その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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2章 帝国の呪い

2-41 不意の来客

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「おー、茶まで出てくるとは思わなかった。サンキューな」

 気さくなオッサンという雰囲気なのだが。

 俺は氷の入ったアイスティーを出した。
 冷蔵庫に作り置きされているアイスティーや薬草茶は飲んでいいと言われている。
 冷たい水だけでも充分なのに、ありがたい職場だ。

 当然のようにあっさりごくごく飲むということは、庶民ではない。
 この暑ーい夏場、無料で氷の入った飲み物が出てくれば、普通の庶民は感激する。

 確かに大教会前の広場ではカキ氷やら、氷の入った果実水やら売っているが、割と高価である。それでも売れるのはこの暑さに殺られるからとともに、ここが観光地であることもさながら、帝城前の一等地。近くで働いている人たちも良い給金をもらっている。
 他の場所の屋台では果実水は売っていたとしても氷は入っていない。ぬるくはない程度ではあるが、そこまで冷たくはない。
 氷の入った水や果実水が出てくるのは高級飲食店であり、庶民が入れるところではない。

 よく見れば、身なりは庶民的に見える服装な感じではあるのだが、質が良すぎる。
 シエルド様のお知り合いか?
 アッシェン大商会の得意先か?

 だとしたら、ぞんざいに扱うのは危険だ。

「部屋長を呼びに行った方がよろしいですか?」

「いやー、そこまでしなくても大丈夫だ。今の時間、工事の方に呼ばれてるってことはそれなりの緊急案件ってことだろ。しばらくここで待たせてもらうわ」

 待っちゃうんですかー。
 探しに行きたい気持ちの方が大きかったー。
 尋ねないで、呼びに行ってきますと宣言して部屋を飛び出せば良かった。

「なあ、お前らはこの職場はどうだ?気に入っているか?」

 ニヤリと笑った顔が、ニチャリに見えた。

 その表情の違いを言語化するのは難しいが、午前中にいる薬工房に来る客にもいる、なーんかいけ好かない笑い方。
 上流階級で他人の揚げ足取りを積極的にするヤツら。
 お前らの方が上なんだから、下々の平民の無作法なんて笑って流せと思うんだけど、そうはいかない。
 工房主も薬師たちも彼らの対応には手を焼いているようだ。
 お得意様だから無下にもできない。

 わざわざ出向いてこなければいいのに。
 使用人に来させればいいだけなのに、と思う。

 この人は、この職場の粗探しをしに来たのか?

「大変申し訳ございませんが、我々がこの職場のことを外部の方に話すのは禁止されておりますので」

「おいおい、固いこと言うなよ。感想を聞いただけじゃねえか」

 そう、この手の人間は引き下がらない。
 禁止されているって言っても。
 シエルド様も感想を言ったくらいじゃ怒らないと思うけど、秘密保持の契約をしているのは事実だ。
 この人がどんな情報を手に入れたいのかわからないなら、何も言わない方がいい。

 ボレールがスッと間に入ってきた。険しい顔なのはご愛敬だ。

「お客様、お名前を伺っておりませんでした。部屋長かシエルド様と懇意にされている御方だとお見受けします。我々は見習の上、新人でして不勉強だとは承知しております。失礼ですが」

 ううっ、助け舟ありがとう。
 トータは部屋の隅っこで右往左往している。

 ボレールが話している最中、軽いノック音が聞こえた。
 助かった。
 帰ってきた。

 扉を開けて入ってきたのはっ。

「サザーラン皇帝陛下、」

 あれ、護衛さんだ。
 部屋長が戻って来たのかと思った。

「おや、ナーズが来たのか、意外だな」

 ヤレヤレとため息を吐きながら、入ってきたのはナーズ隊長。部屋長が隊長、副隊長呼びなので、俺たちもそう呼んでしまっている頼れる護衛さんたちである。
 薬部屋では壁際に立っているだけで、特に動かないが。

「今、クロウが抜けると大変なので、あの中で一番戦力にならない私がやってきました」

「そりゃ、冷静な判断だな。いつも思うんだが、アイツはどうやって情報収集してるのか?ここにいる者は誰一人として怪しい動きをしてなかったし、部屋の外にもクロウの元に走っていった人物はいなかったようだが」

「敵国の長にお話しできることは何一つございません」

 隊長さんは穏やかで堂々とした営業スマイルで対応している。

「つれないこと言うなよー、わざわざ来てやってるのに」

「クロウからは、アポも取ってないのにいきなり来るな、死ね、という伝言を預かっております」

 おおう、強気だ。
 さすがは部屋長。

「え、俺に死ねまで言ったの?」

「一言一句間違いなくお伝えしました。我々は帝国民ではございません。帝国の皆様全員が皇帝陛下にお優しいとしても、捕虜となっている敵国の人間までが優しく対応してくれると思ってはいませんよね?」

「捕虜としては破格の待遇なんだけどなあ、お前らは」

「そうでしょうね。クロウがいなければ、私もこの状況はあり得ないと考えております」

 そうですね。あり得ないですよね。
 皇帝陛下が護衛もつけずに敵国の騎士の前に一緒の部屋にいるなんて。。。
 しかも、ナーズ隊長は帯剣している。

 おや?
 皇帝陛下とは?
 この人が?

「皇帝陛下?」

 つい口に出てしまった。

「ああ、この姿のときは、親しみを込めてサザさんと呼べよっ」

 ニカッと笑った笑顔は先ほどのニチャリとは全然違う良い笑顔。
 ああ、俺たちの皇帝陛下だ、と素直に思える。

 あ、突っ立ったままだ、俺。
 早く片膝をついて。

「この姿のときはそのままでいい。お前たちの普段通りの対応をしてくれて構わない」

 普段通りの対応ってどういう対応してたっけ?
 え?皇帝陛下に対して?
 目の前にいるのは、あの天上人のような存在の?
 その人に俺の普段通りって?

「おい、ファンっ、お前、目が回ってるぞ。こっちに座って、水でも飲めっ」

 心配した顔のボレールが慌てて、俺を椅子に座らせて、冷たい水を持ってきた。
 はあー、生き返るー。
 もう少しで頭から煙が出てくるところだったよ。ん?ぶすぶすと黒い煙がもう出てる?まっさかー。
 トータもうちわで一生懸命にあおいでくれる。え?頭に氷水はいらんよ。

「いたいけな青少年の夢を打ち壊して楽しいですか、皇帝陛下」

「お前、言い回しがクロウに似てきてない?」

「いえいえ、まだまだです。修行が全然足りません」

「クロウにセリム以外全員敵だと言われてヘコんだんじゃないのかー」

「ええ、彼の信頼を得てなかったことは不徳の致すところでございます。隊のなかでも彼の置かれた状況を深く考えていればと強く猛省しております」

「そうやってツラツラと淀みなく答えられると、本当に反省しているのか疑わしく思うところなんだが」

「別に貴方に許されようと思って言っているわけじゃありませんから」

 ナーズ隊長がキラッキラの笑顔である。いつもは憂いのある笑顔どまりなのだが。

「サザーラン皇帝陛下、我々捕虜に過分な期待はなされぬようお願い申し上げます」

「期待しているのはクロウに対してなんだが」

「クロウは貴方にやり方を教授いたしました。我々ができるのはそこまでです。そこから先は帝国の領分なのですから、我々を巻き込まないでいただきたい」

「報酬をはずむぞ」

 ナーズ隊長が皇帝陛下を見る目がさらに厳しくなった。
 笑顔なのに厳しいってどんな表情だよ。わかりやすい表情にしてほしいっ。

「我々は母国に捨て駒にされました。こちらでも同じ扱いをされるようでしたら、それなりの御覚悟をお持ちください」

「その選択は難しいなあ」

「サザさん、今ここで死にたいのなら、そう言ってくれればいいのに」

 いつもより低い声で現れたのは、我らが部屋長っ。
 待ってました。

 ん?

「うおっ、魔導士が剣を振り回すなっ。危ないじゃないか」

「大丈夫ー。これ、神殺しの剣だから、間違って心臓一突きしても死なないですよー」

 笑顔な部屋長の目が完全に据わっていた。。。
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