その捕虜は牢屋から離れたくない

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2章 帝国の呪い

2-24 即、退場

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 ある暑い夏の日の午前中。
 大教会での仕事の最中。

 俺はリーウセン、セリム、ナーズ隊長とともに修繕工事の打ち合わせ中だった。

「早めにあの通路を潰せたから、昼までに隠し扉がある場所をいくつかまわろうか」

「リーウセンっ、元気だったかっ」

 元気良く入ってきたのは、あのネルタ副班長。
 一応、ここが扉のない空間で良かったな。
 コイツはリーウセンの気配がしたら、ノックもしないで飛び込んで来た気がするよ。
 マナー違反を通り越して、完全な不法侵入。
 それでも許されていたのは、リンク王国の公爵家の者だから。
 力関係で王族もそう強くは言えない間柄だった。

 宮廷魔導士団の厄介者。
 だからといって、さすがに公爵家の者を厄介払いすることはできなかった。第四王子はできたのにね。不思議だね。

 リーウセンの表情は、ようやくその人物を思い出したという感じだ。
 何で面識のない俺の方が素早く警戒しているんだよ。

「、、、ああ、ネルタか。今、仕事中なんだ。休憩時間になれば話せるけど」

「お、怒っているのか?私が迎えに行けなかったのを」

 素っ気ない態度を怒りと勘違いしたようだ。
 よろよろよろめいている。
 休憩時間になればと言っているじゃないか。お前も耳を掃除してない系なのか?
 どうしたらリーウセンが抱きついて歓迎してくれると勘違いできるんだ?
 自分の行いを冷静な目で省みろ。

「ここで登場かあ、」

 まあ、時間は稼いだ方か。
 薬師見習たちも順調に育っている。
 おおまかな作業の流れはつかんできている。
 彼らの邪魔をされることはないだろう。
 けど、薬部屋に突入されてもリーウセンはいないので、傍迷惑なだけなんだけど。

「ああ、宮廷魔導士団一班のネルタ副班長か。なぜこんなところに?リーウセンと同じでリンク王国の将来を儚んで、帝国に移ってきたのか」

 そうそう、ナーズ隊長はネルタ副班長の件を知らなかったか。ということは、ルッツ副隊長にも伝えておかないといけない。帝国に戻ってきてしまったのだから、どうせリーウセンの周囲をストーカーのようにつきまとうのだろうし。
 コイツが聖職者二人に直接手を出さないと推測できるのは、そんなことをすればリーウセンに完全に嫌われるからだ。間接的に何かしてきそうだが、大教会には白ワンコたちがいるし問題ないだろ。

「ネルタ副班長はオルド帝国の密偵だ」

「何だと?彼はリンク王国の公爵家の実子ではなかったのか」

 ナーズ隊長の手が剣の柄に触れてしまっている。
 そりゃその怒りはごもっとも。リンク王国に忠誠を誓っていた騎士たちには、彼の行為は背信行為に他ならない。

 敵国に雇われたリーウセンと、元々敵国の者であったネルタとでは受ける感情がまったく違う。
 普通ならリーウセンも裏切者だと思われても仕方ないのだが、俺が連れてきてしまった経緯を聞いているからだろう。リーウセンに対しては、なぜか不運だったなーで第四王子部隊の皆様の感想が一致している。

「ネルタ副班長はリンク王国の公爵家の実子で間違いない。ただし、その母親が帝国の出だそうだ」

「くそっ、どれだけザルだったんだっ、我が国の調査はっ」

 ナーズ隊長の横に壁があったら、せっかく直した壁が崩れていたかもしれないな、怒りに任せて殴っていたら。。。
 ナーズ隊長も何気に脳筋だからな。いや、強いからな。

「リンク王国の第四王子直属部隊の者がなぜこんなところに?」

 ネルタがこちらを見た。
 こちらに問わなくとも知っているくせに。

「我々は」

「黒髪の平民には発言を許していない」

 あ、空気が固まった。いや、凍った。真夏でこんなに暑いのになあ。
 セリムはともかく、ネルタの素性を知ったナーズ隊長、そして、リーウセンまでもがその発言にピリついた。

 リンク王国ではこの手のことは日常茶飯事だった。同じ平民にさえ黒髪は下に見られる。
 歩くな、話すな、しまいには息をするなまで言われてしまうこともあった。
 帝国では街を歩いても黒髪だからと避けられることも蔑まされることもない。普通に黒髪の人、帝国にいるし。

「ネルタっ、貴方はっ」

 リーウセンが大声で抗議しようとするのを、俺は前に出て制する。
 仕方ないよなあ。
 一応この四人のなかでのこの場の責任者は俺なのだから。

「ネルタ殿、ここはリンク王国ではございません。貴方が帝国の民だというのなら、ここでリンク王国の基準を口にするべきではないのでは?」

 笑顔で対応する。

「はっ、帝国の民だからこその発言だ。お前は及びじゃないんだよ、たかが捕虜が」

 死ね、と俺の口から漏れなかっただけ良しと思っていただきたい。
 ネルタ坊ちゃんは醜悪な顔そのものだ。リーウセン以外どうでもいい存在らしい。

 あーあ、職務から離れると、ただのわがまま坊ちゃんか。今まで周囲が苦労していただけで、自分が大変な目に陥ったことがないのだろう。
 リーウセンをあんな目に遭わせておいて、自分が謝れば許してくれる、元の関係に戻れる、すぐに元の関係以上になれると簡単に考えているのが見て取れる。
 どうしたらここまで楽観主義に育つのか。リンク王国の環境のせいか?

 セリムもナーズ隊長も剣を握るな。リーウセンも小声で魔法を詠唱しだすな。
 もー、平和に解決しようよー。流血騒ぎはお呼びじゃないよ。

「俺がこの大教会にいるのはオルド帝国サザーラン皇帝陛下の命によるもの。他の三人はこの仕事に協力してくれる者たちです。ネルタ殿、貴方がそれを邪魔されるのでしたら皇帝陛下に進言させていただいてもよろしいのですよ」

「お前が皇帝陛下に?無理に決まってるだろ。私だって話すのさえ難しいのに」

 ここまで蔑んだ嗤いを見るのも久々だな。
 この人、宮廷魔導士団にいたときはそこまでひどくないと思っていたのだが、演技だったのか、、、演技?演技だったら、もう少し変人と思われないように行動すれば良かったのに。アレが限界だったのか?

 まあ、いいか。俺は忠告したよ。きちんとね。
 俺はふふっと笑って、この小空間の外にいた、祈りの場で信者の顔をして祈っている風の男を捕まえる。

「お前、何して?」

「コレ、急ぎで皇帝陛下に渡してね。何とかしろよ、アイツを、ってちゃんと伝えてね」

 笑顔で言ってあげるが、恐ろしいものでも見たかのように男は俺からメモを受け取りうんうん頷いて走り去っていった。
 後ろで不思議そうに見ているネルタ氏。

「急いでねー」

「アイツ、誰なんだ?」

「すぐにわかりますよ」

「クロウっ、お前っ、皇帝陛下を呼び出してもすぐに来れるわけないだろっ」

「その声は、麗しき皇弟殿下ではありませんか。すぐにと書きましたが、さすがに対応が早過ぎませんか?」

 声の主は軍服姿のナナキ氏。お肌のお悩みなんてどこに存在するかわからないほどのキラキラなお姿だ。
 いきなり大教会に現れた皇弟殿下に、この場に居合わせてしまった帝国の信者さんたちは一斉に片膝をつき深い礼をする。

 ナナキ氏以外、この場に立っているのは俺と、後ろから追いかけてきたネルタ、セリム、ナーズ隊長、リーウセンのみである。

「空間転移魔法で来たに決まってるだろ。あーあ、初手からクロウに喧嘩売るとは。今までの働きから我々ももう少し思慮深い男だと思っていたのだが。まあ、反対に馬鹿で助かったか、処分がしやすい」

 正直な感想が口から漏れてますよー。

 ナナキ氏がじろっとネルタを見る。
 突っ立っていたネルタが慌てて、帝国における臣下の礼をとる。ようやく。

 こういうところがリンク王国で甘やかされて育ってきたことを如実に語る。
 帝国民は正装の皇帝陛下のみならず皇族に会ったら、すぐにこの姿勢を自発的にとる。
 非公式やお忍び姿の場合はその意志を尊重して、その場に即した対応をするだけだ。

 その姿で現れた意味を瞬時に悟る帝国民って本気ですごいよね。

 ナナキ氏は美しい刺繍がされた黒のマントを翻し、黒軍服で颯爽とネルタの前に出る。

「皇帝陛下の名代として命じる。次の赴任地キービス王国へと即刻向かえ」

「えっ」

 パッと顔をあげてしまうネルタ。

「そんな、つい先ほど帝都に戻ってきたばかりですよ」

 うわー、ネルタ、すごいなあ。
 帝国民が公的な場で反論するなんて。
 俺たちは敵国の人間だから、仕方ないよね敵国の人間だから、と意外と大目に見られているが、皇帝陛下に忠誠を誓っている帝国民が皇帝陛下に反論するなんてことは許されることではないらしい。

 周囲からドス黒い感情がネルタに向かって放たれている。
 街で歩いたら闇討ちされるレベルだ。

「聞こえなかったか?私は皇帝陛下の名代として命じたんだぞ」

 ナナキ氏が言うと、いくつもの黒い影がシュバッと動いて、ネルタが忽然と消えた。

「皆の者、神聖な場を騒がせてしまってすまない。平常に戻ってくれ」

 場が収束してしまった。ナナキ氏のおかげで。
 恩は売っておくもんだな。
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