだ生きていける。

「お前は帝国の英雄に仕立て上げられた」

「、、、ん?」

 メーデが重苦しい口調で言った。
 聞き取れなかったわけじゃなかった。
 意味が分からなかったと言う方が正しい。

「ポシュの目が覚めたって聞いたけど、、、メーデ、お前、もしかして結論から言わなかったか」

 フロレンスが扉を開けてやってきた。
 困惑の表情を浮かべている俺の顔を見たからか、的確に今の状況を言い当てた。

「そりゃ、」

「脳筋から急に言われてもわけわからんだろう。最初から説明してやる」

 フロレンスもベッドの脇に椅子を持ってきて座った。

「クロウは帝国全土の上空を覆った炎の魔法を集中させてお前を焼き尽くした」

「うん、それは記憶している」

 にもかかわらず、この無事な肉体は何なのだろう。
 火傷一つなさそうだ。
 クロウのおかげだというのはわかるが、全然説明が足りていない状態だ。

「あの炎で審判の門に汚染された部分を浄化した、と私たちは見ている」

「クロウから説明を聞いたわけじゃないのか」

「説明が面倒とばかりにものすごく適当に言い訳されて、あの小さい地獄の門を連れて逃げられた」

「、、、捕虜なんだから、時間をとって説明を聞けばいいんじゃないのか?」

 居場所はわかっている。

「そうしたいのは山々だったのだが、何せ帝国全土を炎が覆っただろ。後始末の方が大変なんだ」

 ああ、現在進行形で後始末中なのか。
 クロウではなく、軍が忙しいのか。

「クロウがお前を焼いたときに、その衝撃で帝国全土に大きい揺れが生じた。大教会の地下も百層より下の部分が崩壊したらしい。らしいというのは私たちが確認したわけではなく、クロウの報告だからだ」

 この機に乗じてわざと崩壊させた可能性の方が高いが、維持費も危険も高くなるのだから実際百層もいらんのではないか。
 大教会だって使い道がないだろ。
 倉庫だって数層あれば事足りるに違いない。

「地震の被害が大きいのか?」

「いや、皇帝陛下がお声掛けされた帝国民の尽力で、帝都で怪我人は少々出たが、家具が多少倒れた程度の損害だ。大地震と言えるほどではない。私たちもクロウによって地上に放り投げられた」

 その程度で済んだのか。
 巻き添えで誰も死ななくて良かったと今なら素直に思える。
 メーデも魔法で傷を治してもらったようだ。

 無事で良かった。

「説明を面倒臭がったクセに、クロウの動きが早すぎてとめられなかった」

「動き?」

「ああ、私たちは地上の被害状況を確認したり後手後手に回っていた。アイツはその隙にシエルド様に頼んで新聞社に手をまわしてもらっていた」

「あ、、、」

 そうか。
 今回の責任は俺にある。
 そもそも、発案者から俺だったのだ。
 帝国に情報を隠蔽される前に、事実を明るみにするためにクロウは動いたのか。

 俺は責任を取らされる立場だ。

「この騒動の責任は俺だ」

「この騒動の責任を押しつける相手としてお前が選ばれた」

 同じことを言っているようで何かが違う。

「押しつける?」

 押しつけるとかではなく、普通に俺の責任なんだが。

「お前は帝国の英雄に仕立て上げられたんだ」

「メーデも言っていたけど、フロレンスの説明も必要なところが抜けていてわからないっ」

 ついつい元気よく叫んでしまった。

「いや、まあ、皇帝陛下も皇帝陛下なんだが、その新聞の記事の内容にのっかってしまった。大教会の地下に魔法を研究する施設が残っており、地下を修繕をする際に、古の魔法が発動してしまった」

「そうなのか?」

「信じるな。そういう話に仕立て上げられたという話だ。そして、帝国上空は業火で覆われ、帝国の存在は風前の灯となった。そんななか、一人の魔導士は立ち上がった」

「、、、まさか?」

「帝国一の魔導士ポシュが体を張ってその炎をとめた。そのため、彼は魔法を二度と使えない体となった。大地が揺れたのは炎から地上を守り抜いた影響であり、彼は身を挺して皇帝陛下と帝国を守った美談としてまとめられてしまった。要約するとそんな感じだ」

「それをクロウが作り上げたのか」

「研究施設とかはまったくの嘘ではなかったが、何もかもお前に押しつけた形になった。そして、皇帝陛下もそれを認めた。お前は今後一生実績のない英雄を演じ続けなければならない業を背負った」

「それって、」

 称賛されるべきはクロウだ。
 今回の件で、すべてを解決したのはクロウである。
 その功績で本来なら捕虜から英雄へと昇格するのは。

「まさか、」

「皇帝陛下との約束で、シングルベッドと寝具一式以外は受け取らない、と駄々をこねられた。皇帝陛下を引き合いに出されたら、我々は勝てんよ」

「帝国からの称賛はいらないと?」

「リンク王国であの生活を我慢し続けてこれたヤツに、他人からの評価などもはや無意味だろ。別の価値基準を持っているに違いない。リンク王国の平民よりも捕虜の暮らしの方が良いと言うくらいなのだから」

「それこそ、クロウは他人から認められるべきでは?」

「いらないものを押しつけられても迷惑なだけだ。だからこそ、その迷惑をお前に押しつけたんだろ。ちょうどいい適任者として」

 どこが適任者なのだろう。
 皇帝陛下のために、帝国のためにと口にしながら、自分のことしか考えてなかった人間のどこが。

「一生の罪を背負って生きろ、とクロウは言っていた」

 メーデが俺を見ていった。
 一生の罪。
 ソレが一生の罪の償いと言うならば。

「どれだけ甘いんだ」

 俺は顔を隠した。
 二人に見られないように。

 生温かい笑顔の二人を見ないようにして。




 俺の右目だけから涙が溢れていた。









 検査にてこの肉体に不調は見当たらないと判断が下された後、お祭り騒ぎに付き合わされることになった。
 大々的に催された式典で皇帝陛下から勲章を賜り、国を救った英雄として担ぎ上げられた。

 皇帝陛下にも釘を刺された。

 今後一生真実を話すことはならないと。
 この事実を知る者は固く口を閉ざすことを約束させられた。クロウ以外は。

 魔法が使えなくなり、魔導士として先はなくなった。
 なのに、偽りの英雄として道が続いていた。
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