解放の砦

さいはて旅行社

文字の大きさ
18 / 291
2章 そして、地獄がはじまった

2-5 脱落者と言うならば

しおりを挟む
 成績順で並べてしまったネームプレート。
 何でコイツより俺が下なんだっ、と開始から一週間後に叫んだD級冒険者がいたが、そういうところだよ。皆、一日二日ぐらいで気づいていたのに、情報収集能力が今一つだし、七歳児に叫ぶのもいただけないなー。
 この並びは俺が常日頃、砦にいる冒険者たちをこっそり観察した結果だ。たとえ弟の世話で忙しくとも、小さい魔物討伐に追われようとも、母上が楽になることはやってのけるぜ。

 というわけで、叫んだD級冒険者に事細かく緻密に一時間ほど説明してあげた。一時間で済んだのは、彼の方がもういいっと泣きそうな顔をして走り去って行ってしまったからだ。二、三時間は軽く説明できるんだけどな。
 この後、陰でこのネームプレート板の悪口を言う者はいたが、俺に直接言ってくる者はいなかった。
 詳細に説明されると嫌なことでもあるのだろうか。

 この件があってから、向上心がある者はどうしたらランクが上がるのか俺に聞きに来た。
 七歳児に聞きに来れるところは尊敬に値する。反対に七歳児だから聞きに来れるのだろうか?
 冒険者ギルドの極西支部の職員にいろいろ聞いておいて良かった。
 といっても、極西支部の職員って二人しかいないんだけど。魔物の大量発生でもなければ、冒険者ギルドの極西支部は定時で終了する。冒険者に依頼があったとしても、母上に依頼書を渡して丸投げだし、様々な書類も砦から回るし、魔物の納品は解体して持って行くので、この極西支部は倉庫業にしか見えない。納品されたものを馬車で各都市に運んでいくところは冒険者にはすでに関係ない。

「リアム、ちょっと良いか?」

 俺に話しかけてきたのは、同じE級冒険者だったが、少し前にD級に上がっていったクトフだった。
 今は母上の執務室で書類の整理をしていた。扉は開けっ放しなので、誰がいるかは入室しなくてもわかる。

「俺に?弟のアミールがいてもかまわないか?」

「大丈夫だ」

 アミールを机の方の椅子に座らせ、大人しくしているように伝える。
 クトフには簡素なイスに座るように促す。ここではお茶は出ないが。

「で、どうした」

「うん、」

 両手を組んで、俯き黙ってしまった。
 言い難いことなのだろうか。
 しばし待つ。机の方でアミールが足をパタつかせ始めた。我慢だぞー。絵本でも渡しておけば良かった、ってここには絵本は存在しない。たぶんお金持ちの家には存在するんだろうけど。紙はあるから、自作絵本でも作れば良いんだけどな。

「、、、ネームプレートの、あの並び、実力順なんだろ」

 ようやくクトフの重い口が開いた。
 彼はまだ成人前の少年だ。十三歳でD級に昇級した。

「と、言われてるね」

 俺はー、積極的には成績順だということを肯定しないよー、一応。

「俺は冒険者としてどうだ?」

「クトフの冒険者としての評価か?悪くはないんじゃないか、十三歳にしては」

 クトフはD級に上がったばかりなので、D級の一番下である。
 それは仕方のないことだ。
 新しく昇級してきた者に抜かされる方が、けっこうキツイ気がするのだが。
 この国の成人の十五歳にC級、D級になっていれば冒険者としては充分だと言われている。この世界の冒険者ギルドはどんなに実力があったとしても登録時はF級冒険者として始まる。年齢が何歳であろうとも、前職からの実力があろうとも。魔物討伐でA級、B級の魔物等を一人で討伐できれば早々に昇級していくのだろうが、基本的にポイントをコツコツためて実力をつけながら昇級させるのが冒険者ギルドの方針だ。
 特に成人前の子供は少しずつ成長させ、冒険者の基本を学ぶ。

 クトフは自信をなくしたのだろうか?

「俺はこのまま冒険者をしていても、C級冒険者で終わる気がする。A級、B級の冒険者たちを見ていると、世界が違う気がするんだ」

 クトフの目が真っ直ぐ俺を見た。

「ふむ、本来、C級が冒険者として安定して暮らせるランクだと言われている。さほど贅沢をしなければ妻子との生活も問題ないし、老後の貯金もできるくらいだ。一般的な家庭を築くことができる。この砦でもC級冒険者として終える者も多いし、A級、B級は稼げるがそれなりの危険を伴う。もちろんC級以下でも死のリスクがないかといえば皆無とは言えないが」

「うん、それはそうなんだが」

 実は、ここにいるD級からF級の冒険者たちには選択肢がない。
 孤児であったり、親や親族にここへと放り込まれた者たちが多いからだ。
 冒険者カッコイイー、憧れるー、という理由で来た者たちではない。自らが望んで来た者たちでは決してない。

 この砦は他領からの冒険者はC級以上でないと入場は許されない。
 ここは魔の大平原、それなりの強さの冒険者でなければ太刀打ちできないダンジョンだからだ。

 この領地の者たちならば、初心者から受け入れる。
 ただし、D級以下の者の場合、基本は親兄弟親族、知り合いの後ろ盾が必要だ。砦で現に活動している冒険者である保護者がいてこそだ。つきっきりで面倒を見ろということではない。何かあったときに支える人物がいるというだけでも心強い。それが悪いときもあるが。昔は搾取する保護者もいたぐらいだ。

 それ以外の者は孤児であること。
 親が亡くなっても、街や村である程度の年齢になるまでは面倒を見るが、八歳から十歳頃に自分で身の回りのことができるようになると、孤児は砦に送られる。特に男児は。
 このメルクイーン男爵領は冒険者がいくらいても困らない。
 領民なら多少の手間がかかっても、冒険者として育てた方が将来の領地のためにもなる。
 孤児院を建てるよりも現実的なのだ。

 まあ、クズ親父は領民の税金からの砦の運営費をこちらに回しておらず、母上が苦労している。領地の税金は自分の金だと思っているのだろうか。領民は安全を確保してもらうために税金を払っているというのに、貴族の保養地整備やら、虚偽の魔物被害の補償を請求してきた者たちに多くの金が消えていっている。
 ゆえに、冒険者たちを育てる教育費や砦の維持、修繕費等、砦の運営費は母上が討伐した魔物買取代金から担っている。ホントに涙ぐましい苦労である。母上は離婚した方が良いんじゃないかと思ってしまう今日この頃。母上は母上の稼ぎだけで、普通に贅沢に暮らせる。あんな奴らを養う必要はない。
 話が少し脱線してしまった。
 つまり、クトフは孤児でこの砦に来た。
 相談する相手が他にいれば、俺のところには来ないだろう。

「他に何かやりたいことがあるのか?」

「それは、、、」

 クトフは言葉を濁した。
 もしやりたいことがあったとしても、冒険者以外になれるかというと難しい話だ。
 一応、砦に来る頃には最低限の読み書きはできるようになっている。それが街で通用するレベルかというと、かなり難しいところだろう。
 家業を継ぐ子供たちは幼い頃からその道を進んでいる。違う道を進みたい、もしくは進むしかない子供たちもまた、幼い頃から奉公に出される。
 この世界は自分の好きなものを仕事にできる選択肢を持てる者は、ごく僅かしかいない。

 この領地はまだ、冒険者という選択肢が子供に残されているだけマシだとも言えるのである。

「そうだな、クトフは他の冒険者たちより料理がうまいよな。適当にやり始めないで、キチンと順序立てて作業している。クトフが料理当番のときは食事がうまいと好評だ」

「そ、そうか」

 クトフが頬を赤らめた。照れているのだろう。
 砦の内部の手伝いはE級、F級が主で、D級になると人手が少ないときに呼ばれる程度になる。冒険者稼業の方に重点を置いてもらうためだ。

 けれど。
 クトフは料理が好きなのだろう。

「実は母上と昔、話していたことがあったんだ。砦ではE級、F級冒険者に料理を作ってもらうが、料理の出来栄えが当番の冒険者によってバラツキがあると。やはり日々の食事はできるだけ美味いものの方が良い。冒険者を引退した者等に料理人をお願いできないかと」

「七歳のお前の昔っていつ?」

 クトフが驚いた顔で俺に聞きたいことって、それなんですかねえ?
 母上といつ話したかなんて、お前にはどうでもいいことだ。俺はしっかり記憶しているけど。

「クトフ、お前の将来の選択肢が増えたぞ。このまま冒険者をやっていてもいいし、砦で皆の食事を統括する料理人になってもいい。クトフが料理人として修業したことがないのは百も承知だが、我々が望むのはお上品な食事でも手の込みすぎた食事でもない。冒険者が美味しいと思える食事を作れる者が望ましいんだ。お前が冒険者を引退するときにでも声を掛けようと思っていたんだが、ジョブチェンジはいつでもいいぞ」

「あ、」

「いきなりの提案だから、大いに悩んでもいい。時間はお前が冒険者を引退するまであるんだからな」

「、、、そっか、引退してもその先が続いているんだ」

 クトフがボソッと呟いた。
 冒険者の後の人生、それを考えられる冒険者は少ない。
 それを冒険者からの脱落者と笑う者は笑えばいい。笑った者は、いつかお前が笑われる立場になるのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

転生したけど平民でした!もふもふ達と楽しく暮らす予定です。

まゆら
ファンタジー
回収が出来ていないフラグがある中、一応完結しているというツッコミどころ満載な初めて書いたファンタジー小説です。 温かい気持ちでお読み頂けたら幸い至極であります。 異世界に転生したのはいいけど悪役令嬢とかヒロインとかになれなかった私。平民でチートもないらしい‥どうやったら楽しく異世界で暮らせますか? 魔力があるかはわかりませんが何故か神様から守護獣が遣わされたようです。 平民なんですがもしかして私って聖女候補? 脳筋美女と愛猫が繰り広げる行きあたりばったりファンタジー!なのか? 常に何処かで大食いバトルが開催中! 登場人物ほぼ甘党! ファンタジー要素薄め!?かもしれない? 母ミレディアが実は隣国出身の聖女だとわかったので、私も聖女にならないか?とお誘いがくるとか、こないとか‥ ◇◇◇◇ 現在、ジュビア王国とアーライ神国のお話を見やすくなるよう改稿しております。 しばらくは、桜庵のお話が中心となりますが影の薄いヒロインを忘れないで下さい! 転生もふもふのスピンオフ! アーライ神国のお話は、国外に追放された聖女は隣国で… 母ミレディアの娘時代のお話は、婚約破棄され国外追放になった姫は最強冒険者になり転生者の嫁になり溺愛される こちらもよろしくお願いします。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~

御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。 十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。 剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。 十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。 紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。 十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。 自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。 その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。 ※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。

処理中です...